033 反撃の狼煙
「十神クン、彼女がいなくなったっていうのは本当かい」
「ああ、残念ながらな」
十神謙二はそう呟きつつ、病室を覗き込む。ベッドの上にはたたまれた寝具とひらひらと風に揺れるカーテンがあった。
「逃げたらしい」
「いや。彼女は逃げないよ」
会長は、それがさも当然であるかのように言った。それ以外の可能性など存在しないかのように。
「なぜそう言えるんだ」
訝しむ十神。会長はその質問にクックックと肩を揺らし笑う。
「彼女だからだよ。僕は彼女のことをよく知っているからね」
会長は言い、ポケットからシャープペンシルを取り出し煙草みたいに口に咥える。それは彼の癖のようなものだと十神は判断していた。
「それで、どうする」
腕を組む十神。視線が会長を向く。会長の視線は依然窓を向いていた。
「僕は生徒会長室に戻る。君は前に僕が行った場所を頼めるか」
「分かった。今回はこっちに来なくていいのか」
「可能性は薄い。彼女の思考をたどるなら、僕を待ち受けているはずさ」
「待ち受けている……」
「ああ。彼女は僕を殺すつもりだろうね。でも、それくらいじゃないとだめだからね」
「何が駄目だと言うんだ」
強く問う。彼は舐めていたシャープペンシルをハンカチで拭き、ポケットになおす。
「彼女に残った欠片の感情までも残さず消し去るにはね」
●◯●◯●◯
静寂に包まれた青葉学園廊下に、こつこつという足音を響かせる影が一つ。それが会長だった。
会長はあたりを不自然に見回すようなこともせず、だからと言って殺気をまとっているわけでもなく、ただ自然体で廊下を歩いていた。そして会長自身疑うことなく生徒会室の前にたどり着く。満足そうに襟を正し、ドアをノックする。
「遅れてしまって申し訳がない。僕だ、生徒会長だよ」
「待ちくたびれた」
中で声がする。それで会長は満足だった。自分の正しさが証明され、そして彼女への理解度が保証される。それだけで笑顔になるには十分。
生徒会長は扉をがらりと開ける。
中の机が片付けられている。
床の上。
少女が正座をしている。よく存じている、舞園由梨花に間違いない。だが、その声には人形らしくない感情に満ち溢れた熱意がこもっている。
それが会長にとっては心底不快だった。
「君は人間みたいになってしまうんだね」
失望にも似た感情だ、と会長は思う。もしも失望というものが存在するなら丁度このような感情だったのかもしれない。
異常だったのは、少女だけではなかった。
彼女の目前に置かれた正方形の物体。
それは何か?
それは、間違いなく将棋盤だった。
何の変哲もない将棋盤だった。
「おにごっこは、もうおしまい」
少女が言う。
「わたしがにげまわるターンはおしまい」
「じゃあ、どうするんだい」
「決まっている」
彼女は将棋盤を見せつけるように、両手で指し示す。
「一対一の、真っ向勝負」
彼女はそうして言い切る。これで、決めてやるという抑えきれない気持ちを乗せて。
「将棋で!」
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