014 ストーカー、愛す
「これでしばらく時間は稼げます。あの人たちには悪いですけど、下部組織の人たちも間違いに気づかないほど馬鹿じゃないでしょう!」
すなぎもはそう言いながら、わたしの横を歩く。二人、人混みの中をとことこと歩いていた。
すなぎもの作戦はシンプルで、囮を使うというものだった。そこでわたしたちが利用したのは下部組織の人間だった。わたしたちはわざとカメラに写り、下部組織の人間に追われる。そしてそのうちの二人を捕まえて、下部組織の人間にわたしが幻を見させるのだ。
それは強い自己暗示……『自分たちが砂肝和一と舞園由梨花である』という暗示。
その後わたしたちの服装に着替えさせ、わたしたちは下部組織の服装に着替える。その後、適当な場所であらかじめ用意しておいた別の服装に着替えて追手を撒く。
簡単だからこそうまくいったのかもしれない。そうして今わたしたちは人ごみに紛れながら、タクシーか何か移動手段を得ようとしていた。
「って言っても、タクシーか……モノレールで途中まで移動しますか? 学園都市内ならモノレールで自由に移動できますし」
「あまりに多く目につく。それに、モノレールを使うのは常套手段。見張りが付くのは間違いない」
「最悪、車を調達するっていうのも……」
「最終手段」
「ですよねぇー……」
腕を組み、唸り考えをまとめようとするすなぎも。だけど流石にそうポンポン思いつくわけでもない。考えこめば考え込む程深みにはまる。彼の顔色が怪しくなってくる。
そのたびにわたしの心がざわついていく。無理をさせてしまっているんじゃないか、という不安が生まれる。
本当に人間らしい不安が。
「すなぎも」
彼の名前を呼ぶ。彼はぴくんと動きを止めてわたしを見る。
「なんすかぁ……」
うげぇというよくわからないひどい顔をしている。わたしはピンっとコンビニを指差す。
「頭冷やそう」
●◯●◯●◯
ビリッとパッケージを破る。すると中から真緑色の直方体が顔を出す。それは冷気を放ちながら、夜のじめりとした夏の風をいやすかのように。
それは正式名称 カチコチ君マスカット味。
アイスだった。
「美味しい」
舌で舐める。冷たさに顔を歪ませつつ、口の中に広がる風味は爽やか。わたしのその様子を横目に見つつ、すなぎもは笑う。彼の片手にはコーラが握られていた。彼はコーラを数度ぶんぶんと振る。
「そんなことしたら炭酸が抜ける」
「それがいいんすよ。炭酸抜きコーラは、口内をどうしようもない甘さが支配してくれてすげぇ美味いんすよ。炭酸抜けたら美味しくなくなる……そう言う固定観念とか思い込みは排除すべきですよ」
そう言ってキャップを捻る。プシューとすさまじい勢いで空気が抜けていく。それに驚きつつわたしたちは笑う。
ああ、笑えてるんだ。
わたしは思う。彼の隣でわたしは笑えている。ごくり、と彼はコーラを飲む。幸せそうな顔をして飲み干す。
「くはぁーッ! あー、なんか落ち着いた」
「それならよかった。焦ってたから」
「あーー……わかっちまいますか」
「わたしをなめないでほしい。それくらいわかる」
腰に手を当て、胸を張る。えっへん。
「いやぁそうっすよねぇ。流石由梨花さんっすよ」
わたしはカチコチ君を口に運ぶ。冷たい。甘い。昨日のりんご飴とはまた違った甘さだ。
「コンビニにはそう来ないんですよね」
「どうしてそう思うの」
「だって、カチコチ君ですごい嬉しそうだから。そんなに食べないのかって思ったんすよ」
「流石ストーカー」
「ふつうそれ本人に言わないんですけど……。いやまぁ、由梨花さん公認のストーカーっていうんなら悪くないですね」
ギザギザの歯を覗かせ、彼は嬉しそうだった。こんなに暗い夜なのに、彼といるだけで光があふれる気さえする。こんなコンビニの人工的な明かりなのに、心が温かくなる。
友達というのはこんなに心があたたかくなるものだったのか。そしてそれを知るたびに痛むこの心。
知らないことだらけ。
「すなぎもは」
「はい」
「どうしてわたしのストーカーになったの」
思えば、気付いた時には彼はわたしのストーカーだった。でも、彼にだってストーカーじゃなかった時もあったはず。なら、きっかけは何だったんだろう。
彼がわたしに興味を持ったきっかけというのは。
「どうしてって、そりゃ由梨花さんが好きだからっすよ」
「いつから」
「そ、それ……こ、こういう場所でき、聞きますかぁ……⁉」
顔を赤らめて小声で叫ぶ。
「当方興味津々」
「ッ……。そ、そんなワクワクした目で俺を見ないでください!」
顔を両手で覆い隠しながら『いやん! そんな顔されたら私お嫁に行けない!』なんて悶えるすなぎも。背中をさすって慰める。
「よしよし」
「何もよくねぇっすよぉお!」
はぁ……と大きくため息をつく。勘弁したように、コーラをぐいっと流し込んだ。そしてぴしっと姿勢を正す。
「ひとめぼれっすよ」
「びびーんっときた」
「はい。この人だってびびーんっと」
「衝撃的」
「えぇ。俺は貴女を初めて見た時思ったんです。ああ、きっとこの人は本当はとてもやさしいんだろうって」
「……やさしい」
すなぎもが言うその『やさしい』は、それこそ幻だ。
本来のわたしは人形に近い。
だからたぶんそれは。
「それはきっとすなぎもがやさしいから」
「はい?」
「きっとすなぎもがやさしいから、わたしのこともやさしくみえただけ」
それが結論。わたしが今こうして笑っていられるのがすなぎものおかげで……。
「いえいえ、由梨花さん」
ううん。すなぎも。わたしはすなぎもが思うほどやさしくもないし、きっときれいでもない。ただ、からっぽなだけ。
「由梨花さんはずっと、出会った時からやさしいんですよ。自分が気が付きたくないくらいに」
すなぎもはコーラをコンビニ前のペットボトル用ごみ箱に入れる。カチコチ君は、カチコチという名前に反しその形を崩しかけている。
「さぁ、早く行きましょう。いつ見つかるかもわからないっすから」
すなぎもは自分の発言が恥ずかしかったのか、それをごまかすように口早に告げる。彼のいう事はその通り。
わたしはカチコチ君を一口くわえて、咀嚼する。
こうやって休んでいる時間もない。何せ敵に回しているのは生徒会執行部。急がないと……。
「砂肝和一と舞園由梨花だな」
突如声がした。男の声。わたしたちの視線は素早くその声の方に向いた。
視線の先にあるのは一つの写真。ムキムキの黄金比でとられた奇跡的な写真をわたしたち二人に見せつける男の人。
「写真を撮ってくれてありがとう。せめて礼を言っておきたかったんだ」
とがみ先輩。
直後素早くすなぎもが右ストレートを打ち放つ。その動きは素晴らしく早く、普通の人間なら不意打ちを喰らったと思う。
だけど先輩はそれを、まるで最初から来ることが分かっていたみたいに片手で受け止める。
同時にすなぎもは蹴りを飛ばす。
拳に目がいっているうちに蹴りを決めてやろうと。
残念ながら、それもからぶる。
それだけで終わらなかった。
すなぎもは足にスナップを利かせ、靴を飛ばした。
狙うはとがみ先輩の顔面。
当たれば数秒の足止めになる。
期待はあった。
しかしそれも、当たり前のように彼は避けた。
背後から、わたしが振りかぶる。
拳で殴ろうとする。
弱々しいかもしれない。
だけど足止めに……っ。
「無駄だよ」
先輩は、まるで背中に目が付いているみたいに当たり前にわたしの拳を避ける。
わたしたちのすべての攻撃は、無効化されてしまった。
「さぁ、移動しよう。ここはあまりにも人間が多すぎる」
余裕そうに手をはたきながら彼は言った。
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