終章 わたしとストーカーと変態

034 攻めの一手

 わたしの声が室内に響きわたる。それは一見滑稽に思えるだろう。それはあまりにもおかしい提案に思われるだろう。


 それでいい。油断するなら十分に油断してくれて構わない。問題は、この提案を生徒会長が受けるかどうかだ。


 じっ、と彼を見つめる。生徒会長は、提案を聞きくすくすと笑い、ついに大きく腹を抱えて笑い出した。


「そうかそうかっ! 最終決戦は将棋と? ははっはははっはははっ!」


 涙でも出ているようで、目元を拭きながら彼は笑う。


「それで、君が負けたらどうするんだい? 僕が負けたら? 僕に利益はあるのかい」


「貴方が勝ったら」


 わたしは本気。


「わたしの体をどうやってもいい。目玉をくりぬいてもいい、脳みそをいじってもいい。すべて貴方の思うがまま」


 そのくらいは賭ける。

 当たり前。

 ここが、勝負どころだから。


「へぇ……。そうか、じゃあ僕が負けたらどうする気だい?」


「生徒会を、やめさせてもらう」


 彼の眼光が鋭くなる。


「それだけかい? つまらないね」


「つまらなくなんてない。貴方に勝つ。わたしにはそれだけで十分」


「それが……砂肝和一への弔いのつもりかい? せめて僕に勝つというのが」


「ちがう」


「ちがわないさ! 君は砂肝和一を奪った僕を倒したいだけだろう? 分かるさ。僕には」


 彼は将棋盤に近付く。そうして、将棋盤の前に腰を下ろした。胡坐を組む。


「いいさ」


 彼は将棋盤に視線を落とす。きれいに並べられた駒たち。


「やろうか。要するにさっさと勝って、君に満足させる結末を与えてあげればいいだけなんだから。敗北者としての運命をね」


 ●◯●◯●◯


 パチリ……

 駒打つ音が響く。

 パチリ……

 駒の音だけがはっきりと……。


「どうも静かなのは落ち着かないね。お話でもするかい」


「……」


「つれないね。そう、無言のままはさみしいよ、僕の女神」


「女神……そういうけど貴方はわたしを一度たりとも見たことはない」


 楽し気な口調の彼に言う。


「貴女は、人形が欲しいだけ。その対象としてわたしを欲しているだけ」


「そっか。そう考えてるのか……君は。まぁそれも答えではある。確かに僕は人形としての君を欲するさ。それは、そのからっぽこそが、君が一番美しく見える瞬間だからさ。それに……」


 パチリ。香車が動く。


「僕からあの日逃げ出した君が、僕のもとから一生離れなくなるためには、それが一番都合がいい」


 パチリ。


「君は砂肝和一が大好きだからね。それもあの数日でその感情は跳ね上がったことだろう。自分にとっての彼がどんなに大切か」


 パチリ。


「でも君は忘れちゃいけないよ。君が彼の命を奪ったことをね」


「分かってる」


 パチリ。


「彼が殺されたのは、わたしのせい」


 そうして、わたしはじろりと会長を睨んだ。


「先入観にとらわれて、貴方の能力を見誤ったせいでもある」


「へぇ」


 パチリ。


「わたしたちは会長の能力を、精神を操る能力だと思っていた。だから、直接的な攻撃をすることは不可能だと……油断していた」


「いやぁ、幸運だったね。君たちがあんなに油断してくれていたのは」


「違う」


 パチリ。


「貴方が仕組んだこと。貴方はりあをああいう風に操ることで、わたしたちに能力の詐称をした。自分が優位に立つために。例え能力を推測されたとしても、言い訳できるように」


 パチリ。


「へぇ……そう思うかい。じゃあ君は、僕の能力を何だと思うんだい」


「ヒントはいくつかあった。わたしたちの行動がほとんど読まれていたこと。わたしたちのいる場所に都合よく生徒会の役員が送られたこと。ただ、それでも不完全なところはあった。おかしいところ……」


 パチリ。


「おかしいところね。一体どこに」


「研究施設にわたしたちが隠れていたとき、あの場に来たのはりあだった。でも、それはおかしい」


「ほう」


「最初にわたしたちのもとに送られたさいおんじさん。彼女が送られてきたのは、最初のこてしらべのようなもの。あの時点ではただの人間狩りに過ぎなかった。そして、次にわたしの前に現れた会長。あれは、わたしのスタンスを確認するために自ら赴いた」


「うんうん。それで」


「次に現れたのがとがみ先輩。でもあれは、あの派手な動きから考えて会長には内緒。今でも会長がそばにとがみ先輩を置いているということはあの件が不問になっている。でもそれはおかしい。一緒にいたりあがあんなにひどい目にあっているのに、とがみ先輩がひどい目にあっていないのは変。つまり、会長には内緒だった」


「何かしたのかい」


「勝手に戦っただけ。そして、りあ……。りあは研究施設にいた。じゃあ会長はどこにいたのか」


「……別の場所をあたっていたのさ」


「そう。会長は自ら別の場所を探していた。そして自分で探すということは、そこにわたしがいる可能性が高いと思ったから。そして、わたしたちを襲ったとき貴女が乗っていた車には、泥が跳ねていた。ビル群の多い学園都市に珍しい泥が……何故?」


 パチリ。


「それは、わたしが隠れ場所としてピックアップしていた山奥の廃墟に行っていたから」


「それがなんだい。ちょっと君の思考を読んで考えただけじゃないか」


「そう。わたしの思考が完璧に読まれ、すなぎもの思考も読まれていた。りあは操り人形にされた」


「うん」


 パチリ。


「それが、貴方の能力。貴方は、人の思考を取り込む。……そう、例えば『』」


「……いいね」


「ずっと疑問だった。貴方がわたしのシャープペンシルを煙草みたいに舐めていることが。りあを操る前に彼女を舐めたことが。すなぎもを殺す時にわざわざ食べたことが。ナイフとフォークを常備していたことが。後片付けが大変そうな爆破能力のりあを人間狩りに普通に駆り出していることが」


「でもそれも、理由はシンプルだった、と」


「そう。すべては自分の能力の為。わたしの指紋などが付着したシャープペンシルを舐めることでわたしの考え方を理解し……」


「真宮寺ちゃんを舐めることで彼女の考え方と同化して、ちょっと思考をいじらせてもらったんだ」


 パチン。


「みとめた」


「ああ。全部話してあげよう。僕の能力は、同化だよ。僕が直接舐めた人間とは思考を同化させられる。操ることも楽々だね。所有物を舐めたなら思考が理解、できる。そして食べたら……」


「完全に、その人の能力も含めて取り込むことが……同化することができる」


 パチリ。


「よくわかってるじゃないか」


「会長が使った光線の能力。この前の人間狩りの対象者の能力と同じだとすぐにわかった。会長が、能力使用後辺りに肉塊が散らばるりあの能力を許容しているのは、『』。それを下部組織に自分のもとに運ばせていた……」


 パチリ。


「そうそう。あれは楽だよ。自分で切り刻まなくていいからさ。割と疲れるからね。ははっ」


 何でもないように会長は笑った。

 それは能力の詳細を隠すことを完全にあきらめたから。


「やっぱりヒントを与えすぎちゃったね。分かっちゃうかぁ」


「がんばった」


「えらいえらい。舞園ちゃんは頭がよく回るね」


 にっこりと一瞬笑う。だが、すぐに無表情になる。

 それは、値踏みをするように。


「じゃあ……」


 パチリ


「次は僕の番だね」


 妖しい。彼は妖しげな美しさをその顔にたたえている。すべてを騙しつくすような、そんな気味の悪い気配をまとっている。


 それだけでぞっとする。

 彼に、見透かされているんじゃないかって。

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