032 甘い汁を啜る
「せ、せせ先輩……こ、ここここんばんは」
ユリカが来た翌日、さいおんじさんが病室にきた。
「お、お体の方は……その、とくに大きなお怪我は……な、な、ななないと聞いたので……」
いつものようにびくびくとしながらわたしにちらりと袋を見せる。その中には大量のお菓子とジュースが入っていた。
「い、いいいい、いかがですかぁ……?」
「……がっこうは」
「サボって来ちゃいました。へへへ」
にへらっとわらう。
「がが、がががが学校に行って……お、おお、お金がもらえるなら私は学校に行きますけど。も、もらえないじゃないですか」
「あまりよくない」
「学校より優先したいものがあったら、そ、それを優先しちゃいけないってことありませんよねぇ」
「……でも。勝手をしたら」
「私は学校をサボって先生に怒られても……『人語を偉そうに話す野良犬が、善人ぶって何か言葉を吐き出してやがるな』くらいにしか思わないんです」
「のらいぬ」
「そ、それくらいの気持ちでいいんです。だだ、だって、私はこれが正しいと思ったからその道を選ぶ。これって、ま、ままま間違ってますか?」
「でも……」
正しいと思って動いて。
それで何もかも失ったら。
「でも全部間違いだった」
ころした。
わたしがすなぎもをひどい目に合わせた。
「無駄だった」
だから。
「わたしは、だめ。正しいと思って動いて、でも、みんななくなった」
「な、なな、なくなってなんかいません。む、無駄なんかじゃないんです。先輩は、少なくとも二週間前の先輩とは、ちちちち違うと思います」
「でも」
「間違いだって、た、た、たくさんあります! い、いい、今は苦しいかもしれません。でも、そそそ、そんなときには砂肝さんのくれた思い出があります」
「思い出が、わたしに何をくれるの」
「すす、砂肝さんが確かにそこにいて、先輩のことをどどど、どう思っていたのか。それが思い出せます」
「……」
「ひ、人の記憶に残っている限り、人は死にません!」
彼女はそう言う。
「さいおんじさん」
「は、は、はひぃ」
「わたしは勘違いしてた」
人のふりをしている能力者なんて、とずっと思ってた。それは、とがみ先輩も、さいおんじさんも。
でも、みんな人になろうとして、動いてる。そのうえで、自分なりの心が生まれている。それは、能力者なんてって馬鹿にしていいものじゃない。
「貴女はいい人」
口は悪いけど。
彼女はわたしの言葉に、『い、いままでじゃあどう思われてたんですかぁああ』とちょっと涙目になったりして、しばらく騒いでいた。落ち着きだすと、ごそごそ持ってきた袋を漁りだす。
「さぁ、何か食べますか飲みますか。お、お茶もありますし、ジュースもあります」
ぐいっと袋の中を広げて見せてくれる。色とりどりのそれらのなかでわたしの目を引くものがあった。
ゆっくりと手を伸ばし、掴む。
「こ、ここ、コーラ……ですか」
「うん」
答えてわたしは、ぶんぶんとそれを振り出した。さいおんじさんがびくっとして、大慌てでわたしを止めようとする。構わず振る。
「しぇいく、しぇいく」
「ふ、ふったらだめですぅううう!」
わちゃわちゃしながらコーラを開ける。勢いよく空気が抜けさいおんじさんの顔に的中する。災難そうな顔をする彼女を横目に、わたしはコーラに口をつける。
あまったるい。
「まずい」
すなぎもは、こんなのが好きなのか。
……炭酸抜きコーラは、口内をどうしようもない甘さが支配してくれてすげぇ美味いんすよ……
「うそ。美味しくない。やっぱり炭酸の方が好き」
「あ、当たり前のことじゃないですかぁ……」
「……当たり前」
すなぎもの言葉が頭をよぎる。
……炭酸抜けたら美味しくなくなる……そう言う固定観念とか思い込みは排除すべきですよ……
「あ」
どうしてそこに気がつかなかったのか。
電流が体中に走る。
どうして自分を追い詰める前に思い出せなかったのか。
すなぎものことを。
砂肝和一のことを。
……由梨花さんの拳と俺の頬が触れ合ったと言うことは、これは実質デートでは?……
……こんなに長時間まともに由梨花さんとお話ができるなんて……今日の俺はなんて幸せなんだろうっ。泣きます! ……
……由梨花さぁーーんっ! こっちです、こっち!……
……俺、今日のこと絶対に忘れねぇ……
……死んでも忘れねぇ……
……これから由梨花さん連れて逃げますから許してください!……
……いやまぁ、由梨花さん公認のストーカーっていうんなら悪くないですね……
……せめて、力にはなりてぇって……
……出来ないかもしれないなんて考えてる段階じゃないんだ、真宮寺さん!……
……俺はあきらめない!……
……好きな女の子のために、命懸けるのは、体が動くからだ……
……考える、暇なんてない……
……だってそれが恋だから!……
すなぎもにごめんなさいとか。そんなことを考えている暇があるなら、わたしは進まなきゃならない。
すなぎもは、あきらめなかった。
わたしだって、あきらめちゃだめだ。
なにを……?
決まっている。
すべて。
不可能なんて蹴散らす。
それに……。
手の中のストラップを見る。
「すなぎもが、おしえてくれた」
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