021 少女が二人
「なかなかに冷たい目ぇしてんな」
中等部の頃、突然赤髪の派手な女の子に話しかけられた。わたしはそのころから生徒会に属していた。彼女は遠くから眺めるくらいで、わたしと違い派手で、元気な女の子だと思ってた。
いや、何より彼女を表す言葉があった。
暴走機関車。
「だというのに、結構燃えてそうじゃねぇか」
「……なにが」
「心の火だよ。アンタ、アタイ好みの人間じゃねぇか」
彼女が笑う。腹立たしかった。
わたしの嫌いなタイプの人間。
能力者なのに、人間を気取っている。
「わたしはきらい。かかわらないで」
「いや、関わらせてもらう」
人の話を無視し、彼女はわたしに迫ってきた。
わたしに拒否権はない。
「よろしくな、マイゾノ」
それが、真宮寺莉愛との出会いだった。
●◯●◯●◯
廊下。星の光だけでは暗い。
微かに光を反射する床だけど、それでも心許ない。何より、暗いと全力で走ろうとしても心のどこかにブレーキがかかっていつもより遅くなってしまう。
対して、りあはためらいがなかった。はやかった。足がくじけようが関係ないという勢いだった。
りあは次々と爆発を引き起こす。唾液を飛ばすなりして、わたしの進路を潰そうとする。
爆発により、窓ガラスが次々と割れていく。破片が時折、肌を撫でて傷をつける。
わたしはそれによろけてしまう。
一瞬の隙と言える。
この隙を見逃すようなりあじゃない。
彼女は自分の後方に袋を投げる。その袋の中にはたぷたぷと彼女の血液が揺れていた。そしてそれらは床に触れると同時に。
爆発を引き起こした。
はっとした時にはもう遅い。りあは、その爆発の爆風に乗り、一気にわたしとの距離を詰めた。
すぐ真後ろにりあがいる。彼女の手が触れる寸前に、ガラスまみれの廊下をごろりと転がり避ける。
間一髪だった。
じっ、とりあはわたしを見つめる。冷たい瞳。
「大胆な戦法。でも、近づくための手段に過ぎない」
りあは、誰に向かっても立ち向かっていくような強さがあった。それが誰であろうと引く気などない。
その強さは、うらやましく思えた。
わたしにはない。
わたしが必要としなかったものだから。
今のりあは、そんな強さも何もない。
ただの手段としての戦闘。
「今の貴女はからっぽ」
試しに二拍手を彼女に向ける。
効いた様子はない。
彼女の拳が空中で掠る。
少し髪に触れるが、このくらいどうもない。
「微調整。次は当てます」
「当たらない。りあの拳は当たらない」
彼女の拳はどんどん正確になっていく。わたしのどこに当てれば、わたしが弱るのかを最優先に考えた彼女らしくない殴り方。彼女の姿はしているが、到底彼女とは程遠いバトルスタイル。
彼女は戦う時笑うのだ。
思いっ切り楽しむみたいに。
全部忘れようとするみたいに。
だからそんなへなちょこな、気の抜けた拳なんかに。
当たってやるものか。
わたしは走り出す。りあのいる方向とは正反対に。りあも素早くわたしを追ってくる。
その先にあるのは、エレベーター。
わたしはそのスイッチを押す。ゆっくりと開いていくドアの中に、わたしとりあは入り込む。
逃げ場のない、密閉された戦場へ。
●◯●◯●◯
「しつこい」
「だろ? アタイの特技なんだ」
話しかけられて二週間。どんなにぞんざいに扱っても彼女は決して引かず、食らいつくようにわたしに話しかけ続けてきた。うっとうしく思える。
「いい加減にしてほしい」
「良い加減にしてほしい? おう、アタイ好みの加減でやらせてもらってるぜ」
顔をしかめる。屁理屈を言う。
そんな理屈あってたまるか。
とたとた走って逃げだす。廊下を走るな、だから本当はだめなんだけどそうでもしないと彼女は離れない。
そう思ったのに。
「お! かけっこならアタイも好きだ」
普通に早い。
すぐ追いついてくる。
「何が目的っ」
息を切らすわたし。
「仲良くなりてぇだけだよ」
ほっといて。
わたしは一人が好きだから。
関わらないで。
●◯●◯●◯
エレベーターの中に拳が風切る音が響く。
彼女の拳が。
絶対に触れちゃいけない、彼女の拳。
多分、いつもの通り彼女の手には汗が浮かんでいる。
その汗こそが彼女の武器。彼女は自分の血液、唾液がニトログリセリンで出来ている。トンデモな能力だが、だからこそ強い。ニトログリセリンはちょっと強い衝撃を与えるだけで爆発する。
つまり彼女の拳に当たるなんてことをすれば、わたしの体は爆発の衝撃を受ける。近距離ならシャレにならない威力だ。
それでも、近づかなくちゃいけない。少し足をかける。彼女の体が揺れたところで、壁に背をつけて距離をとる。
ほんの少しの気休めにもならない距離。
りあは考えている数倍隙が無かった。
手段としての戦闘が、今の『人形みたいなりあ』として磨かれているのか驕りも何もない。純粋で驚異的な戦闘技術がそこにあった。
りあはすくりと立ち上がり、埃を軽く払う。
「逃げても無駄です。大人しく死んでください」
機械的な、聞いたことのないりあの声。
「嫌」
わたしはくいくい、と彼女を手招きする。
挑発するように、腹立たしく。
「殺したいなら早くここまで来て。それとも、そんな簡単なこともできないの?」
「出来ます」
彼女が答える。
彼女はそう答えた。
でも、わたしが望むのはあなたじゃない。わたしの目の前に立ってほしいのは、陽気なのにどこか悲し気なあのりあなんだ。
あのりあじゃないと、いやなんだ。
●◯●◯●◯
「お前の靴箱ン中こんなん入ってたぞ」
放課後。わたしに付きまとう彼女はそんなことを言ってわたしのシューズを見せる。
「わたしの靴箱にわたしのシューズがあるのは当然」
「これだよ」
彼女はシューズをひっくり返す。
こつりと画鋲が床に転がる。
金色に小さく光って。
「画鋲」
「そうだ。初めてじゃねぇだろ」
今度はシューズの中を見せつける。踵の部分に赤黒い跡が残っている。それは、わたしの血の跡。
「お前、ずっとこんなシューズ履いてたのか」
頷いた。
シューズなのだから履くのは当然だ。
「他の奴らのひがみだ。お前が優秀だからそれを否定したい奴らが、直接言う勇気もない奴らが痛い目見せようとやってるんだ」
彼女は怒っていた。わたしのことなのに。
その怒気は作り物ではない、本物の怒り。
わたしのために怒って……
「それがなに」
「何って……ッ。それでいいのか! 好きにされて」
「構わない」
関係ない。
「この程度の痛み、わたしの中では大したものじゃない。それに、規則に『シューズの中に画鋲を入れてはいけない』なんてものはない」
「これはいじめだぜ」
「いじめられるべきとわたしが思われているならそれでもかまわない」
それに、これはしょうがないこと。
「わたしは褒められた人間じゃない。これくらいがお似合い」
わたしはこの能力を活かすために学園都市で汚いことをしてきた。だからこそこれらを否定するようなことはできない。正しい罰だ。
わたしの背負う罪にお似合いの……。
「アタイは許せねぇぜ」
「わたしは人殺し」
怒る彼女に言う。
何故わたしはここまで彼女に言うのか。
彼女を突き放したいから。
「人殺しだから、許されること」
これならきっと彼女も頷いてくれる。
なら仕方ない、と。
そしてわたしから離れてくれる。
わたしは一人でよいのだから。
「だからなんだ」
なのに、強く彼女は言った。そんなことは些細な事だと言わんばかりに彼女は力強く言うのだ。
わたしの腕をぐっと掴む。
「アタイだって」
悲しそうに。
後悔を飲み込んで。
「人殺しだ」
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