024 星の海を飛ぶ

 どうにかりあをいつものように戻して、改めてわたしたちはすなぎもを見た。


「で……何してんだ。おまえ」


 りあが呆れたように呟く。すなぎもは、椅子や棚を強引に分解して簡単な、不揃いなアーマーを作り出し、それを着込んでいた。はたから見ればガラクタの寄せ集めみたいな見た目をしている。


「えっと……戦闘準備っす……」


 照れて呟く。


「お前、照れるくらいならつくるんじゃねぇよ」


 はぁ、とため息まじりのりあ。それはたしかに不揃いで、見た目はお世辞にもかっこいいとはいえない。


「だ、だって……」


 不安にあふれた声。


「爆発音、ばんばん聞こえてきて……。そりゃ、俺真宮寺さんの能力知らねぇっすからついて行っても足手まといにしかならねぇかも……って思ったんすよ」


「やーい、足手まとい」


「茶化さないでくださいよっ! 心配だったんすよ! せめて、少しでも助けになりてぇと思って急いで準備して……」


 ぐっと彼は拳を握りしめる。


「せめて、力にはなりてぇって」


 何もできない自分を責めるように。


「すなぎも」


「いや、でも力になれたみたいでよかったっすよ。真宮寺さんだって、なんか和解したみたいっすし。一件落着、万々歳! みたいな……」


 すなぎもに近付いて。

 拳を突き出して。

 こつりと肩を殴った。

 痛っ、と呟いてちょっと退くすなぎも。


「な、なんですか⁉」


「すなぎもはストーカー」


「えっ⁉ はい! 本人公認ストーカーです」


「ストーカーは、意地でもくらいついてわたしから離れない」


「意地でも、食らいついて」


「すなぎもがついてくるから、わたしはどこまでもいける」


 そう言った。心からの本心。

 はるか後方で、りあが呟く。

 感心するような、呆れるような……。


「それって実質自分とずっと一緒にいろってことじゃねぇか。プロポーズかよ」


 わたしたちは研究施設の屋上へと向かった。付近を見渡すと、下方に青葉学園の屋上も見えた。


「どうするの、すなぎも」


 ここに行こうと言い出した彼に問う。

 彼は、胸を張り自信あふれて言う。


「今の俺たちに必要なのは移動手段っすよ。だったら、最も適した移動手段があそこにあるじゃねぇっすか」


 びしっと、彼は指さす。

 その先は、青葉学園屋上。

 タクシー。


「あれに乗って、移動します」


「どうやってあそこまでいくつもりだよ」


「え? 普通に飛び降りますけど」


「馬鹿! 確かに高さ的には建物一階分だから出来ねぇことはねぇが、物理法則ってものがこの世にはあってな!」


「やる」


 わたしはそう宣言して一歩足を踏み出そうとして。


「由梨花さん!」


 体が、力を失い倒れる。


 力が出ない。


 おかしい。


 体中が熱い……


 怠い……


 動けない……?


 倒れそうになるわたしを、すなぎもが受け止める。


 直後りあが急いで駆け寄り、わたしの額に手を当てる。


「あっつ! こいつ……こんなになるまで」


 焦るりあの声。


「これは……」


「能力の使い過ぎによる精神疲労と身体疲労によって引き起こされた異常だよ」


 息が苦しい。


 呼吸が整わない。


「これ以上ユリカに能力を使わせることは出来ない。これ以上やると、いつ死んでもおかしくねぇ」


 耳に入ってくるりあの声。

 声は分かるのに、内容を上手く理解できない。

 まるで空回りするみたいに、すり抜けるみたいに。


「この調子じゃ、到底屋上まで飛ぶなんて不可能だ」


 りあは諦めるように言う。


「別の手段を探すしかねぇ。直にここにもまた下部組織の連中が来る。急いで……」


「いや、あれを使います」


 間髪入れず、すなぎもはわたしを抱えて言う。


「スナギモ、おまえ」


「真宮寺さんとの先ほどの戦闘で起きた爆発で、下部組織の人たちが集まってくる可能性は高いです。他の手段を探している時間はないので」


 抱えて、持ち上げる。

 お姫様抱っこ……?


「まさか、抱えたまま屋上に飛ぶつもりか⁉」


「えぇ。飛ぶつもりっす」


 風が気持ちいい。

 夜風が、わたしの髪を撫でる。

 すなぎもは進む。

 屋上の端に。


「無茶だ。ンなことしたって、あっちに届くかは」


「出来ないかもしれないなんて考えてる段階じゃないんです、真宮寺さん!」


 すなぎもは、走り出す。

 助走をつけて。


「やるしかねぇんだ!」


 飛ぶ。


 思いっ切り。


 屋上に向かって。


 星の海が見える。

 星の海をバックに、すなぎもの顔が見える。

 ただ前だけを見ている、すなぎもが。


 きれいだ。

 覚悟を決めた瞳。

 閉じられた唇。

 わたしを抱える腕のあたたかさ。


 ……この一瞬がずっと続けばいいのに。


 ●◯●◯●◯


「あの馬鹿、まじでやりやがった」


 ひとり呟く。青葉学園の屋上に降り立ったスナギモはアタイを見る。見せられちまったな、アイツの覚悟。

 じゃあ……


「アタイもついてくぞ」


 駆け出して、宙を跳んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る