031 燃えろ炎

 今は、何時だ。

 ここは何処だ。

 何のために、アタイはここにいるんだ。


 記憶が曖昧だ。でもこんな問答をアタイは繰り返している気がする。アタイは、何度も繰り返しているんだろう。


 体中が痛む。細かい痛みが細胞と細胞の間を割くみたいな、鋭く、意味のつかめない感覚。胸にも違和感がある。アタイの身に今何が起こっているのか……


 あたりを見回す。アタイはどうやらベッドに眠っているらしかった。そしてその傍らにはゲーム機でぴこぴこしている十神謙二がいた。


「ケンジ……?」


「俺のことが分かるってことは、今回は意識もしっかりしてるらしいな」


「今回は……?」


「お前、起きるたびに意識がもうろうとしていたんだ。こんなにはっきりしているのは初めてだよ」


「起きるたび……。そうか、どのくらいアタイは此処にいるんだ」


「二週間だ。そこらへんの記憶もあいまいか。まぁ仕方あるまい」


「ユリカは」


 とがみ先輩を睨む。


「ユリカはどこだ」


「お前と同じく病院だ。ただ、もう治らないだろう。心を、病んでしまっている」


「心が……」


 頭が、痛む。あの場所で何が起こったのか……。車が横転し、会長の攻撃を受けて……。


「スナギモはッ」


「……死んだ」


 ケンジはそれ以上何も言いたくなさそうだった。それだけでわかる。ケンジの手が小刻みに震えていた。


「なるほどな。ケンジ、ユリカはどこだ」


「行く気か。そんな体で」


「体がボロボロだろうと関係ないね! 友達が苦しんでいるならそこに駆け付けなくって他に何するってんだ!」


 無理矢理起き上がる。

 激痛が走り、思わず叫ぶ。

 それでも。

 痛みなんて知らねぇ。

 アタイは、行かなくちゃならねぇんだ。


「ケンジ、肩を貸してくれ。アタイにゃ片足がねぇんだ!」


「言われなくても」


 だがケンジは、アタイをおんぶし始めた。


「こっちのほうが速い」


 呟いたケンジが走り出す。アタイを振り落とさないよう気を付けながらも、全速力で。


 人を避け、駆け抜けていく。善は急げというべきか。


 そうして、向かう。ユリカのもとに。




 白い扉をスライドさせて、覗く部屋の中。ベッドの上にはユリカがいた。どこを見ているのかもわからず、彼女はずっと呟いていた。スナギモの名前を。


「よぉ、待たせたな」


 ユリカがゆっくりとアタイの方を見る。

 彼女の心に今、感情は一つだけ。

 それは砂肝への後悔。


「り……あ?」


 アタイの顔を呆然と見つめる。

 そうさ。アタイはここにいる。


 ケンジの背中からおりて、彼女の前に片足で立つ。ユリカは口元を抑えて、今にも泣きだし吐き出しそうな顔をする。


「ごめんなさい、わたしの……せいで」


 息を乱す。

 アタイは彼女のベッドに腰を降し、頭を撫でる。


「謝んなよ。これはアタイの油断で負った怪我だ。ユリカは『自分は怪我しなくてよかった』くらいでいいんだよ。アタイは生きてんだからさ」


「……いき……てる」


 再び俯く。


「でも、すなぎもは……」


「ユリカは生きてんだ」


 そうだ。ユリカはスナギモがいることを知ってしまった。自分のことも、そうして初めて知っていったんだ。


 自分がどういう人間なのか。

 自分とスナギモがなんなのか。

 教えてくれたのはスナギモだ。

 ずっと思い悩んでいくに決まってる。


「アタイ何があったってユリカを支えていくぜ。苦しんでたら一緒に苦しむ。頑張ってたら一緒に頑張る。嬉しいことには一緒に喜ぶ」


 だからアタイはせめて離れねぇ。

 いなくなっちまったスナギモの代わりにはなれない。

 ンなことは分かってる。

 だけど……


「だって、生きてるんだから。生きてんなら……その命を無駄にしちゃいけねぇから」


 彼女の手をぎゅっと握る。

 アタイにゃ、そのくらいしかできねぇから。


「俺は、どこかで諦めてた。舞園由梨花の心はもう治らないと」


「ああ……」


「だが、それは間違いだったようだ。一瞬、彼女の目に光が戻ったのが見えた。わずかな光だ。だが、それが俺に改めて教えてくれた。諦めてはいけないと。希望を胸に抱かねばならないと」


「ケンジ」


「真宮寺莉愛。お前も病人だ。病室へ戻るぞ。俺が背負う」


「お、おう……すまねぇ。それじゃあ」


「またくるぜ、ユリカ」

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