あめつちのポートレイト

近衛彼方

第1話 前世からのビデオレター

 オレの五歳の誕生日に、前世の自分からビデオレターが届いた。四歳だったかな?


 ビデオレターと言っても物理的にビデオテープ……映像の記録媒体が届いたわけではなくて、すやすやと寝ていたら夢の中で記録が再生された。そこで前世のオレがビデオレターを来世のオレに送りたいと懇願してたから、その夢をビデオレターと称したわけだ。


「いいか、来世のオレ。お前にはオレが叶えられなかった夢を叶えてもらいたい」


 そんな切り出しで本題を始める前世のオレ。映像も同時再生されているが、映像の真ん中でゆらゆらと白いもやがちかちかと光っているのがメインだ。コレは人の魂とかなのだろうか。

 背後では巨大な洗濯機だか流れるプールみたいなものがあって、白いもや魂がシラスみたいに泳いでいた。あとヒゲがめちゃくちゃ長いおじいさんが横から映り込んでピースしている。


「前世のオレが来世のオレにこうしてビデオレターを送れるのはイレギュラーなサムバディで、ベリーラッキーなだけだからトップシークレットだ。アンダスタン?」


 たぶん前世のオレは馬鹿だったんだな、と後に思い返して悲しくなった。

 おじいさんから指摘が入る。


「キミ、子供向けに伝えないと。キミの要望時期は言語理解力高くないんだから」

「やべ、そうだった」


 ごほん、と咳払い? をして、


「とにかく、ここは転生するにあたって次の生にタレント――才能を付与する場所、って話だ。そこで特殊なタレントを選んだけど使い方が難しいから、タレントのレベルを少し落とす代わりにこうやって説明のビデオレターを送らせてもらえることになった」


 すでにゲームの英才教育を受けていたので、当時も朧気ながら理解はしていた気がする。


「オレが選んだのは『メタモルフォーゼ』……望み通りに自分の身体をイジれるってやつだ。」


 前世のオレは偉そうにピカピカ光った。


「劣化した部分ってのは『何にでも』ってトコだ。鳥とか兎ならともかく、魚とか触手生物にはなれなくてもいいだろ? 『人間』の範囲に収まるメタモルフォーゼが可能……でいいんだよな?」


 おじいさんに尋ねる前世のオレ。ぐだぐだなビデオレターだ。


「うむうむ。種を超えられないレベルまで落とした形じゃな。『人間』であるなら色々と応用が効く」

「つまり、来世のオレはオレの理想を体現できるようになるってコトだ」


 白いもやがグッと力を籠めた、ように見えた。


「来世のオレ! お前は立派な『オトコノコ』になれ!」


 五歳のオレは「もう男の子だけど」と思っていた。


「オレは体毛も濃く、体格はゴツく、なおかつその魅力に気付いた時には歳を取り過ぎていた……。その無念を来世のオレには晴らしてもらいたい一心でこのタレントを選んだ!」

「おそらくじゃが、その概念は分からんじゃろ。一緒におヌシの理想とやらを届けてやろうか?」

「そんなことまでしてくれるのか!? サービスが厚い!」

「一度付与したタレントの格を落とすと、結構なエネルギーっぽいやつが溢れるんじゃ。それを使っとるだけだから気にするでない」

「自分の身を削ってるってコトか。身はないけど」


 あっはっは、と笑っている前世のオレに怒りが湧いた。オレが損してるだけじゃねえか。


「とにかく分かった、オレの理想の『男の娘』はコレだァーッ!」


 前世のオレが叫ぶと、白いもやがピカーッと光って、数秒後に可愛いと思われる大人っぽい女の人がそこに現れた。くるくるした長い髪を大きなリボンでまとめて、派手なお化粧をして、なんだか布の多いふわふわした衣装を着ている。

 オレはどこが男の子なんだ、と疑問に思っていた。


「――ん? あれっ、身体がある……っつーか女になってる!?」

「おヌシの見た目を変えるのが一番楽なんでな。安心せい、ちゃんとおヌシの理想通り、付いておる」

「……へっ? オレの理想?」

「ほれ、鏡」


 どこから持ってきたのか、いつの間にか置かれた全身が映る鏡を食い入るように見つめる前世のオレ。

 単なる女好きのようだ。

 少し混乱しているオレにおじいさんが補足説明をしてくれた。


「前世のおヌシはな、男のままで可愛い・綺麗な女性になりたかったんじゃ。男の娘で『オトコノコ』というやつじゃな。よって、あやつの考える理想の女性像を投影してやっても、男の証は付いておる。男じゃからな」


 そんな人もいるのか、と思うぐらいだ。オレはバイクに乗ってカッコイイ男になりたかった。


「あやつはしばらく戻ってこんじゃろうから、代わりにワシが簡単にそのタレントについて説明してやろう。どういう変化をもたらしたいかを思い浮かべながら、『メタモルフォーゼ』を使う、と念じるだけじゃ。最初はどこが変わったのかも分からんじゃろうが、練習を重ねる内にいろいろと応用が効くようになる」


 練習が必要なんだ。


「あくまでおヌシに備わる才能タレントじゃからのう。どんな才能も磨かなければ輝かない、ということじゃ。……そうそう、これは助言じゃが、おヌシのように変化のタレントを持つ場合は変化する前に『形の記憶』をしておくべきじゃ。元の自分を見失うと、大抵は良くない方向に走りがちだからの」


 そうなんだ。よく分かんないけどおじいさんがそう言うならやっておこう。言うからにはたぶん出来るんだろうし。

 このおじいさん、前世のオレよりも親切だなあ。


「なに、この階層は暇じゃからのー。おヌシが大きくなったら分かると思うが、この『タレント付与場』はパチンコのクルーンみたいな造りになっとってな、無数の階層でテキトーなタレントをいくつも付けるようになっとる。下の階層に行くほどタレントの格が落ちていく代わりに付与率が上がっておって大忙しなのじゃが、ワシがおるような上の階層は付与率が低すぎてなあ」


 こうやって遊んでてもいいってコトね。


「これぐらいのことならワシも現世の者に関わってもええじゃろ。おヌシがこの夢をうまく使って、世の中に一波乱起こしてくれるならそれはそれで面白そうじゃし」


 オレたちって神様のオモチャにされてんの?


「おヌシに分かりやすく言うと、てれびの出演者が近いかの。こうやってわざわざタレントを付与してやるのも、不確定存在を生み出して番組を面白くするためじゃ。まっさらで転生させてもええが、まぎれがないとつまらんじゃろ?」


 神様にもタイクツとかってあるんだな。


「そりゃあワシらも知性と感情のある存在じゃからな。今日は久しぶりに当たりが出たから、つい奮発してしもうた。……おっと、さすがにそろそろ下に流さにゃならんな。前世の方、来世にもう言うことはないのか?」


 おじいさんが前世のオレに話しかけると、振り向いた前世のオレは妙に悟った様子で言った。


「夢が叶った――」


 ……えっ?


「オレは満足したから、なんかもう、好きに生きてくれ」


 勝手すぎない? だったらオレはお金持ちになれるタレントとかの方が良かったんだけど。


「いやいや、待て待て来世のオレ。さっきライダーになりたいって言ってたけど、ライダーだけでいいのか?」


 どういうこと?


「このタレントを使いこなせば、お前は魔法少女でも戦隊ヒーローでも、何にでもなれる。お前は、この世の全ての服を着こなせる可能性があるんだぞ」


 いまいち理解は深まらなかったが、いかにもすごいことを言っている雰囲気にオレはごくりと息を呑んだ。


「ま、何にせよイケメンには間違いなくなれるわけだし、いい感じに使い倒して、人生楽しんでくれよ」

「顔だけの男になるのか、才能豊かな美男子になるのかは、これからの運命力次第だがね。他にどんなタレントが付くかは教えられんし、そもそもワシも分からんのでな。『メタモルフォーゼ』を上手いこと使ってワシらも楽しませてくれたまえよ」

「それじゃ、じゃーな、来世のオレ。じいさんもサンキューな」


 前世のオレはそう言うと、派手な服をばりばり振り乱して背後の洗濯機に走って飛び込んでいった。

 おじいさんもオレに手を振って、


「元気でのう。びでおれーた終了、と」


 その瞬間、オレは目が覚めた。


 窓の外から鳥の声が聞こえる以外は静かな部屋。いや、オレの両隣から寝息が立つ。ぐっすり寝ている両親だ。

 わずかにめくれたカーテンの隙間から朝日が差して、穏やかな日曜日が始まっている。


 オレはそーっと布団から抜け出して、リビングに向かった。

 日曜日の朝は、起きたらテレビを点けてアニメを見る。アニメがやってなくても、やってる番組がアニメに変わるまで見るのだ。


「――ユメ、だよなあ」


 起きたばかりのオレは、まだ夢の中身を鮮明に覚えていて、少なからずドキドキしていた。


「最初は『カタチのキオク』をしなきゃいけないんだっけ」


 はぁーっ、と息を吐くと、オレは瞼が痛くなるくらいに目をギュッと閉じた。『メタモルフォーゼ』を使うというのが、どれくらいなのか分からなかったのでとにかく精一杯やった。


「最初の『キオク』をする!」


 声にまで出してしまって、オレは慌てて口をふさいだ。両親はまだ寝ているのだ。

 様子を窺うが、起きてくる気配はない。

 ホッとしてふさいでいた両手を外す。


「これで……できたのかなあ?」


 変化がないので分からない。前世のオレの時みたいに身体が光ったりすることもなかった。

 身体を変化させる、というのもよく分からない。手とかゴムみたいに伸びたりするのかな。

 再びギュッと目をつぶって、「手、のびろ!」とやってみたが、やっぱりよく分からなかった。


 いろいろ試しにテレビに出てくるお兄さんに変身しようとしたりしてみたが、何かが変わったかどうかは全く不明。

 でも、まあ心の中にいるおじいさんも「どうせ分からん分からん、はじめたばかりではのう」と言っているので、せめて少しぐらい成果が出るまではがんばってみたい。


 集中のためにうんうん唸っていると、あくびをしながらお母さんが起きてきた。


「ふわぁ……。相変わらず早起きねぇ、ハルカは……。子供ってすごいわ」

「おはよー」

「はい、おはよう。あいさつできて偉いぞー」


 さらりとオレの頭を撫でて、お母さんはキッチンに歩いていった。朝ごはんの時間だ。

 それに合わせてか、テレビの方でもようやくアニメが始まった。


『数多の誓いが悪を灼く! はるかぜうららかプロキュート・サクラ!』

『純な祈りが友を助く! はつゆききらめきプロキュート・リッカ!』

『『ひととせ見守る、自然の守護者! 遍く風の導きに従い、ここに参上――プロキュート!!!』』


 ててっててってーてー!


 影からスポットライトの下に歩みつつ前口上を告げる二人の少女。決め台詞と共に姿を表した瞬間、タイトルテロップと主題歌が流れ始める。

 それをぼーっと見ていたオレは無意識に呟いていた。「かわいいなー」と。

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