第31話 豊満パワフル女子!

 この子、普段から自分のことをデブとか言って、自虐しているけど……


「よっしゃああああああぁ!」


「きゃああああああああぁ!」


 ちゃんと、動けるデブじゃない!


 あ、心の声だとしても、失礼なことを言っちゃった。


 とにかく、俵田さん。


 思った以上に、やるじゃない。


「アネゴ! 次はどいつにぶちかましますか?」


「うふふ、その呼び方はやめて」


 とか言いつつ、何だか私も楽しくなって来たわ♪


 その後も、俵田さんの見事な豚……いえ、馬っぷりにより。


 私たちのチームが優勢となる。


 そして……


「ふふふ、来たわね、松林花梨」


「あら、高宮さん。私はずっと、そちらにお伺いしようと思っていたのだけど。何か、逃げられているような気がして」


「バカおっしゃい。大将同士は、トリを飾るものでしょう?」


「ああ、なるほど」


 ニヤッと笑う彼女に対して、私はうっすらと微笑みを浮かべる。


 さて、どうしましょうか。


 あの高宮さんは、正直に言ってちょっとおバカさんだから、取るに足らない。


 でも、その犬……いえ、馬たる権田さんは、静かながらも、みなぎる闘志を感じる。


「やるぞ~!」


 うちの俵田さんも気合十分だけど。


 さすがに、スポーツマンを相手に分が悪いわ。


 正直、あのようなバカ女に負けるのは鬱陶しいけど。


 でも、何よりも安全第一だから……


「俵田さんたち、ケガのないようにね」


「任せといて。花梨ちゃんには、指一本も触れされないから」


「いえ、私のことじゃなくて……」


「ていうか、ちょっとタンマ」


 そう言って、俵田さんは後ろの2人に一旦、私を預ける。


「ふぅ、暑いんだなぁ、これが」


 そして、長袖のジャージを脱ぎ捨てる。


「俵田さん、それは……良いの?」


 恐らく、彼女の豊満な胸を隠すための装備だったはず……


「大丈夫だよ。愛するよっくんに、スポブラ買ってもらったから」


 俵田さんは、得意げに笑いながら、ご自慢の(?)の胸を指差す。


「良いわね、ラブラブで」


「えへへ」


 とか言っていると、


「ちょっと、そこの豚さん! 早くしなさい! 私と松林花梨の対決に余計な茶々を入れないで!」


「って、誰がブタやねん! この典型的なラブコメのかませ女め!」


「なっ、か、かませですって……」


 全校生徒が注目する前で、堂々と言ってのける俵田さん。


 申し訳ないけど、私は噴き出しそうなのを堪えていた。


「……麗華れいかちゃんの悪口は、許さない」


 しかし、相手の主軸、権田さんの目つきが鋭くなる。


「ケガしたくなかったら、大人しく降参しな」


「え~、やだよ~。せっかく気合を入れたのに」


 あくまでも真剣にギラつく相手に対して、俵田さんはのんきに答える。


「そうか……ならば」


 カッ、と目を見開く。


「行きなさい、米子!」


 高宮さんの掛け声と同時に、駆け出す。


 すごいスピードだ。


 脇を固める他の2人の馬役も、運動部の子たちだし。


 正直に言って、こっちの敗色は濃厚だわ。


 やっぱり、相手が言うように、大人しく降参をして……


「こっちも行くぜ!」


 けど、俵田さんは気合十分、果敢に突っ込んで行く。


 そんな彼女を、私は制止できなかった。


 そして――


「はっ!」


「ふっ!」


 両者、激突する。


 柔道選手の足腰は凄まじい。


 だから、そのまま押し切られるかと思ったけど……


「なにッ!?」


 権田さんが、目を見開く。


 俵田さんは、相手にも負けないくらい、強靭な足腰の粘りを見せる。


「な、なぜ、運動部でもない、ただのデブのあんたが、こんな……」


「まあ、過去にわたしをブタ呼ばわりするクソ男子どもを、投げ飛ばしていたからね。おすもうさんみたいに」


「相撲……」


「ていうか、あなたちょっと、腹筋バキバキじゃない? すごーい、かたーい!」


「さ、触るなぁ! あんたこそ、このたるんだ腹は何だぁ!?」


「あんっ♡ 女子同士だけど、エッチだぞ~!」


 そんな彼女たちの争いを、周りは何だかニヤニヤして見ている。


 主に男子たちが。


「おい、やっぱり、俵田ってたまらなくないか?」


「普通は、ちゃんと痩せている子が良いけど……」


「豊満パワフル女子も……アリよりのアリ!」


 とうとう、完全に見つかっちゃったわね。


 峰くん、あなたこうなる前に、ちゃんと俵田さんをゲット出来て良かったわね。


 まあ、いまこの状況を見て、内心で絶叫しまくりでしょうけど……


「よそ見しないでちょうだい!」


「おっと」


 高宮さんの手を、私はサッとかわす。


「おのれ、松林花梨め。こしゃくな」


「本当にベタベタな子ね」


 私は苦笑する。


 まあ、ぶっちゃけ、この子から帽子を奪うことは容易い。


 けど、私は別の感情が芽生えていた。


「うおおおおぉ! うちのかりんに手を出すんじゃねえ!」


 俵田さん……そんな風に、私のことを……


 キュン。


 えっ、何この感情は……


「あたしだって、負ける訳には行かないんだぁ!」


 権田さんも、気合十分で押し返す。


 最初は、ひたすらニヤついていた男子たちも、そんな真剣勝負を見て……


「がんばれー!」


「俵田ぁ、ぶちかませぇ!」


「権田も負けるなぁ!」


 いつの間にか、全校みんなが、両者の対決を応援していた。


「……焼き肉」


「えっ?」


「お寿司、ラーメン」


 俵田さんが、唐突に口にする。


「もういっそのこと、何でもありのバイキングにしようかな」


「何の話だ?」


「もちろん、この後の打ち上げだよ。愛する彼氏と、大切な友達と一緒に行くんだ」


「彼氏って誰だよ?」


「それはちょっと、内緒だけど……友達は、今わたしに乗っている、かりんちゃんだよ」


 瞬間、何だか胸が高鳴った。


 それは、今までに感じたことのない。


 好きな男子を見た時とも違う、この感じは……


「だから、負けないよぉ!」


 ズンッ、と俵田さんが一歩、推し込む。


「くっ……うおおおおおおおぉ!」


 権田さんも、柔道部エースの意地で押し返す。


 またしても、膠着こうちゃく状態が続くかと思われたけど……


「――育実ちゃああああああぁん! 負けるなああああああぁ!」


 その時、よく聞き覚えのある声が響き渡った。


 でも、ここまで声を張り上げるのを聞くのは、初めてかもしれない。


 いえ、違う。そういえば、こんな風にちゃんと、情熱溢れる声を上げていたわ。


 祐介くんから送られて来た、あの動画の中でも……


「……愛する彼氏の声援きたああああああああああああぁ!」


 俵田さんは、フンッ!と強く鼻息を鳴らす。


 そこから、ズン、ズン、と。


 確実に一歩ずつ、相手を押し込んで行く。


「ぬっ、くおおぉ……」


「米子!?」


「……す、すまん……麗華」


 そして、とうとう――


「――どっせぇい!」


 ドン!


 俵田さんが、気合の突き出しをして……


 ドシン!


「ぐへっ!?」


 騎手の高宮さんもろとも、みんなして地面に倒れ込んだ。


「はぁ、はぁ……えへへ、勝ったぁ」


 先ほどまでの勇ましい表情が嘘みたいに、いつも通りころって可愛らしい笑みを浮かべる。


 そんな彼女を見て……


「……ありがとう、育実いくみちゃん」


「えへへ、どういたしまして」


 私はいつぶりか分からないくらいに。


 心の底から、笑顔を浮かべることが出来た。




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