第39話 伊達メガネも高校生には高いがね
『そうですが』
「そうですが、じゃないですよ! しかもティーンズ向けの女性モデルがメインのヤツでしょ! どこにオレの入る余地があると!?」
『でもオファーをくださった方は、熾くんのファンだそうですよ? 『アドセル』もチェックしているとか』
「そっち!?」
オレに和服で女装しろ、ってコト!?
残念だが、この話は断ろう。『熾光』の女装はあくまで趣味なのだ。
「えっと堺土さん、そういう話なら残念ですがなかったことに……。仕事で女装する気はないんで」
『そうですか。分かりました。では、私は断っておきます』
「気を持たせてしまって、すみません」
『いえ、お気になさらず。――ところで、今はどちらに? 撮影は終わったはずですが、まだ帰宅されてませんよね』
「ああ、今日は友達と遊びに出てて……」
『繁華街で遊ぶなら十分に気を付けてくださいね。何かあればすぐ駆けつけますから電話は躊躇せず』
「大丈夫ですよ。真宿ですけど、遅くなる前に帰ります」
『注意だけはいくらしても足りない、なんてことはありませんので。ではお友達と楽しんできてください、お時間取らせてすいませんでした』
「いえいえ。お疲れ様です」
通話終了のボタンをタッチ。堺土さんとの会話を切る。
ありがたい話だったけど、これはもう仕方がない。
年齢層がもう少し上の女性誌なら、男性モデルも多少は需要あるのだろうが、今度はオレが年齢的にそぐわない。ままならないものだ。
企画に興味があっただけに残念感もひとしお。
眉尻を落としながら二人のところに戻ると、彼女たちは大量のメガネを両手に抱えていた。今まで一つずつ試していたのに。
「そんなにたくさん持ってどうしたの」
「一個ずつ試してると時間がかかることに気付いて」
「早く決めないとお店にも迷惑だしね!」
あれでマジメに選んでたのか、という驚きを口に出さないだけの配慮はあった。
室内を含む普段使いのはずなのにサングラス持ってきたり、予算の五倍もするブランド品を選んでくるのは、どう考えてもわざとでしょ。
いわゆるウインドウショッピングってやつだと思って付き合っていたのだが、本気でセレクトしてたのか……。
しかし確かにもう買い物は終わらせてしまいたいところ。引き取りにも時間がかかるし。
「これまでに試した中でオレが良さそうと思ったやつじゃダメ?」
試しに尋ねてみると、
「あんまり反応良くなかったからダメかと思ってた。気に入ったやつがあるなら言ってよ〜!」
「すいませんでした」
途中から値札しか見てなくて申し訳ございませんでした。
それはオレも悪い。低予算のメガネは大体似たようなもんだと気をそぞろにしていたオレが悪い。
だからって予算オーバー品ばかりを集めてくるのもどうでしょうか。
抱えていたメガネを戻しに行く奏を見送り、ちょこんと脇で待っている凪沙にも確認する。
「ダメ?」
「いいけど、せっかく持ってきたからこれも見てほしいな」
最後にと言われてはやぶさかでない。
見分したるか〜、と凪沙が集めたメガネに目をやり、思わずそれからまた二回見た。
眉メガネ!?
「そのぶっとい眉毛がついてるメガネとかどこから持ってきたのさ!」
「ジョークグッズのコーナーがあったから。目隠しメガネもあるよ」
シュールでしみったれた気分になる福笑い顔がプリントされたアイマスクメガネを凪沙は楽しそうにかける。
「どう? 似合う?」
「似合うのはバラエティ番組の出演者だけだよ! 何でこんなのまで持ってきてんの!?」
「遙くんが全部似合うって言ってくれるから、どこまで似合うのかなって」
「誠にすいませんでした!」
オレは速やかに頭を下げた。
いや、でも、ほんと! ちゃんと概ね似合ってたから! 昆虫の複眼みたいなサングラスはあんま好きじゃなかったけどさ。
凪沙は朗らかに笑って言った。
「一番良かったのを選んでくれるんでしょ? 今までのどれが好みだったのか、気になるなー」
買った伊達メガネは結局三つ。
奏が選んだオレのやつと、オレがそれぞれ選んだ二人の分だ。最初、奏は買わないはずだったが、自分だけ買わないのも嫌だとか言い始めて三千円の安いやつを買った。
オレのやつはウェリントン型という、台形と楕円を合わせたような丸みのあるレンズの大きい種類。黒縁のフレームが太いやつにしようとしたら奏から却下されたので、仕方なく金属フレームのベージュっぽいやつにした。
凪沙には完全なお洒落メガネということで、ラウンド……小さめの丸いレンズが愛らしいメガネを選んでみた。シルバーフレームっぽいが、よく見ると淡いピンクに光る。
奏のやつは対して種類もなかったから、色合わせで暖系のオレンジ色をチョイス。鼻当てがフレームと一体になった強化プラスチックみたいな素材のやつだ。
レンズに度は入れないが、曇り止めなどの加工は入れてもらえる。
鼻当てや弦の調整をしてもらって、それからしばし待ち時間。三十分程度で渡してもらえるそうなので、その間はカフェで休むことにした。
いつも使うコーヒーショップチェーンもあったが、死ぬほど客が並んでいたので別の店にする。
テーブル席に案内されて、シックなメニュー表に目を通す。
コーヒーの抽出に命をかけていることを明示するメニューには生クリームがどうみたいなトッピングは無い。硬派だ。
普段は紅茶を頼みがちなオレだが、いくらメニューにあってもこんなにコーヒーを推されてはさすがにそちらを選ぶ。
三人でお高いクイーンコーヒーに、ケーキのセットを頼んだ。
「思ったより高いんだね……」
本日はメガネ二本も購入し、学生の身には大出費の奏が嘆く。いくら混んでいたとしても、店のチョイスが悪かったか……。
「はぁ〜、あたしもアルバイトしたいなー。早くもお金がなくなってしまいました」
「や、そんなにピンチなら伊達メガネなんか買う必要は」
「それはあるでしょ」
すかさず答える奏に、凪沙も頷いている。伊達メガネに今そんな金を出す必要はないと思うけど……。
「奏ちゃん、ウチで働いてもいいよ。ホールスタッフなら結構いつも募集かけてるし」
「そーだね……。まずは自分で探してみるけど、上手くいかなかったらお願いしてもいーかな?」
「分かったよ。いつでもこき使ってあげるから安心してね」
「うっ……、それはそれでためらうなあ……」
あの佇まいのレストランだと覚えることがたくさんありそうだ。ワインの銘柄とか読めるのかな。
「でも『Seven Seas』みたいにお洒落なレストランのホールさんとかは、人に仕草を見られるから。奏の意識変革の練習にはいいんじゃない」
「そうだね、ママも『視えないところまで視られていると思いなさい』って新人さんには指導してるし、人に視られることには慣れると思う」
「うーむ……ちょっち悩む……」
「ま、今すぐに決めなきゃいけないことでもないから…………ん?」
ストローを咥えて悩み出す奏から視線を外した先、ガラス張りの壁の向こうに妙な動きをしている人を見てしまった。
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