第22話 ああ、素晴らしき友情
体育の時間にランニングシューズを見て思い出した。
そーだよ、見学の人を集めなきゃならんのだった。
今日の体育は基礎体力訓練というか、運動測定のために前もって体験させてやるぜ週間の始まりで、早速マラソンが入っている。
一五〇〇メートルを走ればいいだけなのだが、インドア派には厳しい内容だ。
そして寝不足の人間にも。
女子は男子よりも短い距離になるけども、ほとんど二日も徹夜している比良さんには苦行だったようだ。
座り込んだ七海さんのふとももに頭を突っ込んで、死んだように動かない。
男子グループの上位でゴールしたオレは、その足で二人のところに向かった。
「おつかれ」
「おつかれさま。遥くん、早いね」
「毎朝ランニングしてるから、これくらいならね」
最低でも三倍は走っているので、少し上気するぐらいだ。もう少し走りたい気もするが、放課後にハードな運動が待っているのでやめておこう。
「比良さんはどう?」
「うーん……」
七海さんはごろりと比良さんを転がして、目蓋を指でかっ開いた。
仰向けになった比良さんが大口を開け、白目を剥いている姿を確認し、おもむろに乳を叩く。ふるふるんっ、と揺れる。
それでも身動き一つしない比良さんに、七海さんは心底沈痛な表情で首を振った。
「ダメみたい」
「お、おお……」
見てはいけないものを見てしまったような、いけない感覚。
「じゃ、じゃあまた後にする」
「見学の話だよね。奏ちゃんが起きたら話しておいてあげるよ」
「お手柔らかに……」
「……? うん」
比良さんは登校するなり机に頭を伏せて、先生が何を言おうと一瞬たりとも起きなかったのであんまり期待しない。
しかし七海さんは無意識かつ確実に伝える手段を取りそうでなんだか頼むのが恐ろしかった。
禍根が残らないことを祈ろう。
男子の集まるエリアに戻ってくると、即座に数名のクラスメイトに拉致された。
ヘッドロックをかけられて端の方に連れ去られる。
グループワークで同じグループになった男子の小名浜くんを含む野球部三人組だ。全員坊主なので野球部であることは分かるのだが、すぐに誰かを合致させられない。
「なになに、どうかした?」
「羨ましすぎるだけだよこんちくしょう!」
「ネクラのくせに気軽に可愛い女子と話しやがって!」
「どうすりゃいいんだコイツ!!!」
思春期の男子だった。
小名浜くんの腕から脱出し、おほんと咳払い。
血の涙を流しかねない形相の三人に、オレは女子……というか人と話すコツを授けた。
「いいかね、君たち。人と話す関係を作ることに近道などない」
「そんな……ッ」
「人と人は良い関係と悪い関係を積み重ねて生きていく社会性の生きものです。良い関係を積み重ねれば、自ずと会話は産まれるでしょう」
「でも先生! どうやって良い関係を築けばいいんですか!?」
オレは打ちのめされる三人組にニッコリと微笑んで教えてあげた。
「きっかけは自ら作るもの……例えば人の雑用を進んで手伝うとかね。気になる人だけを手伝っても、それは逆に悪い方向へ進んでしまうこともある。人に優しくしていれば、それは誰かが見ていることでしょう」
学校生活に限らず、今後の人生において最も大事なことを教授する。オレはなんと良い人なのだろう。
そんなオレの心の深層を覗き見たのか、小名浜くんは不審さを隠さずに問う。
「七星、確かお前、雑用要員だったよな……?」
「小名浜くん、今、その質問は必要だった?」
ちっ、勘の鋭いやつは嫌いだぜ。
他の名前を思い出せない二人は感銘を受けていたのに、小名浜くんのせいでショックを受けている。
「まさか騙そうとしたのか!?」
「見た目通りに腹黒いやつ……!」
「みんな、そういうのは下衆の勘繰りというやつだ。オレは君たちのために助言をしている。いいかい、よく考えてほしいんだけど」
台詞に一瞬の間を空けて、三人に考えさせる余裕を作る。ついでに例え話もひねり出す。
「先生に授業の準備を頼まれた女子がいます。授業に必要な機材が重くて、一人だと持てそうにありません。はい、ここで問題です。この時、この女子はどういう考えをするでしょうかっ?」
右の坊主が手を挙げる。
「はい君、早かった!」
「先生に持ってきてもらう」
「それも考えられますが、真面目な女子でなんとかしようと頑張ります。どのような手段を取るでしょうかっ!」
今度は左の坊主が手を挙げる。
「はいどうぞ!」
「台車を使う」
たぶんこいつらもアホなんだろうなと思った。
どうして話を終わらせたがるんだ。
オレは少し考えて、もう結論の手前まで話してしまうことにした。
「もしも台車がなかったとしたら? 一人では運べない物を運ぼうとする時、どうするでしょうか~?」
小名浜くんが手を挙げた。
「別の人にやってもらう」
「まあ、もうそれでいいや」
誰かと一緒に活動することないのか。……いや、こういう女性観を持っているのか。
「もしかして三人はお姉さんとかいる?」
「どうして知ってるんだ?」
「いや、ふとそんな気がしただけ……」
ああ、姉に虐げられし弟の悲しみよ。
歪んだ人物観を植え付けられてしまっている。モデル業をやっていると虐げる側の女性もよくよく見かけるのでその辛さは分からんでもない。
「とにかくさ、そういうシチュエーションで手伝いを頼むとしたらどんな相手だと思う?」
姉弟の話を広げると二次災害が広がりそうだったので早々に切って本題に戻す。大事なのは彼らと女子の接点創出についてだ。
三人は少し考えて、順番に答えた。
「友達」
「雑用要員」
「力のある人」
「うん、正解。つまり、この三つを満たせば自然と話をするきっかけが生まれる」
「友達になるのがまず難しいんだけど」
小名浜くんの呟きに、両サイドが頷く。めんどくせえな。説明してやるから黙ってろ。
「そこで代わりになるのが『親切な頼りがいのある人』って札だよ。日頃から誰にでも親切で別け隔てなく手伝いをしていたら、女子だって君たちに話しかけるハードルが低いだろ」
「なるほど、一理ある」
「百里くらいあるかもしれん」
「しかし、俺たちは雑用要員じゃないぞ」
ハッとして納得しかけていた二人に石を投げ込む右坊主。
「そんなこと気にするなよ。雑用要員が霞むくらいに手伝いをしてあげれば、みんな声をかけるのはまず君たちになるよ。うちのクラスで一番頼りになるのは君らだ、ってさ。なんならオレにお手伝いの話が来たら、君らにも持っていくよ」
「いいのか? わざわざ女子と話すきっかけを譲ってもらって」
「オレは望んでなったワケじゃないからさ。ウィン・ウィンってやつだよ」
そう言うと、小名浜くんと左右坊主は互いに頷きあって、それから肩を組んだ。
オレも巻き込まれて四人で円陣を張る。
「俺は良い仲間を持った……。七星に誓って、俺たちは今年中に彼女を作るぞォ!!!」
『おォッ!!!』
「……まあ、頑張ってくれ」
まだ大した活動もしてないからどれくらいの忙しさか知らんけど、雑用要員はいつでも増員を待っているからな。
そういや雑用じゃなくてもオレのお願い聞いてくれるかな?
女子に話しかけて、放課後サッカー部の見学に来てもらうように頼むって話なんだけど。
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