第五章 人形なんかじゃない

020 口笛を奏でる悪魔のために

 車を降り、わたしとすなぎもはふらりと夜の街に繰り出した。本当は今すぐ学園都市を出るべきなのだけど、外に出る道のほとんどは下部組織の人間の見張りがついていて、今はどうしようもなかった。


 別れ際、とがみ先輩はわたしたちを気にかけるように笑った。目立った支援はできないが、自分がいるぞ、と。

 それは先輩の励まし。

 感謝をする。

 別れ際にわたしは先輩に尋ねた。


「りあは、元気にしていますか」


 先輩は、何も言わなかった。

 ただ横顔でわかる。きっと、今のりあはわたしにいつも見せてくれたような笑顔を見せてはいないのだろう。

 わたしが逃げたから。




「ここで一旦夜明けを待ちましょう」


 すなぎもがそう提案した場所は、研究施設だった。能力開発の上での研究等が行われている。人間狩りの当日でとばっちりを喰らいたくないのか、建物内部に人影はなかった。監視カメラが設置されているもののかいくぐるのは難しくない。


 けれどわたしは戸惑う。それは別に研究施設が気味が悪いとかじゃない。ホテルじゃ足がつくし、野宿よりはましだ。だが、場所だ。


「ここ、学校の裏」


 そう。青葉学園裏にある研究施設。つまりは、生徒会室にいるであろう会長たちから直線距離ならほとんど離れていないような……そんな近距離に滞在しようとしているのだ。


「近い場所はすでに調べているからこそ、しばらく時間は稼げるんすよ。それに……そう長らく滞在するわけでもありません。仮眠をとる二時間くらいの間の滞在先と考えればそう悪くねぇと思うんすよ」


「二時間で、いいの」


「由梨花さんも疲れてるみたいっすし、俺も少し横になりたいですから」


 個人的には別の、町はずれの山奥の廃墟をピックアップしていたのだけど、少しなら悪くないのかもしれない。廃墟こわいし。


「それに、入手しときたいものもありますから」




「これ……っすかね」


 研究施設の一室で、白っぽい容器を傾けて満足そうなすなぎも。


「それ、何」


「あぁ……さすがにねぇかなぁと思ってたんすけど。どうにか見つけられましたよ。能力者云々で何か騒動があったのかもしれねぇっす」


「……それは」


「シアン化ナトリウム。俗にいう青酸ソーダっすよ」


 毒物。


「もしも近接戦になったら、これを相手に飲ませるというのも手ではあるっすよ。一応、入手しとこうと」


 彼はそう言いながら窓の外をちらりとうかがう。斜め下に学校の屋上が見え、わたしたちが突っ込んだままの車が見える。屋上扉の中には『立ち入り禁止』の黄色いテープが張られている。処理は後日にまわされるらしい。


「こうやって相手の動きを見れるのも得っすし」


 すなぎもが呟いた。


「それじゃあ、俺はちょっとここにいます。由梨花さんは休んで……」


「大丈夫、動ける」


「休める時に休まないと意味がないです。ほら、そう言わずに……」


 口笛。


「あれ」


 口笛が聞こえる。


「この建物の中からだ」


 それは歌うような、そんな愉快さ、陽気さを持ったものじゃない。


「もうバレちまってた……? 読まれていた……?」


「わからない。関係ないかもしれない」


 その口笛に、意思はなかった。

 その口笛には心がなかった。

 それは奏でられているだけ。

 そこに付随する感情のない冷たい音色。

 だんだんと近づくその音色。


「でも、だれであっても引く気はない。すなぎもは隠れて」


「由梨花さん……!」


「わたしが出て、だめそうなら逃げる。それだけ」


 そう言いはするけど、戦うしか生き残る道はない。下部組織の人間なら能力もそこまで高くない。だからごり押しで勝てる可能性もある。


 能力者……とがみ先輩なら安心だ。まだどうにかなる。会長が来た場合はまたひたすらに逃げるしかない。真正面から向かうのは危険すぎる。りあが来たとしても……。


 口笛が間近になる。すなぎもはとりあえず身をひそめ、様子をうかがうらしい。

 ようやく、口笛の主の姿が見えた。


「こちらにいましたか」


 まるで、人形のように抑揚のない声。

 だけど彼女は、間違いなく……真宮寺莉愛だった。


「排除を開始します」


 彼女が言う。


「勝手に決めないで」


 適当に床に転がる破片を拾い、りあに投げつける。

 彼女はふっと唾を吐き、破片にぶつける。

 途端、小爆発が起きる。

 煙で一瞬視界が遮られる。

 このうちに彼女の真横を通り過ぎて、廊下に出る。


「来て」


 わたしが呟くと、彼女の視線がこちらを向く。

 煙がはれていき、目と目が合う。

 まるで別人のような、心のない目。

 記憶が削げ落ちたみたいな。


 いい。りあ。


「わたしが相手」


 わたしはすなぎもを守る。それを気付かせてくれたのはりあだけど、だからといって引く気はない。


「邪魔をするなら、ただじゃおかない」

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