第46話 【七海凪沙のターン】3rd
私はなぜか遙くんの家に連れ込まれていた。
いつになく真面目な顔をした奏ちゃんに。
「ええと……これはどういう状況?」
休日、ランチタイムの忙しい時間に呼び出され、両親が行ってこい行ってこいとうるさいので来てみたら、何の説明もなく遙くんの家である。
入学式の写真を撮ってくださったお母様にご挨拶できたのは良かった。
しかし、遙くんは私たちを自室に通すと、準備があると席を外してしまった。
準備って何の?
奏ちゃんは顔の前で両手を合わせて立てた。
「ごめん」
「……なるほど、帰るね」
私に対して奏ちゃんが真っ先に謝罪をするなどという事態に、危険な雰囲気をビシバシと感じる。
ここにいてはならぬ、と腰を浮かしかけた私を奏ちゃんは素早く拘束した。
「待って待って! ここで帰ると絶対に後悔するから!」
「どうせまた奏ちゃんが不用意なことを言ったんでしょ! 遙くんもなんか機嫌悪かったじゃない!」
「そうなんだけど、なぎさが後悔するのは確定だから! どうせなら前のめりにくたばろ?」
「どういうことなの!?」
思ったよりも強い拘束に、私は振り払うのを諦めて腰を降ろす。そんな真面目に拘束されると、余計に帰りたくなる……。
大体、こういう異性の部屋にお邪魔した時、ベッドの下とかを探すのがお約束のはず。
奏ちゃんが大人しくしている時点でよからぬことが起きると明示されていた。
「待たせたな」
「……遙くん、それは?」
おそらくは別室から運んできたであろう、人間大のソレを指して尋ねる。
いや、ソレが何かは分かっている。
「全身鏡だけど」
分からなかったのは、鏡をここに持ってきて何をするのかだ。
遙くんは「さて」と前置きして、かつてないほど冷徹な眼で私たちを視た。
「なんでもやる、と言ったことに二言はないな?」
「女に二言はないよ」
遙くんの問いかけに、奏ちゃんは胸を張ってドンと答えた。
待ってほしい。遙くんと奏ちゃんはバチバチと視線をぶつけ合っているが、私は全くの蚊帳の外であることに思い至ってほしい。
二言の前の一言を知らないけれども?
「はるかの横に立つためならば、なんでもやってみせる。なんでも」
「それじゃあ、まずは服を脱いでもらおうか」
だが、その台詞で私の脳細胞はピーンと閃いた。
ちょっと勉強したので分かるのだが、鏡で相手に自分の状態を見させるのが好きな人がいるらしい。
どこがいいのかは理解していないけれども、遙くんがそういうのなら従うことにもやぶさかではない。
大人の階段を登ると表現するようだが、ついに自分が大人になると考えるとドキドキして不思議な気分だ。
しまった、すっかり油断していて下着が上下でバラバラだったかもしれない……。壁の方を向いておこう。
別の意味でもドキドキしながら服を脱いで確認すると、お気に入りの着け心地が良い白の下着セットだった。良かった。
でも脱ぐんだからあまり意味はないかもなあ。
下着も外して、脇に畳んでおく。
よし! と振り返ると、遙くんはこちらを見ておらず、奏ちゃんは全然服を着ていた。
「あたし、そういうことをするつもりで来たんじゃないんだけど」
「何でも言うコトを聞く、つったのはお前だろ。言葉に気を付けるんだな今度からは」
……いや、もう我慢しなくてもいいのでは?
私は満を持して、険悪な二人の間に嘴を突っ込んだ。
「いい加減にしてよ、二人とも。何をそんなに揉めてるわけ?」
「凪沙も無関けうわっ!? どうして裸なの!?」
「顔を背けるのは失礼すぎない?」
そんなに見たくもない身体だろうか。そうだとしたら辛い。
「いや、奏に言ったつもりで、凪沙はまだ心の準備が……」
「私は後回しってこと……。私が無知だと思って馬鹿にしてるでしょ! 少しは勉強してきたんだからね」
奏ちゃんのように世の男性が好むと思われるダイナマイトバディではないけれども、胸だって十人並みにはある方だ。
腕を組めば、ほら。
「谷間だって作れるんだから!」
「そ、そう……」
微妙な顔をして、遙くんは「なるほど」と頷いた。
思っていた反応と違う。参考映像ではこれで大喝采だったのだが。
腕の組み方を間違えたかな?
「まあ……良くはないけどいいや。凪沙から始めよう。鏡の前に立って」
「うん」
言われるがままに私は鏡の前に立った。
ここから先は新境地だ。
どのように大人になるのか、心臓の鼓動が爆発しそうなほど高まっていく。遙くんは服を脱ぐ気配を見せないが、どのようにするのだろう。
遙くんは真剣な表情を作って、私の後ろに立つと、背骨のラインを指先でなぞって言った。
「そうだな……、凪沙は姿勢が良い。だけど、君のお父さんと同様に左右のバランスがズレてる。それを整えるところからかな」
「……うん?」
私は遙くんに振り返って尋ねた。
「それは何の話?」
「何ってモデルの訓練の話だけど」
「訓練? えっちするんじゃないの?」
「えっ……ちは、しない」
頬を赤らめる遙くんは可愛いが、話が全く噛み合わない。
それなら私はなぜ服を脱がされたのだろう。
諸悪の根源である奏ちゃんに目を向けると、彼女はすみやかに正座をして額を地に付けた。日本語で言うと、土下座である。
「どゆこと?」
冷たい声で遙くんが訊いた。
地に伏したまま奏ちゃんが答える。
「なぎさにはモデルの事とか何にも説明せず連れてきました」
「何にも知らない人に服脱げって、オレ危ないやつじゃねえか」
「私、今日えっちするんだと思ってわくわくしてたのに違うの?」
「ごめん、凪沙はちょっと黙ってて」
事情を全く知らない私にそれは酷くない?
遙くんはハンガーにかけてあったジャケットを私の肩にかけると、土下座を続ける奏ちゃんに説教というか、恨み言を呟いていた。せめて自分で呼んだ相手には説明くらいしておけよ、と。それはそう。
奏ちゃんに聴取するだけでは不足だと痛感したのか、遙くんはスマホを手にどこかへと電話を掛けながら部屋を出ていってしまった。
残されたのは裸ジャケットの私と、土下座をしたままの奏ちゃんである。
彼女を上から見下ろしているのにもいたたまれなくなって、少しシーツの乱れたベッドに腰掛ける。
思ったよりもマットレスが柔らかく、自分のベッドとは違った感触が気持ちいい。
つい、ゴロリと転がってしまった。
また自宅とは違った香りが鼻に届く。どことなくフローラルな香りは心地よい。
父さんは汗とハーブや調味料の香りがしていたが、料理もしていないのにどうしてこんなに爽やかな香りがするのか不思議だ。
枕に顔を埋めていると、ウトウトとしてしまう。
人の家に来て寝てしまうなんて失礼だとは分かっているが、ああ、なんとも魅力的な誘惑――
「……ったく、夕暮さんも勝手なことを言う――ったあんぎさ、そこで寝るな! あと下着は付けてくれ頼むから!」
もう少しですやすやと入眠できたところだったのに、戻ってきた遙くんに阻止されてしまった。残念だ。
慌てすぎて言葉を噛んでるレアな遙くんを聴けたので満足しておこう。
目を擦りながら身体を起こすとこちらを向いたまま遙くんが固まっていたので、胸元で腕を交差してあげた。
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