第10話 育実視点③

 世の中には、特別な人間がいる。


 黙っていても、大いなる輝きを放っていて、誰しもが振り向き寄って来る存在。


 それをアイドルというのだろう。


 例え芸能界に入っていなくても、その言葉が似つかわしい。


 というか、改めて間近にすると、あまりの可愛さに、その内スカウトされるだろうと感心してしまう。


 そう、感心だ。


 決して、嫉妬なんてしない。


 今この一瞬だけで、この前した少しばかりの嫉妬が、バカらしくて霧散した。


 だから、今この場で2人きりになったことは、むしろ感謝するべきことかもしれない。


 圧倒的な美少女っぷりを見せつけられることに……


「……あ、俵田さん? ごめんね、着替え中だったの?」


「うん、松林さん。でも、平気だよ。女子同士だし」


「そっか、良かった」


 微笑むさまもマジで美少女。


 女子同士とはいえ、もはや種族レベルで違うんじゃないだろうか。


 ファンタジー世界で言うと、この子がエルフで、わたしがドワーフってところかしたね……トホホ。


 まあ、ドワーフだって可愛いと思うけどね(負け惜しみ)。


「ところで、どうして着替えているの?」


 超美少女さまこと、松林さんは至極まっとうな問いかけをして来た。


 わたしは、少しだけ答えに迷った。


 その時、浮かんだのは峰くんの顔。


 彼、ちょっとわたしに気があるっぽいけど……でも。


 もし、万が一、億が一、兆が一。


 この超美少女さまにアプローチされたら……きっとそっちになびくわよね。


 まあ、別に良いんだけどね、仕方のないことだし。


 でも……


「……ここだけの話ね」


「んっ?」


「峰くんに濡らされちゃった、てへっ」


 はい、ブタが可愛くポーズまで決めてみました。


 そのせいか、生粋の美少女さまは、ポカンとする。


 うう、ちょっと傷付く。


 でも、良いんだ。


「あ、ちなみに、美化委員の仕事でね……彼、花瓶をひっくり返しちゃって」


「……あ、ああ。そういうことね」


 ようやく、松林さんは微笑みを取り戻す。


 わたしも精一杯、にっこにっこと愛想笑いを浮かべる。


 やばい、ちょっと汗かきそう。


 って、誰がデブやねん!


「じゃ、じゃあ、私はこれで。ごめんね、お邪魔しちゃって……」


「ううん、そんな……」


「……またね」


「あ、うん」


 松林さんは微笑みの奥底に、少し気まずい心中を押し隠すようにして、教室から出て行った。


 その後、わたしはどっとため息を漏らす。


「はぁ、はぁ……何か疲れた」


 激しい運動をした訳でもないのに……


 あれ、これってもしかして、新手のダイエットになるかしら?


 自分よりも、圧倒的に可愛い美少女さまのオーラを浴びて、冷や汗をたっぷりとかく。


 うん、なかなかに、神経を削る作業になりそうだけど……


 コンコン。


 ビクッ。


「俵田さ~ん……大丈夫?」


 まさかの、美少女カムバックかと思って焦るけど、峰くんのちょっとマヌケな声を聞いて安心した。


「あ、は~い」


 返事をすると、遠慮がちに扉がひらく。


「ごめんね~、待たせちゃって」


 わたしは先ほどまでの動揺を隠すようにして言う。


 けど、峰くんはすぐに返事をせず、少し間が開く。


 また、視線が……胸に来ている。


 ジャージに着替えたわたしのそれを……ちょっと嫌らしい目で見ている。


 でも、決して、おぞましさを感じない。


 ちょっと、可愛いかも……なんて。


「あ、そうだ。松林さん、通しちゃったけど、大丈夫だった? 女子同士だから、良いかなって……」


 ムッツリスケベな彼は、澄ました顔で言う。


「うん、大丈夫だったよ」


「そう? でも、気のせいかもしれないけど、教室から出て来た松林さんの様子が、ちょっと変だったなって……」


 おや? これは……


「う~ん……ああ、わたしの伝え方が、ちょっとまずかったのかな?」


「と、言うと?」


「あのね、『どうして着替えているの?』って聞かれたから、『峰くんに濡らされちゃった、てへっ』……って言ったの」


 わたしはおどけたように言う。


 すると、峰くんが固まった。


 ちょっと、そのマヌケ面、ウケるんだけど。


 あと、やっぱり可愛い……ナデナデしたい。


「それ、ちょっと……いや、絶対、あらぬ誤解を招いたよね?」


「うん、そうかも……ごめんね」


 ここは殊勝しゅしょうに謝る。


「いや、まあ……元はと言えば、俺のせいだし」


「でも、ね……」


 あ、やばい、これ言っちゃうと……


「峰くんとだったら、変な噂が立っても、良いかなって」


 ……はい、言っちゃった。


 さて、ムッツリスケベな君のアンサーは?


「えっ……」


 また、固まってしまう。


 ううむ、さすがにちょっと、攻め過ぎて引かれたかな?


 ていうか、わたしってば、いつの間にこんな、峰くんのことを……


「ごめんね、変なこと言って」


「あ、いや……」


「でも、峰くんって……何だか、他の男子とは違う気がして」


 輝かしいアイドルちゃんじゃなくて、こんな太ったわたしに熱い視線を注いでくれちゃって……


「いや、俺なんて、所詮はただの……陰キャですから」


 うん、知っているよ。


 でもね、君が思っているほど、悪くはないと思うよ?


 だって、わたしってば、そんな君に対して……


「……あ、美化委員のお仕事、早く終わらせないとね」


「そ、そうだね。俵田さん、時間とか大丈夫? 何なら、俺が1人でやっておくよ?」


 やだ、峰くん……優しい。


「ううん、平気……ちゃんと峰くんと、2人で仕事をやりたいの」


 真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。


 ドクン、と胸が高鳴る。


 峰くん、いまどんな気持ちかな?


 わたしのこと……良いって思ってくれているのかな?


 それとも、勘違いなのかな?


 分からない、けど……


「峰くん」


「あ、はい」


「やろっか?」


「う、うん」


 わたしはもう、君をロックオンした。




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