第9話 育実視点②
学校内ではカーストが存在する。
その影響は、委員・係決めにも影響を及ぼす。
「うぇ~い、体育祭委員だぜ~♪」
「マジメにやれよ~♪」
「あたしは文化祭委員だよ~♪」
「がんば~♪」
イケている人たちは、イケている委員会に入る。
それは構わないけど、その仕事けっこう大変そうだけど、大丈夫かしら?
なんて、いらぬお節介を焼いてしまう。
まずい、体だけでなく、心もたるんだおばさんみたいに……
「え~と、誰か美化委員の希望はいるか~?」
ピタッ、とみんなの手が止まる。
あぁ、やっぱりねぇ。
美化委員って、あれだよね?
主に花の世話とか掃除をしているイメージ。
ぶっちゃけ、地味だ。
あと、何となく、ダサいというか、地味な人がやるイメージだし。
でも、悪くない仕事だと思うけどなぁ……
「……あ、じゃあ、わたしがやりまーす」
ちょっと遠慮がちに、手を上げる。
「おお。俵田、ありがとう」
ふぅ、緊張した。
みんな、デブが何をでしゃばって……とは思っていないみたい。
さして、関心なさそうに雑談を交わしている。
まあ、その方が助かるけどね。
「じゃあ、あと1人だけど……」
いやいや、決まるかなぁ?
わたしみたいな、デブ女とやりたい男子なんていないでしょ?
ゆっことねねはもう、別のに決まっているし。
ていうか、さっきから内心で、デブデブ自虐しすぎ……
「……あ、あの。じゃあ、俺が」
んっ?
「おお、峰か。じゃあ、頼むな」
「は、はい……」
先ほどのわたしと同じく、遠慮がちな声。
その主は、この前ちょっと話した、峰くんだ。
わたしの勝手な妄想だけど、男女がペアになったら、ちょっと冷やかされるイメージだけど……
「でさ~」
「何それ~」
「ウケる~」
……誰も何も感心もない。
まあ、その方が気楽で良いけど、ちょっとだけやるせない。
いや、それよりも……峰くん。
この前も、わたしに声をかけて来て、今回も……
もしかして、わたしに気があるとか……
いやいや、わたし、こんなデブだし。
確かに、胸は大きいけど、お腹も出ているし。
でも、峰くんはそんなわたしに、熱い眼差しを向けていた。
今は……何だかうつむき加減だけど。
もう1度、あの目でわたしを見て……
いやいや、落ち着きなさい、わたし。
でも、どうしたって、意識してしまう。
特別イケメンじゃない、むしろ陰キャでダサい寄りの彼のことを。
何だか、意識している自分がいた。
◇
放課後。
わたしはまず、トイレに向かった。
もちろん、この前みたいに、嫌らしいことはしない。
ただ、ちょっとみだしなみが気になって……
「……よし」
気持ち、前髪を整える程度。
別に、変な意味はない。
本当に、ただの礼儀というか、何と言うか……
「落ち着くのよ、育実」
頬をパンと軽く叩くと、トイレから出た。
そして、美化委員の仕事に向かう。
そこには、峰くんがいた。
ドキッ……いや、何でよ。
落ち着きなさい。
「今日は、校内の花瓶のお水を変えるだけだって」
わたしは平静を装って言う。
「う、うん」
気のせいかな?
峰くん、どことなく、落ち着かない感じだけど……
「でも、良かったぁ。もしかしたら、美化委員はわたしだけになっちゃうかと思ったけど……峰くんも、立候補するなんて、物好きだね~」
わたしは場を和ませようと、そんなことを言う。
「いや、そんな……ハハ」
あれ? 何か反応が……
もしかして、気のせいだったかな?
ていうか、やっぱり……萎えたのかな?
そして、後悔しているのかも。
こんなデブ女と2人きりのダサ委員なんて……
はぁ、ちょっと期待していたのに……
もしかしたら、エッチなマンガみたいな展開、あるんじゃないかなって……
まあ、現実なんて、そんなものよね。
でも、良いんだ。
正直、ちょっと浮き足立つ自分がいたから。
その方が、落ち着いて日々を過ごせる。
あぁ、何かお腹が空いて来たな。
今日は帰りに、コンビニで買い食いしちゃおうかしら。
ていうか、峰くんまだボーっとしているような……
「峰くん?」
「ハッ……ご、ごめん」
「ふふ。じゃあ、2人で協力してやろうね」
「う、うん」
峰くん、陰キャだけど……何かちょっと、可愛いかも。
はぁ、だとすれば、なおのこと残念。
彼、エッチする時、どんな感じなんだろうって。
勝手に妄想している自分がいた。
今まで、そこはかとなく、男子の目線は感じつつも。
何だかんだ、男日照りだったわたしに巡って来たかもしれないと思った、チャンス。
逃しちゃったかな……うん、仕方がない。
もう、前向きに行こう。
「ふんふふ~ん♪」
ついつい、鼻歌なんか歌っちゃって。
峰くん、ブタが何をしてんだ(笑)って、思っているかな?
まあ、別に構わないけど。
ブタちゃんも、けっこう可愛いのよ?
あ、何かとなりに並んで来た。
あ、またおっぱいに視線が。
良いよ、良いよ。
悪くない気分だから。
わたしのおっぱい、好きなだけチラ見してごらん。
いまのところ、わたしに熱心な目を向けてくれるの、君だけだから。
でも、君ももう半分くらい、萎えているんでしょ?
それとも、また復活しちゃう?
なんて……
でも、峰くんって、ムッツリスケベっぽいけど、どんなエッチするんだろう……
『俵田さん、可愛いよ~!』
……やば、妄想したら、ちょっと濡れた。
変態のくせに、一途に腰を振っちゃって……可愛いかも。
っと、いけない。
「峰くん、花瓶を持つのをお願いしても良い?」
「あ、うん」
いけない、いけない。
良からぬ妄想をしてしまった。
ちゃんと、お仕事に集中しないと。
簡単なことだけど……
「あっ……」
「……えっ?」
バシャッ、と。
花瓶の水が、わたしを濡らした。
本当に濡れちゃった、てへっ♪……じゃなくて。
あ、とりあえず、花瓶は落ちたけど割れていない。
でも……あっ、ブレザーの前を開けていたから、ブラ透けが見えちゃっているかも……
「ご、ごご、ごめん、俵田さん!」
「ううん、大丈夫だよ」
峰くん、ちょっとエッチだけど、悪い人じゃないから。
わざとじゃないだろうし……でも、もしわざとなら、それはそれで……
とりあえず、テンパっているみたいだから、笑って許してあげる。
「あ、そうだ。俺のブレザー、前から羽織って」
峰くんは自分のそれを脱いで渡してくれる。
とりあえず、ボタンの前を閉めれば大丈夫なんだけど……
「ありがとう。でも、良いの?」
「もちろんだよ。だって、俺のせいで、こんな……」
「ふふ、ありがとう」
峰くん、陰キャでおっちょこだけど、良い子だな。
けど、わたしはちょっと、ひどい女かも。
だって、この状況にちょっと……興奮しているから。
あ、ちょっとこれ、峰くんのにおいが……
ていうか、わたしのにおいも、移っちゃうかな?
2人のにおいが、混ざり合って……って、変態か。
「峰くん、わたしちょっと教室に戻って、体操着に着替えて来るね」
「あ、うん……」
と、頷く峰くんに背を向けて、教室に向かおうとするけど、
「いや、俺も一緒に行くよ」
「えっ?」
「あ、いや……」
峰くん、どうしたんだろう?
ハッ、まさか……わたしの着替えを覗きたいとか?
いや、だったら黙って、こっそりついて来るか。
「念のため、俺も付き添うよ」
「そう? でも、帰りが遅くなっちゃうかもよ?」
「ああ、良いんだよ」
峰くん、そっか……友達がいないから、どうせ暇で……
って、ひどいな、わたし。
でも、ちょっと……嬉しいかも。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
「うん、任せて」
それまでの頼りなさげな感じが嘘のように、峰くんはどこかたくましく、わたしに付き添ってくれる。
もしかして、ナイトモード、わたしのことを守ってくれているのかしら?
だとしたら、ちょっと、いや、だいぶ……
ガラガラ。
教室に入る。
そこには誰もいない。
良かった。もし、男子がいたら……困るかな。
まあ、醜いデブなわたしの濡れ姿を見たって、興奮しないだろうけど。
いや、それ以前に、他の男子にはあまり、見られたくないような……って。
何なのよ、この気持ちは……
「よいしょ、じゃあ体操着を出してと……」
わたしは動揺を抑えるように、何気なく口にする。
「あ、峰くん、ブレザーありがとうね」
「あ、うん」
わたしは彼に渡す。
「じゃあ、ちょっと着替えるから……」
「わ、分かった。そしたら、俺は……外で人払いをしておくから」
「うん、ありがとう」
あら、やだ。
本当にナイトくんじゃない……思わず、口元がニヤリと笑いそうになるのを堪えた。
峰くんは、たぶん気付かず、教室に外に出る。
わたしは1人になった。
「ふぅ……」
濡れたブラウスのボタンを外す。
ぷち、ぷち、と。
ていうか、今日のブラジャー……あまり可愛くないな。
ていうか、ちょっとおばさんっぽくない?
ピンク色で……ださ。
どうせ濡れ透けするなら、もっと可愛いブラにしておけば良かった。
そうしたら、峰くんも……だから、何を考えているのよ、育実。
それにしても……たるんだお腹ね。
はぁ、つまめちゃうし。
とか、本当におばさんみたいな愚痴をこぼしていると。
教室の扉が開いた。
えっ、うそっ、峰くん……?
「……あっ」
一瞬、他の男子が来たら、どうしようと思った。
けど、違った。
そこに立つのは、わたしとは正反対の、誰もが憧れる、美少女ちゃん。
「……松林さん?」
「俵田さん……?」
これがわたしと彼女の、ファーストコンタクトだった。
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