第9話 殺伐カフェテリア
昼休みがやってきて、さらにオレの気は重くなった。
さすがにもう写真を渡さないわけにはいかないだろ。七海さんに渡すのはいいんだよ。比良さんと話すのが気まずすぎるんだよな、単純に。
仕事でちょっと合わない人と会話するようなもんだと呑み込んで、オレは後ろに身体を向けた。
「七海さん、比良さん。昼飯は弁当?」
「私はそうだけど」
「あたしは学食に行ってみよーかなって」
「オレも弁当無いから、七海さんも学食で一緒に飯食おうぜ。写真出来たから渡しておきたくて」
茶封筒を持ってこう言うと、二人もさすがに目を煌めかせて了承してくれた。
「もう出来たんだ! ちょっと見せてよ!」
「先に学食の席取らないと、場所なくなるだろ。早く行こうぜ」
「うわー、楽しみだなあ。ママもパパも急かすから助かったよ」
意外とゴツいお弁当箱を持って七海さんが立ち上がるのをきっかけに、オレたちは早速学食に向かった。
カフェテリアにリニューアルした学食はテラス席も用意しているが、思ったより席数は少なそうだ。しかし、それを理解しているのか、そもそも学食に来る生徒があまりいないようで結構空いている。
併設された売店は激混みだったので、あそこで敗れた人たちが来るのかもしれない。
メニューにバリエーションはあまりなくて、カフェテリアと呼ぶ割にはうどんとそばの圧がある。場所の提供という意味合いが強いのか……?
オレはきつねうどん、比良さんは圧を無視してナポリタンを選んだ。
提供速度は爆速。買った食券を提出したら、一分経たずにきつねうどんが出てきた。比良さんのナポリタンにいたっては十秒も掛かってなかった。
ワンコインでお釣りが来るし、量もぶっちゃけかなり多い。うどんは薬味もないからシンプルオブシンプルって感じだが。
あとは味さえ良ければ……。こんだけ人がいないってことは味がダメなのかなあ。
「お待たせ」
「えっ、もう注文終わったの!?」
あまりに早すぎて飲食店の娘である七海さんもビビっている。
窓際の丸テーブルを三人で囲む。
「ナポリタンなんかは作り置きで、ずっとあったかい容器に入ってるだけみたいだし、すぐ出てきたよー」
「うどんは湯通しする分の時間がかかったな」
「すごい……早すぎる……」
絶句している七海さんのお弁当もめちゃくちゃすごい。
やたらゴツい弁当箱だなと思ったが、おかずとして切り身の焼き魚がそのまま入っていた。晩飯とか飯屋で出てくるような大きさだ。弁当用に小さく切られているとか、そういうレベルではない。クッションにキャベツの千切り、切り干し大根など副菜も万全。
インパクトの強い和の弁当ってところか。
「七海さんの家って和食のお店なの?」
「ううん、洋食屋さん」
「こんなゴリゴリの和食弁当なのに!?」
「パパ、店で洋食ばかり作ってるから、家だと和食を作りたがるんだよね」
「なぎさ~、少し食べさせてよー。あたしのナポリタンも少しあげるからさ」
「いいよ。遙くんもどう?」
「オレは代わりにあげるもんないからいいよ」
唯一可能な油揚げを献上したら素うどんになってしまう。
魚を一欠片食べた比良さんと、ナポリタンを一巻き食べた七海さんの表情が変わる。
「おいしー! え、これ、なに、おいしすぎ! なぎさのお父さんヤバっ」
「うん、ありがと……パパに伝えとくね……」
七海さんのいかめしい顔に、比良さんの笑顔が消えていく。
「…………、はるかもナポリタン食べなよ」
「ずるずる……ん、なんだって?」
オレはとっさにうどんをすすった。セーフだ。なんとか際の際で不味くはない。美味いとも言いにくいが食べ切れる。
テーブルの下でこつんこつんと、どなたかに足を小突かれる。一体だれだろうな。
「ナポリタン、分けてあげる」
「すまん、瞬間的に気絶してて発言内容が分からなかった」
「あの……そんなに美味しくなかったとかじゃないから」
七海さんのフォローを信じる人間はここにいない。
うどんですら最低ラインをギリギリ上回っているレベルなのだ。
昼時に生徒が全く寄ってこない異様な光景を作り出した原因はどう考えても他のメニューにある。いや、原因とか言ってたらうどんも改善してほしいと思うけど。
こちらに寄せてくるナポリタンを視界に入れぬよう、丼に覆いかぶさってうどんをすする。口の中うどんまみれだ。
「はるかー」
オレは今、うどんで精一杯だ。やべぇ、詰め込みすぎて飲み込めない。
「なんで今日、目を合わせてくれないの?」
「エフッ」
オレはうどんを吹き飛ばした。
逆流したうどんが丼の中で爆発して、オレの顔面がクッソ不味い汁にまみれた。
「だ、遙くん、だ、大丈夫?」
「ダメ」
鼻に入った汁が痛みにいい味出してる。
なんで今訊くんだよ、そういうタイミングじゃないじゃん!
七海さんがくれたティッシュである程度拭って、それからトイレで顔を洗ってきた。前髪もびちょびちょだよ。眼鏡も一緒に石鹸で洗った。
トイレットペーパーで水気を切ってから戻ると、さすがの比良さんも申し訳無さそうであった。
オレが席に着くなり、比良さんが頭を下げる。
「……ごめん」
「いや、オレの方こそ……」
比良さんは何一つ悪くないのに謝らせてしまって、すごい罪悪感。何から何までオレに原因があるのにね。
事情を知らない七海さんが悪気なく尋ねた。
「遙くんは奏ちゃんに何か後ろ暗いことでもあるの?」
悪気はあるかもしれない。
「気まずいことがあるだけ。……悪かったよ」
そう言うと、しばし考え込んだ比良さんの頭上に電球が閃いた。
椅子をガタガタと動かして、オレの耳元に顔を寄せる。
「アッチ関係のこと?」
こそばゆい。オレは比良さんの耳をそっと囁いた。
「アッチのアカウント見たら分かるだろ。恥ずかしかったんだよ」
「……なるほど」
比良さんは頷いた。
それから椅子をガタガタやって、今度は七海さんの方に寄った。
スマホをいじって、七海さんに見せる――ってオイ、その写真は……!
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