003 生徒会執行部
翌日、放課後。いつも通りのすなぎもの絡みを無視しつつ、スムーズにりあと教室を出た。
昨日のりあの問いが未だ脳裏に残っていたのであまり話したくない気分だった。だからその状況はわたしにとって喜ばしいものだったと思う。
一方りあのテンションは絶不調で、歩いていてもわたしにもたれかかってくる始末。ついには廊下のど真ん中で動くことをやめてしまった。
「やーだー。アタイは寮で寝るんだよぉー」
「駄目。今日は定例会」
そうしてぐだぐだと文句を述べるりあの腕を無理矢理引っ張りながら生徒会室まで連れて行こうとする。なかなか動こうとしない。
わたしと比べればりあは力が強い。
どうにか動かそうと試行錯誤する。
「な、なにをしているんですかぁ……?」
突然声がした。
だれかと思えば、そこには書類を抱えたショートカット眼鏡の少女。わたしと同じ生徒会執行部の、書記 西園寺あずさだった。
彼女はおどおどと、わたしたちを怖がるように見ていた。あんまり積極的ではなく、大人しい子だ。
「さいおんじさん。定例会にりあを連れて行きたいけど、動かない」
「な、なるほど……。それでそんな馬鹿みたいな恰好をして押してるんですね」
納得してこくりこくりと頷く。子猫を連想させる可愛らしい動きに反して口が悪い。悪い人ではないけれど、大人しそうな見た目なのに言葉は鋭かったりする。
「そ、そ、そういう状況ならまかせてくださいっ」
さいおんじさんはそう言うと、書類を抱えたままりあをちょいと押す。すると、いとも簡単にりあの体が動く。
わたしがどんなに力を込めても動かなかったりあの体は、さいおんじさんによってぐいぐいと押されて動かされていく。
「これが私のチカラですから」
嬉しそうな声色でさいおんじさんは、りあを押し続ける。わたしはそれの補助をするけれどほとんど必要ない気もする。
相も変わらず彼女のチカラはすごい……。
そうしてあっという間に生徒会室の前についてしまった。
「こ、これで……だ、大丈夫ですね」
そうにっこりと笑うさいおんじさんに対して、泣き崩れるりあ。
「ひでぇよ、ユリカ! アズサ! アタイをこんな場所に連れてくるなんて! どうしてアタイは寮に帰って寝ちゃいけねぇんだよ!」
「仕事があるから」
「仕事なんてくそくらえだ! アタイは働かないで飯を食う人生を歩みたいんだぁあああ!」
なんて醜い嘆き。ぴくっとさいおんじさんの肩が揺れ、『ごめんなさい! ごめんなさい!』とぺこぺこ頭を下げる。
「そんなに謝る必要ないのに……」
「いえいえ……不快にさせてしまったみたいなので。こう行動するのが私らしいんです」
さいおんじさんは笑ってそう言う。
おどおどしている女の子。
大人しそうな眼鏡っ子。
わたしの知っている、みんなの知っている彼女はそういう臆病で、びくびくしている女の子。
「さ、さぁ……お、遅れちゃダメですから……。か、か、会長に怒られちゃいますし」
さいおんじさんはそう促して、生徒会室の扉をがらりとスライドさせる。嫌々ながらりあも生徒会室に足を踏み入れる。わたしもそのあとに続いた。
中には既に会長ととがみ先輩がいた。
とがみ先輩はパイプ椅子にどかっと腰かけて不機嫌そうな顔をしてわたしたちの方を向く。片手に竹刀。制服は派手に第三ボタンくらいまで開けられている。
「遅いぞ、舞園由梨花、真宮寺莉愛、西園寺あずさ。さっさと座れ」
厳しい口調でとがみ先輩は促す。その言葉に従ってわたしたちはそれぞれ席に着いた。ただ一人、会長を除いて。
会長はいつも窓の付近に立ったままだった。
一人立ったままわたしの方を向く。
「やぁ、今日も麗しいね。舞園ちゃん」
「ありがとう。でもそれに何の意味があるのかわたしには分からない」
「ははは、ただの挨拶さ。美しい乙女に事実を告げることの何が悪いんだい?」
そうさわやかな笑みをたたえる。ソーダ色のふわりとした髪、やさしそうな糸目、人当たりのよさそうな雰囲気。そしてすらりと背は高い。きっちりと制服を着こなす会長は、まさに美青年と言っていい。うちの学年にも会長のファンクラブが存在する。
まさに、典型的なイケメン生徒会長。漫画やアニメに登場するようなそんな存在。だけれどそれはこの学園のだれもが同じ。
臆病そうな女の子。
竹刀を持った厳しい先輩。
イケメン生徒会長……。
全部勝手に作り出したもの。能力者が人間を気取ろうと真似事をしている。皆、『自分』なんてない。無理に『自分』を作り出して人間ごっこをしている。
無駄だし、馬鹿らしい。
そんな無駄なことをするよりも人形のままいたほうが楽。
「そんな退屈そうな顔をしないでくれよ僕の女神」
「いつからわたしは会長の女神になったのかわからない」
「それを話すのには長い時間がかかるなぁ……」
「手短に」
「君が去年生徒会で僕にシャーペンを貸してくれた時からさ」
「本当に手短に言ってきた上に、動機が安い」
「動機なんてどうだっていいんだよ。僕の情熱は本物さ。僕にはシャープペンシルさえ君に見える」
「眼科に行って」
「おい生徒会長。さっさと定例会を始めろ。妹が家で待ってるんだ」
わたしを口説こうとする会長に対し、とがみ先輩はイラついたように咎める。その様子に、会長はにやりと笑って先輩をじっと見つめる。
「シスコンだなぁ、十神クンは」
「シスコンじゃない。家族愛だ。そもそも我々家族の間にやましい感情は何もなく、そこにはただ純粋な相手を思いやる精神のみが存在しているんだ。絆はどこまでも永遠で、そもそも俺の妹は体が弱く心配なんだ。もしあの子が荷物入りの段ボールなんて持ってみろ。腕が折れたらどうする」
びしっと会長を睨みつける。あまりの熱量に引きながら、会長ははははと曖昧に笑ってごまかす。
「ど、どうするって言われても腕折れないと思うんだけど」
「はぁぁああ⁉ 生徒会長ともあろうテメェがそんな甘い見通しで大丈夫か? うちの妹は病弱なんだぞ! 可能性は三割はある」
「ないと思うなぁ……僕」
戸惑う会長にお構いなしに先輩は拳を握り締め熱弁を続ける。
「俺はお兄ちゃんとしてそういう危険から妹を遠ざけなくてはいけないんだ。だから俺はシスコンなんかじゃない。そういう名称とは全く違った次元に立っているんだよ。むしろシスターパーフェクトパートナーというべきだ」
とがみ先輩は拳を天井に掲げる。それはまるで勝利宣言のように胸を張って、立派に。
「俺はSPP十神謙二だ‼」
言いぬいて、どやっと腕を組む。
話を振った会長さえフリーズしてしまった。
どうだ、と視線をさいおんじさんに向ける先輩。彼女は少し困ったように微笑んだ。
「ご、ご、ごめんなさい。正直言ってきもいです十神先輩」
「そんな馬鹿なぁぁああああ!!」
頭を抱えて嘆くとがみ先輩の肩をとん、と慰めるようにりあが叩いた。二人の目と目が合う。信頼……。それに似た何かを二人はお互いに感じ取っているようだった。
「気持ちはわかるよケンジ」
「真宮寺莉愛……お前なら分かってくれると信じていたよ」
りあに安堵の笑みを見せるとがみ先輩。
りあも微笑んだ。
「中学生の女の子ってかわいいよな」
「信じた俺が馬鹿だった」
『てめぇは俺を何だと思っとるんだ!』ととがみ先輩がりあにつかみかかる。りあは変顔をしてとがみ先輩を笑わせようとしている。
あ、先輩が噴き出した。
「はい静粛にー静粛にーふざけすぎだよ皆」
ぱんっと手を叩き、会長が言った。それを合図に、とがみ先輩もりあも諦めて席に戻る。わたしも筆記用具を取り出して定例会の準備に移る。
会長は机の上からプリントをとって、片手で軽くたたく。
「みんな分かってると思うけど、今回の『人間狩り』のリストだ」
「数は多いのかぁ?」
机に肘をついて退屈そうにりあ。鉛筆で机に落書きを始めている。
「いや、数自体はそう多くない。今回は異能もそう強力なものは少ないよ。肉体強化系にしても西園寺ちゃん程じゃないし、厄介なのはこの人感センサーみたいな能力持ちだけだよ。それでも、まぁ一日で決着はつくと思うよ」
会長は当たり前に答えて、プリントをわたしたちそれぞれの前に配る。対象の名前、履歴、顔写真が張り付けられているものが計四枚。
各々プリントを手に取り、一枚一枚めくってターゲットを確認する。わたしも四枚のプリントを手に取り、乱雑に目を通す。
高等部一年が一人、二年が二人、三年が一人か。
確かにそう手間取りそうな人数じゃない。
これならりあが手をわずらうどころか、とがみ先輩とさいおんじさんだけで片付いてしまいそうな案件だ。
そう思いながらプリントをめくったわたしは、一瞬息を飲んだ。
呼吸が止まった。
そのことしか考えられなくなる。
真っ白い紙に印刷された名前……。
『青葉学園高等部二年 砂肝和一』
間違いなく、その名前が書かれていた。
わたしにいつも付きまとうストーカーの名前がそこに。
彼が人間狩りの対象の一人である事は間違いなかった。どうして、だとかそういう疑問が頭に渦巻く。
違う。
そんなことを考える必要はない。
わたしはお人形。
昨日自分で言った通り。
なのにどうして戸惑っているの……?
雑念をかき消そうと文章を読みすすめる。
上書きするみたいに必死に。
そして、わたしの目がある一文にくぎ付けになる。
それは、単純明快、短い一文。
彼の能力の欄にただ一言。
『無能力者』
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