016 ひとタッチのハンデ

「ルールは簡単だ。お前が気絶したら俺の勝ち。お前は俺に一回でもタッチできれば勝ちだ。ただ、俺は耳栓をさせてもらう。制限時間は三十分。制限時間が切れればお前は執行部に連れ戻す」


「勝ったら……どうするの」


「見逃す」


 あっけらかんととがみ先輩は言う。


「どこにでも行け」


 それは、もしわたしが勝てば最高の条件だ。

 そう、勝てればの話だ。

 このとがみ先輩の能力に勝てるならばの話だ。


「由梨花さん、とがみ先輩の能力って……」


「言うなれば見切り」


 すなぎもの疑問にわたしは遮るように答える。このゲームで最も反則的な能力。


「とがみ先輩は、敵対する相手の行動を戦闘、あるいはそれに類似した状況において完全に予測する能力」


「筋肉の収縮や、相手の思考のトレースを無自覚にやるのさ。超高確率に的中するこの能力は、まるでコンピュータのような正確性を持っている。ついた呼び名が戦闘電脳」


 だからさっきのコンビニ前での戦闘では攻撃が当たらなかった。


「相手に一度タッチするという由梨花さんの勝利条件は、この能力の前ではほとんど無理じゃ……。無茶苦茶だ⁉」


「嗚呼、無茶だ」


 とがみ先輩はこの勝利条件の厳しさを本人だからこそよく知っている。普通は勝たせる気がない条件だと思うだろう。


 だけど、とがみ先輩自身は信じているようだった。

 可能性を。


「俺は、舞園由梨花の覚悟と発想に賭けたい。俺の能力に如何にして勝つか」


 とがみ先輩は頭がおかしい。シスコンの上、筋肉厨で、微妙に空気が読めない。けれど誰よりも今、すなぎもとわたしを信じている。敵対しているというのに。


 わたしに勝てるだろうか?

 正攻法でやれば勝てるはずがない。

 もっとべつの……。


「由梨花さん……」


 かんがえろ。

 見つかるはず。

 心配そうにわたしをみつめるすなぎも。


「大丈夫。きっと手が……」


 いいかけて、はっと頭に浮かぶ。

 それは、あまりに単純であっけない策。

 だけど今一番成功率の高い作戦。


「さぁ、着くぞ」


 車は止まる。

 場所は想定通り、廃墟になった元研究施設群。学校五つ分くらいの広い空間。ビルが立ち並んでいるが、どれも暗くよく見ればひびが入っていたりと脆そうなのは明らかだ。


 先輩が勝つことを目的にするならここを逃げ回るだけでいい。だけど先輩はきっと逃げない。まっすぐに向かってくるだろう。


「ここがフィールドだ。砂肝和一は君が逃げないようにするための人質としてこの車に残ってもらう。舞園由梨花……お前と俺のタイマンだ。他に質問は?」


「持ち込み」


「今のままで構わん」


「ひとつ」


「うむ」


「すなぎもにもらいたいものがある」


「ほぅ。よいぞよいぞ」


 腕を組み、愉快そうに先輩は笑った。それならもう気にすることはない。わたしは横にいるすなぎもの耳にささやく。


 まず彼が持っているかわからない。持っていなければ、また別の手段を考える。だけど、この手段が一番確実。


 先輩にひとタッチする方法。


 すなぎもはわたしの発言に頷くと、懐から先輩に見えないように渡してくる。


「流石すなぎも」


「ったりめぇっすよ」


「準備は終わったか。ならば外に出よう。俺と舞園由梨花の戦いを始めようか」


 先輩はそうつぶやき、車を降りた。

 わたしも覚悟を決めて、降りる。


 そうチャンスはない。

 すなぎもにもらったこれを逃せば。


 だからわたしは必ず勝つ。

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