第24話 膝を見れば分かる……かも
単なるミニゲームなのにわざわざユニフォームを着た先輩方がグラウンドの中央に集まっていた。
グラウンドで見間違いをしないように作られた派手派手な色とデザインのユニフォームは、オレたちの格好と比べたら弾けるほど格好良い。
オレたちはジャージ、ないしは体操着だ。ジャージはすでに一年生の間でもパジャマの通称で呼ばれている。
先輩らの中心に立っている人、たぶん部長が訓示を述べる。
「えー、これからミニゲームを始めるが、成果次第では明日からでも君ら一年生にもこのユニフォームを着てもらう可能性がある。一緒にこのユニフォームを着たい人は、是非頑張ってアピールしてほしい」
一年生にざわめきが広がる。その横にいた人……おそらく副部長も言葉を添えた。
「明日、ユニフォームを着てこっち側で一年生と試合するかもってことだから。先週お願いしておいたけど、ちゃんと気になる女子とか見学に誘ってくれた? 一年生ながらユニフォームを獲得しちゃう人が出てきたらさぞかし目立つんだろうなあ」
ニヤリと笑って言うが、その人の黒い腹はまるっと見えている。言葉通りに実現させるつもりが感じられない瞳をしていた。
急にやる気を出す人が当社比で三百パーセントアップした。両手で顔を張りすぎて、試合が始まる前から顔真っ赤な人がいてどうしようかと。
とりあえず一年生のやる気を出させるための餌であることは一連の流れで理解した。
その餌に食いつく雛鳥を食い散らかして、美味しいトコだけいただこうとしている。
集めてもらった一年女子に良いところ魅せてあわよくば……、というレベルの可愛い企みだけど。主導しているのは副部長の人っぽい。あの人嫌いだなあ。偏見である。
この話を聞いてやる気アップを見せなかった人間は数人いた。
「そこのキミ、やる気がないのか? 女子を誘えなかったからってやる気がないなら他の者と変わりたまえ」
しかし、副部長が目を付けたのはオレだった。見た目がインドアだからかな。
スタメン組としても相手がショボいと目立つというか弱い者いじめになるから、調整でもしているのかもしれない。だからって見た目で切ろうとするな。偏見だぞ。
「いや、オレはちゃんと女子誘いましたよ。ええと――ほら、あそこの二人」
オレはグラウンド周りを見渡して、ちょうど姿を表した二人……めちゃくちゃ眠そうな比良さんと腕を組んで引きずってきている七海さんに手を振った。
七海さんはオレに気付いて空いた手を振り返してくれた。そして比良さんを類稀なるパワーで揺さぶる。
「遙くーん、がんばってねー! ……奏ちゃん、奏ちゃん、もう外だから」
「んー……、あぁぅー……ぅーん……」
「ほら、遙くんがこれから試合だって」
「……っはッ! ぐぅっ、起きろあたし……! はるかーッ! 観てるよーっ!」
首がポロリしちゃうんじゃないかと心配になるほど揺らされた後、一命を取り留めた比良さんが覚醒した。すでに肩で息をしている。
保健室で休んでいてもらうべきだっただろうか……、そこまで生命削って観てもらうものじゃない。
まあ来てくれたことはありがたい。後でお礼をしよう。
加地が脇腹をつついてきた。
「なんだよ」
「あんなカワイイ子を二人もどこから見つけてきたんだ?」
「クラスで席が近いだけだよ」
オレが答えると、レギュラーの話が出た時よりも強いざわめきが広がる。
副部長が口元をヒクつかせ、かけてもいないメガネを持ち上げる仕草をした。
「キミ、彼女たちは幼馴染とか元々キミの親しい相手じゃないのか?」
「いえ。入学式で初めて会いました」
「にも関わらず、あんなにも親しそうな……」
「オレにも分からないですけど、距離感が近いんですよね」
サッカー部スタメンは円陣を組み、気炎を上げた。
「やつを殺す! 行くぞ!!!」
『オオッッッ!!!』
「なんでだよ!?」
殺意の波動を一身に受けて、オレは動揺した。言われたことをやって、答えただけじゃん!
チャチャくんが慰めるように肩を叩いてきた。
「どんまい。モテない男の僻みに火を点けちまったな」
「発火温度低すぎない?」
「俺らと違って、発火点が上がることないんだよ先輩らは」
煽りよる。
鼻で笑うチャチャくんにも殺意の視線が注がれる。繁華街で遊んでそうなイケメンサッカー選手と紹介されそうな外見だからなあ。
加地は苦手な優等生系とギャル系ということで、手持ち無沙汰にグラウンドを蹴っている。カワイイとは思っていても、範囲外なら静かなものだ。
火種が役割を果たしたところでキックオフだ。
なんなら味方からも嫉妬を向けられつつあり不穏な始まりである。お前らが呼んできた女子もいるはずだろうが。
こちらのボールから始まり、前線から後ろへとボールが流されてくる。
スタメンチームは3−4−3の攻撃的なフォーメーションだ。数の多い敵フォワードが、プレッシャーを与えるべくこちらの陣地に浸透してくる。
なんなら敵のミッドフィールダーも浸透してくるし、バックスもハーフラインを越えてこちらまで上がってきている。
初っ端から突然増したプレッシャーに、右サイドでボールを持っていた一年生が耐えきれずにあっさりボールを奪われ、そのまま流れ込むようにスタメンチームが数で押して先取点を挙げた。
「お、大人気ない……」
こちらに何もやらせるつもりのない動きだった。一年生を障害物の木人か何かと勘違いしている。
ボールを中央に戻して、二度目のスタート。
さっきはバックスまでボールを下げていたが、今度はチャチャくんが中盤で留めて全体的にラインを上げるように指示している。
二人、三人とチャチャくんに先輩が襲いかかるが、難なく躱してボールを前に進めている。チャチャくん、サッカーが上手い。
だが少し進んだところで、チャチャくんは四人に囲まれてしまった。頑張るが、どうやっても抜け出せない。
それをぼーっと見ていると、チャチャくんと目が合って、すぐさまボールが飛んできた。
強いボールだったが、ちゃんと手前でバウンドさせてくれたので、なんとか止める。
「セブン、来てるぞ!」
ホッとしたのもつかの間、加地の声にハッとして顔を上げると、周囲にいた先輩らが自分のマークをほっぽってオレに向かって走ってきていた。
「なんでオレなんかに五人も!?」
「女子に縁のない者の怨みを思いしれ!」
「そういう態度だから縁がないんですよ!」
「うるせえ、金球弾けとべ!!!」
パスを出すにも隙間が見当たらない。
前も後ろも横も敵が詰めてきている。
突っ立っていても仕方がないので、とにかく敵と敵の合間が一番広い斜め前方に向かってドリブルを開始した。
「七星、出せ!」
「出させねえよ!」
チャチャくんがボールをもらいに来てくれたが、さすがにチャチャくんのマークは外していない。二人を引っ付けている彼に頼るのは酷か。
「よそ見してんな――!」
横から足を伸ばして飛び込んできたあい先輩は足の裏でボールを引いてやり過ごす。通り過ぎていったので、空いたそちらへとボールを転がす。
うえ先輩とおか先輩が二人で並んで突っ込んできた。膝の向きを見ると、直前で横に広がって挟んできそうだったので、足を上げたところで二人のあいだにボールを転がす。
なんとか狭い隙間をすり抜けて、一息つく。後ろから追ってきていたきく先輩とけこ先輩は遠い。
顔を上げて加地を探す。見つけた加地は左のライン際を走っていた。ゴールに遠いな。
ふとゴールの方を見ると、相手のゴールキーパーがかなり前の方に出て味方に怒鳴っている。すぐにゴールを護る位置には戻れなさそうだった。
「ボールの下の方を蹴る……っと」
チャチャくんにさっきのパス練習で見せてもらった、遠くに浮き球を送るやり方でボールを蹴る。
親指のつけね辺りで、ボールを擦るように、あるいはすくいあげるように下の方を蹴るのだ。
そうすると内巻きに回転しながらボールは飛んでいき、前に出過ぎていたゴールキーパーの指に掠ることすらなく一度バウンドしてネットに刺さった。
てんてん……、とゴールネットの内側で存在をアピールするボールの姿に、誰もが呆然としていた。
いや、一人だけフィールドの奥から走ってくる男がいる。
「さっすがセブンッ! スーパープレイ製造機は健在じゃねえか!」
加地だ。陽の光を煌めかせて走ってきた加地がオレに抱きつき、背中をバシバシ叩いてきた。
外れかけた眼鏡を手で抑える。
「別にそんな難しいことはしてないだろ……。人のいない方に行って、ゴールが空いてたからシュートしただけ……なんだけど……、点は入ったよな?」
「どう見てもゴールだけど、どうした?」
「加地以外がゴールだって言ってくれないから、なんかルール間違えたかと思って」
「ああ……そりゃあ……」
加地が周囲に視線をやるのに合わせ、オレも周りを見渡した。いつの間にかオレたちは注目を集め、一挙一動を見張られている。
異様な雰囲気の中で、加地は言った。
「セブンにビビってんのさ。五人の包囲をあっさり抜けて、シュートを決めたセブンにさ」
「もっと上手い人いるのに? オレはお前みたいに足も早くないし、チャチャくんみたいにささーっとフェイントなんか出来ないぞ」
「なのにあっさり抜けるのがヤバいんだよ……。セブンが教えてくれた膝を見るやつ、未だに俺は分かんないからな」
「それは、もっとたくさんの人の膝を見ろよ。サッカー選手なんて膝丸出しなんだから、膝の向きを確認すれば進む方向ぐらいは分かるだろ」
オレぐらい人体に精通するようになれば、骨格の動きもイメージ出来るようになる。
その骨の動きから予想される進行方向と逆にボールを動かしているだけ。おそらく骨格の可動範囲的に接触や奪取が不可能だろう、という位置にボールを動かせば理論上は安全なワケだ。
オレの予想を上回ったり、単純にオレがついていけない運動能力を持っている相手だったりすると容易く崩壊する優位性だ。
これが技術を持つスポーツ選手だったら、また違うのだろうけども。
今回は先輩方がオレを舐め腐って正面からぶつかってこようとしたがために、簡単に避けられてしまったという側面もある。次回はそう上手くいかないだろう。
「はーるかー! すごいぞー! えらい!」
「遙くーん、もう一点!」
大きな声で声援をくれるわずか二人の応援団に、親指を立てて反応する。
点を入れられて警戒したゴールキーパーが下がるようなら、今度こそ加地の出番だ。下がらないのであれば、もう一回浮き球を蹴ってやろう。
しかしながら、点をゲットしたら次のスタートは相手のボールからだ。防御を行い、攻め込んでくる相手からボールを奪わなければならない。
休むヒマがなくて大変なスポーツだ。
対面する相手のミッドフィールダーにボールが回ってきて、オレは反対側でボール蹴ってろよと嘆息しながらもディフェンスに参加した。
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