第43話 【比良奏のターン】3rd-1

 夕暮彩魅に連絡を取ったのは翌日のことだ。


 『stay teen』に限らず、書籍や雑誌には出版社や編集部……責任所管の連絡先は広く開示されている。連絡すること自体は簡単だ。

 だが、そこに連絡したって夕暮彩魅は出てこない。

 出てくるのは顧客対応の人間だ。そこから夕暮彩魅に繋げるには、多少のテクがいる。


 昨今、コンプライアンスに厳しい世論から大企業ほど攻撃の的になりやすい。それだけ多くの客を相手にしているからだが、ゆえに対処が専門化していく流れは当然と言える。

 個人を電話に出すと要らぬことを話す可能性がある。だからカスタマーサポート専門のやつに任せる。


 合理的だが、あたしには優しくない。

 少しばかりの息を吸って、裏表紙に記載されていた電話番号に通話を繋ぐ。


『はい、こちら秀集社でございます』

「あのー、すみません。昨日、秀集社で出してる雑誌の編集者? を名乗る人から話しかけられたんですけど、本当に在籍している方か、教えてもらえますか?」


 嘘ではない。三人一緒にいるところを話しかけられたので。

 電話の相手も慣れているのか、動揺もせずに言葉を話す。


『ご心配をお掛けし、申し訳ございません。すぐにご確認いたしますので、話し掛けた者の名前等、お教えいただけますでしょうか』

「名前は夕暮彩魅。若い女性の方で、『stay teen』の担当だって言ってました」

『かしこまりました。確認して参りますので、少々お時間を頂戴します』


 そして軽快なクラシカル保留音に切り替わる。

 それほど待たずに保留音が切れた。


『お待たせいたしました。夕暮は弊社に在籍しております社員でございます。ただいま外出中でございますので、言付け等ございましたらお伝えいたします』

「でしたら、この電話番号にかけるように言ってください。そうしたら間違いなく本物の夕暮さんからだと思えるので」


 あたしは十一桁の数字を伝え、通話を終えた。

 あちら側はまだ聞きたいことがありそうではあったが、あたしの方がもう持ちそうになかった。


「はー……、緊張した……」


 知らない人に電話をかけるなんて、苦手が過ぎる。

 しかも相手は大企業の大人の人。言葉が震えないか心配だったが、そこはなんとかなった。


 あとは本人から電話がかかってくるか、どうか。


 個人的にはさほど低くない可能性で電話が来ると思っている。

 モデルやアイドルらのストーカー予備軍みたいな怪しい電話は山ほど来るだろうし、その中では「実在する社員に声をかけられたから繋げ」なんてのはまともな部類だろう。


 あたしは精神統一をして、コールを待った。


 一時間も待っただろうか。

 沈黙を続けていたスマホが知らない番号からの着信に震えている。


 あたしは冷静な心で、その通知を受け取った。


『もしもし、先ほどお電話いただいた夕暮です。お名前を頂戴していなかったとのことで、申し訳ありませんがまずはお名前をお教えいただけますか?』

「あたしは『かなで♪』だよ、『虹子』さん」

『………………ぇっ』


 うめき声みたいなうめき声を残して、電話が切れた。

 即座に切られた電話にリコールする。


 長いコール音の後、『……はい』と小さな声が繋がる。恐る恐るといった様子が見えるようだ。


「やだなあ、昨日の今日であたしの声も忘れちゃいましたか、夕暮さん?」

『…………、もしかして、熾――七星さんと一緒にいた』

「そうでーす。少しお話がしたくて、連絡取らせてもらいました『虹子』さん」

『どうして、その名前を……』


 夕暮彩魅は息を呑んでそんなことを溢しているが、彼女の『アドセル』アカウントを見つけるのは簡単だった。


「ネット社会であれだけ色々なSNSに個人情報漏らしてたら、そりゃーすぐにバレるでしょう」

『そんな……!? 個人情報なんて私は全然……!』

「熾光に紐付く女性アカウントで、昨日は長い間切望してた仕事が出来る、って喜びを爆発させてたじゃない」

『それぐらいじゃ……』

「他にも履歴を遡ると写真とか、色々載せてるし……指が写っていたら分かるよ」

『なに……なんなの……!? ストーカー!?』


 失礼なことを言う。


「誰が好き好んであんたなんかを特定するのさ」

『それなら何の目的で……』

「それはもちろんお願いがあって。……あと一応言っておくけど、はるかはあたしのだから。恋愛感情なんか持たないでよね」


 そう言うと夕暮彩魅は言葉に詰まった。やっぱり、新しい女を引っ掛けてしまってるじゃん!

 あんな風に下げて下げて上げられるとそう思っちゃうかもしれないけど、あれははるかの通常営業でなんにも考えていないってことを教えてあげないと。


 一呼吸を空けて、夕暮彩魅が動きだす。


『なるほどね、嫉妬かしら。やることは陰湿なのに、可愛らしいところもあるじゃない』


 よそ行きを捨てた言葉遣いに、あちらもまた戦闘体勢に入ったことを察する。


「そう、ありがとう。仕事の付き合いしかないと思うけど、勘違いしたら可哀想だな、ってあたしの優しさを分かってもらえて嬉しい」

『そうね、この先何年も本気の七星くんに付き合うことを考えたら、恋愛なんかにうつつを抜かしていられないものね』

「仕事が恋人を地で行くなんてすごいなー。あたしにはとても出来ない生き方だから、ずっと一人で頑張ってほしいと思う」

『あら、今から生活保護を当てにするなんて若い子がダメじゃない。選ばなければ仕事はたくさんあるんだから諦めるのは早いわよ』

「忠告ありがとう。ためになるなあ、あはは」

『どういたしまして。うふふ』


 あたしは用意しておいた鉛筆を手に取ると、苛立ちのままに握り折った。

 成人女性が! 未成年男子に! 発情するな!!!


『それで? こんなにくだらない話をするために私の貴重な時間を妨害したの?』


 明らかに雑な扱いを始めた夕暮彩魅を、あたしは鼻で笑う。


「そんなはずがないでしょ。前置きの世間話はこのへんにして……撮影の見学をさせてほしい、って話」

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