第三章 何故生徒会長は舞園由梨花を愛しているのか

009 星の海の中

 体が重い。


 何も考えたくない。


 それでもわたしは寮の廊下を歩いていた。せめて自室にたどり着くように。ゆっくり、ゆっくりと。

 かたり、と壁に体を預ける。息を整えながら、自室の扉のドアノブに手をかける。力いっぱいひねって、ドアを開いた。


 眠りたい。もう、眠って忘れてしまいたい。

 脳裏にこびりついた泣きそうなすなぎもの顔。

 きっと、彼は逃げてくれる。

 それだけでわたしが無茶をしただけの価値がある。

 ふと、何か妙な気配を感じた。

 視線を暗い部屋の中に向ける。


 いるはずのない人影。

 わたしの部屋に人影。


 素早く構えて目を凝らす。視界がはっきりとしだす。立っているのは、プリーツボックスのスカートに夏用制服。女子生徒用のコスチュームに身を包んだ、ソーダ色の髪。

 それは、男。

 それは、生徒会長だった。

 滑稽さとかそういうのではない。得体の知れないものに感じる気味の悪さ。はたから見たら美少女にも見える生徒会長がわたしの部屋に佇んでいる。

 それだけじゃない。彼は口に、シャープペンシルを咥えていた。舐めつくすように。しゃぶりつくすように。味わい切るかのように。


「おかえり、僕の女神。夏祭りはどうだった」


「楽しかった。それが何」


 思考が読めない。

 どうしてここに。


「砂肝和一君、殺さなかったんだね」


 ゆっくり、そう言う。


「いやまぁ、君ならそうするかもしれないとは思ったよ。君は本当は心優しいから。それにそうするだけの感情も伴っていたから。だからとても自然で、違和感がない。おまけに能力の扱いも上手だから下部組織の人間じゃ騙されちゃうね。しょうがないしょうがない」


 歌うように、それが大したことじゃないみたいに会長は言う。まるで子供が親の仕事にちょっと茶々を入れた時みたいに。


「ああ、怖がらなくていいよ。砂肝クンは逃がしてあげるから。君はうまくやったし、その手口に敬意を表してね」


 にっこりとさわやかな笑みを浮かべる。

 奇妙。

 どうしてこんなにうれしそうなの。

 どうしてこんなに焦っていないの。

 わたしは人間狩りを放棄した。

 本当なら今ここで殺しても……。


「でも」


 ああ。

 そうだ。


「君の望みをかなえるのに一つ条件がある。簡単なことだ。すぐに終わるよ。悪い条件じゃない。君が死ぬこともない。なんなら、一年後には探し出して砂肝クンと再会だってさせてあげるよ」


 善意をまとったその笑顔に微かに見える。


「だからお願いだよ」


 悪意とも言えないそれは。


「僕のシャープペンシルと君の血肉を合体させてくれないかな」


 得体のしれない気持ち悪さ。


「君が一年前僕にシャープペンシルを貸してくれた日から、僕にはシャープペンシルが君に見えるようになった。それからずっと思ったんだ。このシャープペンシルは確かに君だけど、そこに立っている君も確かに君だ。むしろシャープペンシルには君の成分が一ミリと含まれていないというのに君で間違いがないんだ」


 淡々と彼は語る。

 それは他愛ない世間話をするみたいに。


「血も、髪も、口も鼻も目も手も足も肋骨も鎖骨も脛骨も尾骶骨も静脈も動脈も心臓も内蔵も肝臓も大腸も小腸も十二指腸も膀胱もないというのに、シャープペンシルは舞園由梨花なんだよ」


 当然の疑問というように彼は調子を崩さずに話す。


「それってフェアーじゃないよね」


 目の色が変わった。


「だから君の血肉をもらって、僕のシャープペンシルは君になるんだ。君の一部を受け継いだ舞園由梨花になるんだよっ」


 振りかぶる。

 力任せに彼の腕は宙を行く

 避ける気はない。

 これですなぎもが少しでも逃げやすくなれば。


 その瞬間。


 シャープペンシルはずっしりと。


 質量をもって的確に。


 わたしの黒目を力強く貫いた。


 熱い。


 ああ。


 揺れる。


 体、


 揺れて。


「あははっはははっはははっはははっはははっははは」


 笑         が ?

  っ      長         て

   てる? 会       し

 ど   う   

 

 それは。


 わたしの目ん玉を


 シャープペンシルで。


 ぐしゃりと。


 刺しつぶした


 から。


 びたんっと床に頬がぶつかる。


 体が


 痛い。


 倒れたの、わたし。

 

 あれ、会長。


 どうして、


 近づいてくるの?

 

 もう、シャープペンシルには


 大量の血が。


「まだ」


 まだ……?


「まだまだ足りない」


 あ

 れ

 ?


「百分の一舞園由梨花にも達しちゃいない」


 きっとかいちょうは、


 どこをさしたのかもわかってない。


 なにをさしたのかなんてカンケイない。

 

 でも。


 たのしそう。


 うれきしそう。


 子どもみたい。


「フェアじゃないよね」


 にっこり。


 あれ、こういうとき。


 どうすればいいんだっけ。


 わたし。


 わかんないな。 


 りあ。







 すなぎも。







 とつぜん、


 がらすのわれる音がした。


 しかいのしょう点があわない。


 まどがらす?


 ここわりと。


 たかいへやの、

 

 はずだけど。


「ごめんなさい! 由梨花さん!」


 あれ。


「長生きしてねとか、逃げろとか言われたっすけど」


 なんで。


 わたし、どうしてわすれてたんだろ。


「これから由梨花さん連れて逃げますから許してください!」


 すとーかーだからついてくるに。


 きまってるじゃない。


「ばか」

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