017 舞園由梨花の可能性
俺にとって舞園由梨花という少女は優秀な副会長というだけだった。俺や西園寺たちと違い、自分を人間に近づけようとせずあえて人形であろうとするスタンス。
正直な事を言えばあまり好きではなかった。
俺は人間が好きだ。
だからこそ愚かであろうと思うし、妹は可愛い。
だからこそ真宮寺莉愛とは気が合った。
そして妹は可愛い。
そんな俺からすれば、優秀ではあるけれど舞園由梨花は非常に魅力のない能力者だった。
だが、今ではどうだ。あの何を見ているかわからない瞳には、しっかりと俺が写っている。覚悟を持ち、俺の前に立とうとしている。
彼女は今人形だろうか。
いいや、違う。彼女は人間だ。
だからこそ俺に勝てるはずだ。彼女ならば、俺の戦闘電脳を超える何かを見せてくれるはずなのだ。
廃ビルの前に二人立つ。
「今から三十分だ。用意は良いな」
「もちろん」
良い顔をしている。やる気は十分。
車内の砂肝和一に目を向ける。彼はやはり不安そうであった。だが、大丈夫だ。信じろ。お前の愛する舞園由梨花という女を信じろ。
「では……」
俺は腕時計を見て、呟く。
「始めよう」
まず最初に彼女が取った行動は、廃ビルへと駆けこむという行為だった。
なるほど。まずは距離を取るつもりか。
面白い、ついて行ってやる。
俺は西園寺と違い、特別怪力だったり超高速だったりするわけではない。信じられるのは己の筋肉のみ。そして筋肉は裏切らない。
走る。余裕を持ち、ついて行く。油断はない。
廊下を走り、階段を上る。ところどころ崩れてコンクリートがはがれ内部が露出している壁もある。夜の闇と相まって、不気味にも感じられる。
彼女が狭い部屋に足を踏み込む。俺もそれに続き足を踏み入れる。彼女は俺の方を向いていた。
星の光を浴びて、うっすら青白く見える。
彼女は何かをぐっと俺に突き出した。片手だけをまっすぐと伸ばすのだ。
……罠か?
耳栓をしたので、彼女の声は聞こえない。彼女の方へ近づき彼女の口の動きを窺う。
喋っている。
『せんぱい』
わかる。それでその手に持って……いるのは……
『このしゃしん、ほしい?』
妹の、我が愛すべき妹の……サンタコス⁉
去年の冬、妹は確かクリスマスに知人のお手伝いに行くと言っていたのは聞いていた。
ああ、そうだ。それがサンタコスだとしたら? だが何故彼女がそれを持っている。こんなに愛らしいミニスカサンタの写真を……
「砂肝和一」
奴か。
『すなぎもに、先輩の妹の写真をもっていないか、きいた。これ』
うまいじゃないか。
『ほしいですか』
受け取るなら近づかなくちゃならない。
『受け取って』
彼女はしっかりと写真を掴み、言う。
『わたしに、ふれてから』
「写真は取る際、指が触れ合わなければ取れないと……。良い。良いな。考えは良い」
俺は迷いなく彼女に近づく。
「だがそれは俺が君を倒して受け取ってもいいんだぞ」
彼女の死角から拳を伸ばす。
『その過程で先輩に触れるだけ』
彼女はよけきれない。まともに当たり、吹き飛ばされる。それでも写真を手放さない。いい根性だ。
「さぁどうする!」
俺はずんずんと彼女に近づく。
ここからは作戦も何もない、ただの戦い。
どう戦う。
俺の可能性を超えろ。
彼女はよろけながらも立ち上がり、俺の入ってきた方向とは別の方向にある扉のノブに手をかける。
扉を開ける彼女を追う。扉が開き、彼女が部屋の中に……。いや、彼女は確かに中に入った。
「ッ」
短く、驚愕の音が響く。
彼女の体が、落下している。
元研究施設群とはいえ、もはや廃墟のビル。ひびが入っているところがあれば、床が抜けている部屋もある。
彼女はその部屋に足を踏み入れ……。
「舞園由梨花!」
それを認識するときには体が動いていた。彼女が落下する姿を見たときには手を伸ばしていた。
彼女の目と、俺の目がかち合う。
落下したとしたら、全身に打撲は受ける。二階くらいの高さだ。痛いことは痛いはずだ。
だが、彼女は手を伸ばさなかった。
彼女との距離が開いていく。
落ちる。何故……? 俺は自分の手を見る。
「……ひとタッチ」
まさか。
俺は落下した彼女を見下ろす。幸い怪我はなく、彼女は一分ほどうずくまるだけでその後は立ち上がった。
直後俺を見上げ、強い意志を持った瞳を向ける。
その瞳は物語っていた。
先ほど、もし俺が伸ばした手に彼女が触れていたら、それは『ひとタッチ』に分類されただろう。だが、そうやってひとタッチすることを、彼女は認めない。それで勝っても、俺の可能性を超えたことにはならないことを彼女自身理解していたのだ。
舞園由梨花……。
「お前の意思、よく伝わった」
なら早く戻ってこい。
俺に見せつけろ!
お前の可能性を!
彼女はそして戻ってきた。
全身の埃をはらいながら、俺の前に戻ってきた。
『続きをする』
彼女の唇が刻んだ。
それは冗長な戦いだった。俺が殴り、彼女がそれを受けつつ絶対に写真は離さない。
時には写真を体で覆ってガードしたりしながら、必死に俺に触れようと手を伸ばしていた。それはどれも空中で掠る。触れはしない。
側から見れば退屈なサイクルだっただろう。
だが俺にとってこれほど充実した時間はなかった。
「さぁどうやって俺に触れる」
彼女の動きは、俺には完全に予測できた。
予測できる動きを避けることほど簡単なことはない。
彼女の唇が動く。
『先輩、いいの』
俺の拳を彼女はよける。写真は先ほどからガードしているためその姿は見えない。正直に言えば、愛する妹のミニスカサンタコスは今すぐにでも欲しい。何なら手を伸ばして彼女にひとタッチしてでも欲しい。
だがそれは彼女の想いを、可能性を踏みにじるも同然だ。
『足元、見て』
ちらりと視線を落とす。
コンクリートの床に小さな四角形の影。
目を凝らして確認する。
その影は俺の真下で、踏む直前。
それは何か。
それは。
『先輩、妹を踏むつもり? 愛する、妹を』
ミススカサンタマイシスター。
かわいい。
サンタ帽子かぶってるマイシスターめっちゃかわいい。
「ッ……! 踏めんッ」
足の軌道をずらす。彼女の写真を踏まないように。
彼女の片手を見る。そこに写真は握られていない。
あるのは、カチコチ君のパッケージ。成程、暗がりだからシルエットでごまかしていたわけか。
体勢を崩し、俺の体が倒れる。
舞園由梨花の手が伸ばされる。
彼女の手がどのような軌道で俺のもとに触れようとしているのか、完全に予測できる。
だが倒れるという運動に身を任せている俺では、今の俺では避けれない。
そうか。さっきの落下にヒントを得たか。
俺の妹の写真を利用して。
「はっはっはっは」
笑う。
合格だ!
今までのお前ならこんな手段思いもつかなかったろう! なにより、生き生きしている。人形だったはずのお前がそんなに。必死な表情をして手を伸ばしている。
「幸運を祈るぞ」
彼女の手が、俺の腹に触れる。
彼女の勝利に違いなかった。
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