026 タクシードライバー

「きぃやがったなぁッ!」


 りあが窓を開け、叫ぶ。


「ばぁっかやろう! かえれぇぇええ!」


 思いっ切り挑発してる。

 つっこもうにも声が出ない。


「そうかい。君は、僕を今、挑発……したんだね」


 会長の声がメガホンから聞こえる。

 はっきりくっきり。


「違うぜ! 帰れといっただけさ! 見逃しなぁ!」


「ははっはははっはははっはははっ」


 会長がびしっと指を向ける。


「どういう手段を使ったかわからないけど、僕の能力が解けてしまうとはね」


 だが驚愕の色は見えない。そこには苛立ちもない。ただ声があるだけ。空気中を漂っているだけだった。


「りあ」


「分かってる。今、爆発を飛ばす」


 煽ったのは、相手の思考を正確に働かせないため。冷静さを失わせるため。しかしそれが不発だと分かるとりあは、コートの中から小袋を取り出す。そこにプッと唾を吐き、口をくくる。


 そして窓から身を乗り出して会長を見る。

 そのまま手の内に握った小袋を投げた。軌道は素晴らしかったと思う。りあは自分の能力を上手く使うための力は、十分に高い。だから、これは予想していなかったこと。

 

 その小袋を、まばゆい光線が貫いた。


「え」


 りあのまぬけな声が響く。

 わたしの視界はとらえた。

 窓に飛び散る。

 赤い液体を。


「ッ」


 痛みを耐える声が聞こえ、身を乗り出していたりあが身を引っ込める。彼女の腕があるべき場所には、片腕がなかった。どばどばと血を垂れ流し、唇をかみしめている。


「スナギモ! スピードを上げろ! アイツ、人を操る精神操作系の能力じゃなかったのかよ!」


「これは逃げないと、逃げ切らないとやられるのは間違いないっすね」


 すなぎもが呟き、車体の速度は上がる。だがそれと同時にオープンカーも速度を増す。


 道路を疾走する二つの車。


 いまだ夜。

 空は黒い。


 夜闇に光る二つのカーランプ。


 オープンカーの中の生徒会長が、くいっと懐から何かを取り出す。黒く光るそれは、拳銃。

 生徒会長はその拳銃で狙いを定めて……。


「スナギモ! 速度を上げろ!」


「もう十分にあげてるっすよ!」


 悔し気に叫ぶ。

 すなぎもは何かに気づいたらしく、ひどく焦っている。

 りあの額にも大量の汗が。


「あの会長! 車のドアに銃弾を撃ち込むつもりだ!」


 くるまの……ドア?


「どう……して?」


 小さく、ふりしぼるようにわたしはたずねる。


「さっきの光線で、アタイは腕を撃ちぬかれた。そのせいでドアには、アタイの血がたっぷり付着してんだよっ!」


 自分に言い聞かせるように叫ぶりあ。

 りあの血液は、ニトログリセリンだ。

 銃で撃たれでもしたら……


 銃声が響く。


 りあがわたしに覆いかぶさり、せめて守ろうと抱きしめる。せめてどうにか銃弾に当たらないようにとすなぎもは、車のスピードを落とす。


 途端、すさまじい音と共に車体が揺れる。


 ぐわんと倒れる。


 わたしの懐からすなぎもにもらったあのうさぎのストラップが飛び出す。手も伸ばせず、それは爆発に飲み込まれてばらばらに砕ける。


 悲しみを感じる間もなく体が揺れて、傾いた車体によってわたしとりあが車内の端に寄る。


 そのままごろんごろんと車は転がった。


 ただでさえ体は動かない。


 壁にぶつかる。


 窓にぶつかる。


 座席にぶつかる。


 ガラスの破片が降り注いだ。


 きらりと光る雨のように。

 わたしに降り注ぐそれは、赤く光るガラスの破片。


 わたしを覆うりあは、血に濡れながらも痛みに耐えながらもずっとずっとわたしから手を離さなかった。極力わたしにガラスの破片が刺さらないように。


「りあ」


「アタイの心配はすんじゃねぇよ」


 途切れる呼吸の中彼女は言葉を紡ぐ。


「スナギモ!」


 りあが叫ぶ。


「おいスナギモ! いきてるかぁ!」


 車内はめちゃくちゃだった。ドアに付着していたりあの血に銃弾が着弾し、その衝撃により爆発が起きた。そのせいでドアは吹き飛び、タイヤも多分いかれた。


 爆風で車は跳ね上がり、転がって、窓ガラスは割れ落ちて、壁もひん曲がっている。後部座席でそれだ。前はもっとひどかった。ガラスは跡形もなく割れ、エアバッグは発動しているが、そこには血が付着しているように見えた。


「すな……ぎも」


 呟く。

 とても、発音がしづらい。

 倦怠感で、口が開きづらい。

 それでも呼んだ。


「す……なぎも……!」


「……ぅ」


 掠れる声が聞こえる。呻くように小さい。


「大丈夫か? 怪我は!」


「ど、どこか折れたかもしれないですけど何もわかんねぇ……。腕が、熱い。あと、エアバッグが開いたせいでガラスの破片が……多分胸と、頬に……さ、触った感じ……刺さってる気が……する」


 絞り出すように答える。

 彼はどうにか動こうと体をエアバッグから動かして、ドアをガチャガチャ開けようとしていた。


「スナギモ! そっちは床だ! 転がって車が横転してて、そっちが道路側。逃げるなら反対側だ」


「す、すまねぇ。暗くって、どっちがどっちだかわかんなくって」


「暗くてって……」


 むしろ、明るい。爆発の火が未だ路上で揺らめいているのに。オープンカーのライトが近づいてくるのに。


「お前ッ」


 すなぎもが体を動かし、エアバッグから抜け出す。そして、反対側のドアを開けようと手をさまよわせる。全然関係ない座席を触ったり、助手席に転がったガラスを触ってしまって呻いたり。まるで、探るように。


 彼の横顔が見えた。

 わたしもりあも言葉を失う。


 彼の両眼には、ガラスの破片が深々と突き刺さっていた。


「ごきげんよう、諸君」


 ガチャリ、と後部座席側の扉が開く。


 りあが振り返って、ガッと人影に蹴りをかます。

 そのまま車外に飛び出して、人影と対峙する。


 車はりあが出たことによって転がり、バランスを変え道路に横転する状態だったのが、普通の正常に走り出すのと何ら変わらない状態に変化する。


 人影は一人、

 だけれどその一人が……。


「なんだい。ご挨拶に対するお返しが蹴りだなんて」


 苦々しく答える。

 前に会った時の全く同じ、女装姿の美青年。


「じゃあ僕も、蹴りにはまた別の暴力で返させてもらおうか」


 指をりあに向ける。

 まるで銃を打つみたいに、突き出して。


「くそったれが……! 車ぶっ放されておいて『ごきげんよう』なんざ言えるかってんだァ!」


「分かった。次からは気を付けるよ」


 そうつぶやき、りあの足を指から放つ光線で撃ちぬいた。

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