022 人形なんかじゃない

 りあ。


 りあ!


 攻撃してくるといい。

 わたしを仕留めようと激しく動けば。


 エレベーターのドアが開く。彼女の脇をすり抜けて、すっと外に出る。ここが二階なのか、三階なのか、一階なのかもわからない。でもいい。


 廊下を走りだすと、後方から爆発音が聞こえた。

 近づいている……わたしを殺すために。

 わたしたちに殺し合いなんて本当は似合わない。

 わたしたちは二人で人間狩りをするコンビだった。

 わたしが裏切ったから?


 ちがう。それであんなふうになるりあじゃないことを、わたしが一番知っている。

 まったくべつの、何かが起こった。


 部屋に飛び込む。

 すなぎもといた部屋からは大分遠い。

 部屋内部を見渡す。

 ベッドがあり、煤けたカーテンが夜風に揺れる。


 窓に近寄り、見下ろす。三階だが、下は草むらで落ちたとしても怪我はしない。ただ、衝撃は受ける。わたしがこの窓からりあを突き落とせば、高さの衝撃とニトログリセリンの汗の爆発により、しばらく彼女の動きを止めることはできる。それも手と言えば手だ。でも……。


「そうじゃない……」


 呟いたとき。

 部屋入り口。

 トレンチコートが揺れる。

 赤髪も、揺れる。


「ここからどう逃げるつもりですか。飛び降りでもするおつもりですか」


 本物の人形みたいに彼女は言う。


「殺します」


 一歩、足を踏み出す。


「殺せない」


 わたしは、手を伸ばす。

 そして……二度拍手をする。

 すべてはこの一瞬の為。


 彼女自身の爆発や、重なるわたしとの戦闘により、彼女の耳栓は徐々に位置がずれていた。わたしが派手な立ち回りをしていたのはそれを誘発するため。

 そしてそれがうまくいった……。


 そう思った瞬間、わたしは目を疑った。

 りあは、耳をふさいでいた。


「小癪な真似をなさいますね」


 距離を詰めて近づき、彼女の膝がわたしの鳩尾に綺麗に決まる。一瞬気を失ってしまいそうになるけど、耐える。それでも、体はぐったりとしていた。


「気付いていないとでも思っていたのですか。無謀にあんなに距離を詰めてきたのが、自分の能力を有効に使用できるためだという単純な理由が読めていないと?」


「ばれ……てた」


「愚かですね、舞薗由梨花」


 わたしの唇の動きを読み、答える。

 りあらしくない冷静さ。

 彼女はわたしの首根っこを掴み、床にぶつけ飛ばす。だん、だんと鈍く跳ねるわたしの体。戸惑うよりも早く、状況を把握しないと……。……急がないと。


 わたしは付近の椅子を投げようとする。

 そこにできる一瞬の隙。


 その隙で。

 彼女は。

 わたしを。

 蹴り上げた。


「チェックメイト」


 うごけない。


「おわりです」


「いや」


「わがままはだめです。充分に逃げたでしょう」


 しゃがんでわたしを見下ろす。そんな彼女の顔を見たくなくて、目をそらす。天井をおぼろげに見つめる。


「あなたは」


 呟く。


「あなたはだれ」


 それは彼女に聞くわけでもなく、勝手なひとりごと。

 ただ空気の中に漂っていくだけの無意味な言葉。


「真宮寺莉愛」


「りあじゃない」


 人形だ。人形が。


「わたしの友達のフリをしないで」


 呻くみたいに呟く。

 血反吐と一緒に吐き出すみたいに。


「策を失った負け犬は吠えることしかできません。だからそのお口もふさいであげましょう」


 彼女は手に唾を吹きかけ、塗りこむ。すなわち、触れて軽い衝撃を与えるだけでその手は爆発する。その爆発で無事なわけがない。


 まさしく死の手。

 その手がわたしに伸びていき……。


「策は、わたしの知らないところで動く」


 ぎろりと、手を伸ばす彼女を睨む。


「その策は」


 彼女の中に、少しの脅えが見えた気がした。


「信頼」


 次の瞬間彼女の体が揺れた。横から強い衝撃を受けて倒れる。床の上で爆発が二つ起こる。

 何が起こったのか彼女は気が付けていない。状況が分かっていない。でも、わたしにはわかる。


「来てくれるって信じてた」


 彼は、倒れ込んだりあを体全体を使って拘束する。逃げ出さないように。


「そりゃあ、着いてかなきゃ俺じゃねぇっすから!」


 そう、大きく笑うすなぎも。


「まさか……舞薗由梨花」


 驚愕しつつ、りあが呟く。


「貴女は耳をふさいでいたから気が付かなかったかもしれない。爆発は、爆発音と共に発生する……その音があれば、どこにいるかは明快。その爆発が、すなぎもにずっと場所を教えていた」


「最初から……さししめして……?」


「まさか。信じてただけ、すなぎもを」


 一緒に策を練る必要なんてなかった。

 信じるだけでよかった。

 そして。


「りあ、わたしはあなたのことも信じてる」


 ふらつきながら、わたしはゆっくりと立ち上がる。体中に痛みがあるけど、大したものじゃない。立ち上がって、彼女に一歩一歩近づき。


 顔に両手を触れさせる。

 顔を掴む。


「なにを」


「人形みたいなりあじゃない」


 じっと彼女の顔を見つめて。


「いつものりあにもどって」


 りあ。


 わたしは逃げる時、貴女が来ても後悔はなかった。


 だけど、りあ。何も覚えていない、何も知らないようなそぶりの貴女は、貴女じゃない。


 真宮寺莉愛は。


 わたしの知っている真宮寺莉愛は。


 最高の友達なのだから。

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