013 逃亡はお好き?

「とりあえず服を脱ぎましょう」


 どうにか学校を抜け出し、狭い路地に入ったすなぎもは、わたしにそんなことを真面目な顔をして言う。

 なるほど。


「大胆なセクハラ」


「ちがいます! いや、でも結果的にはそうなっちまうんですか⁉ ああ……俺は由梨花さんになんてことを……」


 はわわ、はわわ……と。さっきの作戦で頼りになると思えば、すぐにこういういつものすなぎもにもどる。

 これがすなぎもらしい、とちょっと安心する。気張っていた心が緩む。すなぎもは、混乱からようやく正気に戻る。


「いえ、追跡の機械みたいなものがもしかしたら取り付けられてるんじゃないかって。念のために服は着替えたほうがいいかなぁーって」


「説明を省いた発言は誤解しか呼ばない」


「ごめんなさぁい……」


 すなぎもの発言は一理ある。

 色々確認してみるのも悪くはない。


「すなぎも。すなぎももチェック。もともと狙われるのは貴方だったから、可能性が高いのは貴方」


「了解です!」


 すなぎもは、びしっと敬礼をして路地のちょっと離れた場所へ移動する。わたしは素早く着物を確認しようとする。帯や、袖。

 ころり、と射的屋ですなぎもが取ってくれた小さなストラップが落っこちる。

 床で少し転がって、止まる。

 わたしはそれを拾い上げて、きゅっと握りしめる。


 守って逃げる。

 すなぎもが望んだのなら……ふたりで。


 誓って、わたしはすなぎもを見る。彼も確認が終わったみたいでわたしの方へ近寄る。とりあえず見つからなかったようだ。だけど、もしつけるなら見つかりにくい場所につけるだろう。だから、今見つからなかったからと言って安心できない。

 注意を続けないと……。


「あれ」


 今気づいた。

 すなぎもをみて、違和感を覚える。それは、わたしがきれいに、違和感なく、すなぎもを見れていること。

 おそるおそる、わたしは片目に手をやる。

 そうして、気が付いた。


「どうして」


 生徒会長に潰されたはずの片目が……見えなくなったはずの片目があった。

 なくした筈の片目が、そこにはきっちりと存在していた。


 ●◯●◯●◯


「とりあえず、移動手段を見つけなくちゃいけませんね。タクシーにしても、新しいのを捕まえるべきです」


 路地裏から辺りをきょろきょろと窺いつつすなぎもは渋い顔をする。彼がある一点を恨めしそうに睨む。それは十メートル程離れた場所にある監視カメラ。

 学園都市のいたるところにあり、本来であればそれをかいくぐることは不可能。学園都市内を移動するならば、あの監視カメラに映ることは避けられない。


「あれどうにかならないんすかね……。由梨花さんの能力って機械には効かないんすか」


「監視カメラはあくまでカメラの目で捉えられた記録を残すもの。カメラは錯覚しない。よって、それは難しい」


「ですよねぇ……。あーくそ、どうするべきか」


 ガクリと肩を落とし、残念そうに蓋の閉まったゴミ箱の上に座る。足をぶらつかせるその姿が、どうしようもない現状を連想させる。

 敵に回したのは執行部の人間だけでなく、下部組織の人間もだ。彼らが正確には何人いるのかわたしは知らない。だが、その数が住人そこらの少人数でないことは明らかだった。


「多分、常時カメラを監視していることに間違いはない。人間狩りは絶対」


「下部組織の人たちが、銃とかもって俺を殺しに来ることってあり得ます?」


「ありえる」


「うわぁ……まじっすかぁ……」


 すなぎもは無能力者。戦う力がないことを自分で知っている。だからこそ彼は考える。


「あ。じゃあ、堂々とカメラに写りましょうか」


 わたしと彼自身が死なない方法を。




 生徒会長は、生徒会室の自分の席に座り書類に目を通していた。人間狩りの対象者リストの名前は既に砂肝和一以外には赤い横線が引かれていた。彼はシャープペンシルを愛おしそうに舐めつくしながら、室内の人間に目を向けた。


「下部組織からの連絡はまだなのかい」


「特定に手間取っている、という連絡が先ほど届いた。追加で何かつかめればこちらに連絡を返せと伝えている」


 十神は苛立つ会長に向け冷静にそう返す。会長との付き合いがそう短くない十神だったが、ここまで苛立つ会長を見るのは初めてだった。


「西園寺あずさが放送室で気絶までさせられていたところを見ると、やはり侮るわけにはいかないな。何をしてくるか俺でさえ読めないところがある」


「戦闘電脳、十神謙二が……かい?」


 会長はそう言う。発言に余裕はない。十神はそれに対して場違いに笑う。


「ああ、そうだ。この俺でさえ、な。いや、会長。俺はあいつを高く評価している。俺のマッスル素敵ビューティフルな写真を撮ってくれた男だ。何かやらかしてくれるだろうとは思っていたよ」


 そして続く高笑い。だがその眼光は鋭い。会長の焦り方に関してはまだ納得がいっていたが、何よりも異常なのはもう一つ……。あまりにも真宮寺莉愛が静かだったのだ。


 驚くほどに陽気で、驚くほどに怪物的なあの真宮寺莉愛が、黙り込んで椅子に座っている。まるで命令を待つ人形のように。いや、十神の眼にはまさしく真宮寺が人形に見えた。完全に、心を奪われた人形のように。


「気になるかい」


 会長は言う。


「真宮寺ちゃんの様子」


「まぁ、気になるっちゃ気になるが、今はそっちがメインじゃないだろう。それに、素直に話してくれるような男じゃないだろうお前は」


「よく僕のことを分かってくれてる。嬉しいね」

「だったらもっと笑え」


 無表情の会長に向かい十神がそう言うと、会長はにこやかに笑った。不自然な所など一つもない自然な笑みで。

 その時、胸の端末がぷるりと震える。十神はそれに気が付くと素早く取り出し、電話に出る。


「こちら十神。……そうか、監視カメラに二人が。分かった」


 それだけ答えすぐに切る。真宮寺の反応はない。十神は会長に目を向ける。


「第九区二番通りから十二番通りにかけて移動中らしい。この付近は商店街だ。今ではさびれているが、シャッターを無理矢理こじ開ければそこに身を隠すことも、何か物を調達することも可能だ。下部組織もそちらに人員を割くらしい。俺たちも向かうか」


「いや、いい」


 返事は早かった。


「どうせそっちはデコイだよ。十神クン、僕だってあの男と彼女を甘く見ているわけじゃない。僕たちはもっと別の方向から攻めるんだよ」


「どこにいるのかもわからないのにか」


「分かるさ」


 彼は立ち上がり、窓へと近寄る。そして街を見る。この街のどこかに彼らはいる。

 それが分かる。それだけ分かればいい。


「十神クン、部屋を少し出てくれないか。ちょっと考えたいからね」


 発言に一瞬十神は首をひねったが、彼はそのまま部屋を後にする。扉が閉まる姿を会長はじっと見つめつつ、完全に閉まりきるのを確認して彼は呟いた。


「さぁ、教えてくれよ舞園ちゃん。君は今どこにいるんだい……?」


 返ってくる言葉はないと言うのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る