027 無茶苦茶

「なにが、なにが起きてんだ……っ」


 すなぎもが呟きつつ、ドアのノブを探す。そしてようやく、ノブに触れてガチャガチャと動かしていた。


 りあは、片足を完全に撃ちぬかれていた。大量の血が飛び散り、地面に倒れ込むしかない。せめて一矢報いようと唾を会長に吹きかけようとするが、届かず。


 軌道は会長にたどり着く前に地面と激突する小爆破。


「コントロールを失った弾道ほど虚しいものはないね」


 会長は小爆破が起きた場所をぐりぐりと踏みぬく。


「駄目だよ。もっとうまく狙わなくちゃさ。別に数千キロ離れてるってわけじゃないんだ。たかが数メートルの距離感さ」


 そのまま会長は、りあに近付いて見下ろしながら唾を吐く。彼女の顔にどろりと、唾液は垂れた。


「こんな具合にさ。簡単なものだろう。簡単なんだよ。君は今それさえもできないんだ。哀れだね。泣いてもいいんだよ。ハンカチは貸してあげるからさ」


 すっと、真っ白いハンカチを取り出し、ひらひらと揺らす。


「こっの……野郎……」


 呟いたりあの顔面に、会長の靴がめり込む。思いっ切り、蹴り上げられ、発言が途中で途切れる。


「その心意気は良い。だけどTPOを考えるんだ。今がどんな場所で、僕が今どんな気持ちで、どういう状況なのか」


 蹴り上げた靴は、そのまま転がっているりあをひっくり返し、仰向けにさせる。


「わからないわけじゃないだろう」


 そのままりあの胸を思いっ切り踏んだ。

 思わず目を背ける。それから先を知りたくなかった。苦しむりあをこれ以上見たくはなかった。


 せめて、わたしがうごかないと。

 そう思っても、体が動いてくれないのだ。

 悔しかった。

 どんなに動こうとしても、体が起き上がらない。


「由梨花さん、なにが。りあさんは? 車は? 俺の目は……」


 すなぎも。


「俺の目は、つぶれちまったんですか⁉」


 悲痛な叫びだった。

 耳をふさぎたくなるほど。

 でも、耳さえふさげない。


「りあが、会長に……」


「会長は、すぐそこにいるんですか」


「すぐ、そこ。三メートルも、ない……と思う」


「じゃ、じゃあ……っ」


 すなぎもは必死にドアをガチャガチャといじり、そしてようやく……扉は開いた。


 彼は必死によじ登り、車から外に出る。だが、最後の最後で手をつかみ損ね、外に出はしたものの、ごろごろと路上を転がる。


「君もか」


 会長の声に反応し、すなぎもがその方向を向く。

 目は見えなくとも、耳で。

 彼は必死に反応していた。


「久しぶり、砂肝和一。今度は油断しないよ。寮と同じミスはしない」


「でしょうね。ははっ、最悪っすよ」


 すなぎもの力なく笑う声が聞こえる。

 彼はゆらゆらと立ち上がり、歩みだす。


「目も見えず、何をしようというんだい。君は僕に嬲り殺されるしかないんだよ」


 また手を構え、会長は光線を打ち放った。

 すなぎもの腹部を貫く光。


「ああっ……」


 声にもならぬ音が喉から漏れ出ていた。


 やめて。すなぎも、もういい。


 そう思っても、何もできない。

 すなぎもは、止まらなかった。光線を受けても、止まらず走り抜ける。そのまま会長にぶつかり、両腕で彼の体を掴む。


「俺はあきらめない!」


 頭突き。すなぎもが取った手段は頭突きだった。


 ガラスの刺さった顔から浴びせられる頭突きは、ひどく痛かったろう。避けれなかった会長は、その一撃をもろに食らい顔中血だらけになる。


「あきらめず、最後まで道を探す!」


 もう一撃喰らわせようとのけぞるすなぎもを、会長は引き離し路上に叩きつける。

 鈍い音がした。

 すなぎもが倒れ、血だまりが生まれる。


「苦労させるね、君は。一筋縄じゃいかない」


 目をこすり、血を拭う会長が呟く。


「それが君の美学かい! 女の子を守るために命を懸ける。かっこいいかい?」


「かっこいい……とか」


 すなぎもの震える声。

 もぞもぞと血だまりの上の体が動いていた。


「そういう、次元の話じゃないッ!」


 会長の動きが止まる。


「好きな女の子のために、命懸けるのは、体が動くからだ」


 体が……動く?


「考える、暇なんてない」


 わたしも、そうだった。すなぎもを助けるときは、考えたけど、でもそんなの無視して体が動いて。


「だってそれが恋だから!」


 ああ……。そうか。


「人を好きになるっていう事だから!」


 わたしって。

 

 すなぎものことが好きだったのか。


「そうか。砂肝クン。じゃあ、君にいい話をしてあげよう」


 会長はすなぎもの前にかがんで、にっこりと笑う。


「今ここで、君が僕に好きなように殺されてくれたら。僕は舞園ちゃんを助けてあげよう。今の彼女を病院にも連れて行くし、手厚く保護もする。殺しはしない」


 それは、交換条件。


 すなぎもの死と引き換えに手に入るわたしの生。


 いらない。

 そんなのいらない。


「本当に、助けるか」


「ああ、もちろんだよ」


 やめて。

 声が出ない。


「わかった。やれ。すきなだけやれ」


 ねじりだす懇願の声。


「好きなだけ俺を殺せ!」


 やっと。


 やっと今、好きだって。


 すなぎもが好きだって気付けたのに。


「そうか」


 会長が頷く。


「じゃあ、やらせてもらおうかな」


 会長は、服のポケットからナイフとフォークを取り出した。

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