010 恐ろしい夜
「あれ。無能力者の砂肝和一君。戻ってきたのかい」
すなぎもをみつめながら、銃をとりだす。そのまま、何も言わずにカーテンを引きちぎり、目隠しするように会長に投げつける。
そんなものもろともせずに会長は引き金を引く。
銃声。
わたしはつぶれた目を必死に抑えながら、少しでも役に立とうとふらりと立ち上がる。
すなぎもは……
窓際で、
倒れて。
それを見た瞬間、会長がわたしの腹を蹴った。
「駄目だよ、立つなんて。じっとしてなよ」
痛い。立ち上がれない。
思考もぼやける。
会長はわたしの腹をぐりぐりと踏みつけながら、にたにたと笑っている。
「すなぎも」
「無駄だよ。今撃ち殺したんだ。銃弾受けてぴんぴんしている男なんて……」
「いつ、だれが、どこでうたれたぁぁぁあああ!!」
その叫び声は会長の後方から。
分厚い本を振りかぶり会長を殴るのは撃たれたはずのすなぎもだった。生徒会長の体がぐらりと揺れ、すなぎもはわたしに素早く手を伸ばす。
「逃げましょう! はやく」
小さく頷いて、わたしは彼の手を掴み立ち上がる。そしてそのまま部屋からふたりで飛び出した。
「由梨花さんの部屋の装飾品を把握していて助かりました。撃たれたフリをして、『きゅるるん子猫大百科ベストワンハンドレッド』で殴るって発想が出たのは本当によかったっすよ」
安堵の息を漏らしながら、すなぎもと廊下をひた走る。片目をじっと抑えながら、思考はあちらこちらに飛び続けていた。視界が安定しないことに不満を覚える。
「にげて、よかったのに」
「俺がよくねぇっすよ! 由梨花さん置いて逃げたら、後悔するのは目に見えてますから」
「でも。これで多分会長は追ってくる。殴られてしばらくは起きないかもしれないけど」
「その間にできるだけ遠くに逃げるんですよ!」
寮の階段をひたすらに降りる。一生懸命、足がもつれそうになりながら降り続けた。
息が上がる。
状況は最悪だ。会長に一発食らわせた時点で、もう戻ることも弁明することもできない。
わたしも人間狩りの対象になる。阻もうとしたから。
だけど、わたしは満足してる。嫌な気分はない。むしろ、少しうれしい気さえした。
寮の入り口を出て、裏へと回るとそこにタクシーが停めてあった。すなぎもと二人飛び乗る。
運転手が眠そうな顔で『どこまでぇ。二つ隣の県のまんまでいいのかい』と問う。すなぎもが大きく頷く。
「はい! なるだけ飛ばして!」
叫ぶように言うと、車はそれに呼応し発進した。
「これで、どこまで逃げ切れるか……」
汗をぬぐいながらすなぎもはトントンと頭を叩く。彼の表情は真剣そのものだった。そこにはいつものストーカーの顔はない。
ただ生き抜くために考え抜く、必死な生存者の顔。
「由梨花さん。今この状態でこの場にたどり着きそうなのは誰っすか」
ちらりとわたしに目を向ける。確かに、いろいろな能力者が生徒会にはいる。下部組織もいる。だけど、今一番素早くこの場にたどり着くのは……。
コンコン、と車の窓が叩かれる。
それは何か物体が窓に当たった音じゃない。
窓をノックする音。
すなぎもが、ハッとする。
「スピードを上げて! いますぐに!」
わたしは、窓をノックする者に目を向ける。
彼女……さいおんじさんは、おどおどとした視線をすなぎもとわたしに向けながら呟く。口の動きでなんといっているかはわかる。
『先輩も、殺されたくなったんですか』
次の瞬間、窓の外のさいおんじさんが姿を消した。何かを仕掛けてくることがすぐにわかった。これ以上は危ない。
「すなぎも、注意して。どこからさいおんじさんが来るかわからない」
「彼女の能力は……?」
「とてもシンプル」
呟こうとした瞬間、べしゃりと頬にあたたかいなにかが飛んでくる。
それは液体。良く知ったにおい。
運転席から香る。
運転席の窓ガラスを突き破って車内に侵入した片腕が、運転手の首を突き刺していた。
それは恐ろしい手刀。悍ましい手刀。
おびただしい血飛沫が車内を染め上げる。わたしは急いでその片腕を袖に隠したナイフで突き刺した。刺された片腕は、蠢き窓から外に消える。窓の外、片腕を抑えてわたしを睨むさいおんじさん。
「い、い、痛いじゃないですかぁああ!! ナイフで刺されると痛いって、学校じゃなくても習いますよぉぉおおお⁉ 先輩なんでこんな無茶苦茶なことするんですかぁあ⁉ 殺しますよ! 逃避行なんてロマンチックなこと私許しませんからねェええっ」
狂ったように叫びながら、憎むような視線を向ける。
彼女は、タクシーと並行して走っていた。
人間ではありえない速度でタクシーと並走する。
「なるほど……。異常な運動能力」
すなぎもが納得する。
そう、彼女は人知を超えた運動能力を持っている。そしてそれが彼女の能力。怪力、俊敏、何にしても彼女にタイマンで勝つことは難しい。
彼女がわたしたちの逃避行の一番最初の刺客だった。
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