第21話 封印されしイケボ(当社比)

 加地から予定の変更が告げられたのは日曜日の夜だった。


「ええ、お前、ミニゲームは体験期間の最終日だって言ってたじゃんか」

『そうなんだけど、先輩らがヤルって言ってんだからしょーがないだろ? 人数が想定より多いから、日を分けてやるんだってさ』


 加地に頼まれていたサッカー部の体験入部が早まりそうなのだ。


 現在の状況は、実際に入部するかどうかはともかく、すでに四十人近い生徒が体験しているらしい。

 それで週の初めからミニゲームをやる方針に変更したそうだ。


 確かにそれを一日でミニゲームやると言っても、慌ただしくわちゃわちゃやって終わりかもな。楽しくサッカーしたいだけなら別にいいけど、一応県大会とか目指しているはずだし、得るものが欲しいと。

 体験者も実践的な部活が体験できていいんじゃなかろうか。スケジュールに振り回されるオレを除けば。


「しょうがねえな……。それで? オレはいつ参加すればいいんだ?」

『全日かな』

「アホか。そんなに参加するつもりねぇよ」

『だよな……んじゃ、明日で頼むわ。セブンも早いとこ終わった方がいいだろ?』

「まあな。靴は専用のやつないからランニングシューズでいいよな」

『走って蹴れるならスニーカーでもいいよ。脛当ては俺のやつ貸すわ、膝ぐらいまであるハイソックス持ってるか?』

「いや、さすがに持ってない」

『了解。それも貸すから大丈夫だ。ソックスも脛当ても新しいの開けっから臭くねえぞ』


 道具についてはあまり詳しくないが、わざわざ新しいのを出してもらうのも悪い気がする。

 サッカー部で貸し出しもあるみたいだし、そちらで借りても良い。

 足を振るスポーツなんだから、脛当ては安全のためにも必須だろう。


「中古があるならそれでいいけど」

『セブンが使った後、俺がそっちに乗り換えるから気にすんな。脛当てはともかく、ソックスならそのまんま持って帰ってもいいぜ』

「それならソックスは買い取るよ。お前も人が履いたやつを使うのは嫌だろ」

『古臭いのだと嫌だけど、新品なら洗えば問題ないぞ』


 運動部って汗をかくのが普通だからか、この辺に関しては緩いよな……。

 確かに洗えば問題ないかもしれないが、肌着とか靴下はちょっと抵抗あるよ、オレは。


『あとお願いっつーか、先輩らからの指示っつーか……』

「なんだよ、歯切れ悪いな」

『見学に女子集められない?』

「えぇ……」

『毎年、一年が見学を集めさせられるらしいんだわ。去年やらされたからお前らもやれって言われてさ……』

「悪い文化だ……。上級生の活躍する姿を何も知らない下級生女子に魅せてやろう、ってコトじゃん」


 連携も信頼も構築されてない新入生相手に、サッカー部のスタメンがバシバシ決めて見学者に良いところ魅せたいってだけだよな、それ。オレはそんなサッカー部入りたいとは思えないが……。


『このとーり! 今度、マクバーガー奢るからさ!』

「分かった分かった。とりあえず知り合いには声をかけてみるよ」


 加地はこんな部でもサッカーやりたいんだ。

 友達に協力するぐらいの甲斐性は持っているつもりだからな、可能な範囲で手伝う。


 来年は加地も要求する側に立っていそうな気もするが……。


 とにかく抜けそうになっていた靴下を買い取る話を決めて、通話を切る。

 明日は体育の授業もあるしちょうど良いな。体操着と古いランニングシューズを袋に入れて、準備しておいた。





 しかし気軽に声を掛けられる知り合いの女の子と言えばオレには二人しかいない。


 朝の電車では加地に会わなかったので、『アドセル』を開く。『熾光』アカウントの通知がすごいことになっていたので、とりあえず通知は削除。後で確認しよう。


 七海さんと比良さんにグループチャットで誘いをかけた。


『今日、サッカー部の体験ミニゲームに参加する予定なんだけど、見学しに来ない?』

『遥くん、サッカー部入るの?』


 七海さんから返事が来て、比良さんは音沙汰がない。

 まだ寝てるのか? 遅刻するぞ。


『中学からの友達の頼みで、ミニゲームだけ参加するつもり。見学の人も可能なら集めてほしい、って頼まれたからさ。時間があれば放課後、どう?』

『そうなんだ。うーん、お母さんに聞いてみるね』


 七海さんは家の手伝いもあるだろうし、あまり無理は言えない。オレたち新入生は体のいい噛ませ犬だし、喜んで見せたいもんでもないしなあ。


 がたんごとんと電車に揺られていると、着信があった。セリーン!


『お母さんに聞いたら「いくらでも行ってきなさい」って言われちゃった。お小遣いまでくれたけど、見学にお金かかるの?』

『学校の校庭でやるから一円もかかんないよ』


 たぶん勘違いしてると思うよ。

 これでとりあえずノルマは達成したな。勝手に達成感に浸っていると、七海さんから新たに文章が送られてきた。


『そういえば遥くん、大丈夫だったの?』

『何の話?』

『一昨日、奏ちゃんが言ってたから。遥くんが大変なことになってる、って』

『あれはいつものことだから』


 撮影した写真を出すと、たまに話題に上がるのが『熾光とせつなが付き合っているのでは』説だ。

 投稿のタイミングが似通っていて、大体同じスタジオで写真を撮っているから、という雑な論拠で話をブチ上げるやつがいる。


 前から粘着されていて、写真を投稿する度に言われるから慣れてしまった。

 オレも付き合えたらいいなとは思うよ。オレの理想と理想同士のカップリングだから。


『ああいうのは構えば構うほどヒートアップするから、放置か運営に報告するぐらいでちょうどいい』

『じゃあ奏ちゃんがやってるのはマズかったのかな』

『えっ?』


 えっ?


 オレは慌てて比良さんのアカウント『かなで♪』を確認した。

 彼女のログは現在進行形で更新されている。オレのアンチアカウントと熾烈なレスバトルを繰り広げていた。


「なにやってんだ……」


 ログを遡ると一昨日の夜からバトっている。もしかして寝てない?

 火種になっているのはオレも認識している厄介なアンチだ。


【このテレビボードに置かれている時計の位置、外の天気や日の傾きを考慮しても同日に同部屋で撮影をしているのは確実……熾光許せねえよ<『熾光』と『せつな』の比較画像>】

 →【薄い根拠で邪推するのはやめたらどうですか?】

  →【ポッと出のヤツが何言ってんだ? 俺は古参だぞ!】

   →【古参だとありえない話をでっち上げても良いってことですか? 熾さんのそのカップリングは解釈違いです、やめてください】

    →【せつなん相手で何が気に食わねえってんだよ!? 馬鹿かこいつ】

     →【熾さんは独り身だから! いたら困るでしょ!?】

      →【何だよガチ恋勢か、残念だったなぁ! もうこいつは相手がいるんだよクソァ!!!】

       →【違うわよ!!! いないし!!!!!】


 オレは頭を抱えた。


「い、いつの間にか比良さんが厄介なオタクになっている……」


 直近のログまで追っていくと、お互いに寝不足で頭が回っていないのか、同じ会話デッキを延々と繰り返している。不毛な争いだ。


 とにかく、オレは電車を降りると、比良さんに通話を試みた。

 通話のボタンを押した瞬間に相手が出た。


『はっ、えっ、あっ、あれっ!?』

「もしもーし。比良さん、落ちついて」

『どいて! あいつを分からせないとッ!!!』


 ぷつっ。と通話を切られた。


 ええ……レスバの原因になってるオレより対戦相手の方が優先度高いの?

 少しショックだ。こんな雑な扱いされたことないぞ。


 オレは「ぁー」と声出しをして、次の一手を整えた。封印されしイケボの出番よ。

 再び通話ボタンを押す。瞬間的に比良さんが出る。


「話を聞いてくれないか、奏」

『うっ……ッ』


 比良さんは呻き声を上げて通話を切った。


 ……オレも泣いていいか?

 涙をこらえながら、七海さんに仲介を頼む。同姓ならまた違うだろう……。


『七海さん、申し訳ないけど比良さんにグループチャットを見るように通話してもらってもいい? 何度か掛けてみたけどすぐに切られてしまって』

『いいよ、掛けてみるね』


 少し経ってから比良さんの反応がグループチャットにあった。クマが角からこちらを窺っているイラスト。


『呼んできたよ』

『七海さん、ありがとう。比良さん、おはよう』

『おはよ……。怒ってない?』

『怒ってないけど少し悲しかった』

『うっ……ごめん。で、でもはるかも悪いんだからね! こんな朝から急に通話してくるから驚いて!』

『そりゃ、あんな不毛な争いしてたら止めに入るでしょ』


 オレは比良さんが粘っこい争いをしていたアンチアカウントについて説明した。


『あの人は昔からああ言ってるから、気にしなくていいよ。相手にすると、疲れるだけだし』

『あんな根も葉もないこと言われてるのに!?』


 同じ日に同じ場所で同じ人が撮影しているところは正解だからなあ……。被写体も同じで、争いの対象が同一人物というところを除けば大正解なので否定しにくい。


『アンチはそういうの気にしないから。オレたちもあんま気にしてもしょうがないよ。オレのために言ってくれてるんだと思うけど、放置で大丈夫だよ。一線を越えるようなら、オレも然るべきところに対応を依頼するし』

『…………、はるかがそう言うなら』


 不服だと伝わる文章ではあるが、とりあえず了承いただけたことで一安心。

 あとは学校でもう一度念押ししておけばいいだろう。


 やってきた各駅停車の電車に乗って、ようやく学校にたどり着く。


 ……なにか、忘れているような……。


 何かを忘れているという感触だけがオレの頭に残り、結局思い出せなかった。まあ思い出せないなら大したことじゃないはずだ。

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