第11話 育実視点④

 今日も今日とて、我が1年A組の教室では……


花梨かりんちゃ~ん!」


祐介ゆうすけく~ん!」


 アイドル級の美少女とイケメンが、朝から揃い踏みで、ギャラリーを大いに沸かせている。


 一方で、わたしはいつメンのゆっことねねと、まったりトークをしていた。


 輝かしいステージ上は、確かに羨ましいかもしれないけど。


 でも、わたしは……


「……俵田たわらださん、おはよう」


 近くで遠慮がちな声が聞こえた。


 わたしは瞬時に、誰か分かる。


「あ、おはよう、みねくん」


 彼の顔を見ると、自然と笑みが込み上げて来た。


「あ、昨日は、色々とごめんね?」


「いやいや、俺の方が……」


「ていうか、ブレザー、大丈夫? 汚れていない?」


「ああ、うん。平気だよ……」


 どこか、気まずそうな様子。


 もしや、昨晩……


「そっかぁ。まあ、これから一緒に美化委員、がんばろうね~」


「うん、ありがとう」


 頷いた峰くんは、わたしの友人2人にも会釈をして、自分の席に向かう。


「ねえ、育実いくみぃ。彼と仲良くなったの?」


「峰くん? うん、まあ、ちょっとだけね」


「ていうか、わざわざ、あいさつに来るなんて……もしかして、育実に気があるんじゃない?」


「え~? ただ、同じ委員だからだよ~」


「良いじゃん、ご自慢の乳を揉ませてやれば?」


「別に自慢なんてしてないから~」


 とか言いつつ、わたしはきっと、まんざらでもない顔をしている。


 峰くんになら、胸を揉ませるどころから、パフパフしてあげたい……なんて。


 言える訳ないけど。


「でも、ちょっと陰キャでぼっちな感じだよね?」


「確かに、ウケる」


 ふん、そこがまた、良いんじゃない。


 バカみたいにハシャぐ、うるさいだけの陽キャよりはずっとマシよ。


 ていうか、陽キャは昔から、わたしのことをデブとかブタとかバカにするから、どちらかと言えば、苦手というか、嫌いだし。


 ていうか、わたし、やば。


 もう自然と、峰くんを肯定するモードに入っているじゃん。


 もう完全に、こんなの……


「育実ぃ~?」


「どした~?」


 呼ばれて、ハッとする。


「ご、ごめん。ちょっと、考えごとを」


「また、お昼ごはんのこと?」


「もう、早弁しちゃえば?」


「う、うるさい」




      ◇




 別の日の放課後。


「え、買い出しですか?」


「ああ、すまないが、今日の放課後にでも行って来てくれるか?」


 そう言われた彼のとなりで、わたしも頷く。


 買い出し、かぁ。


 普通なら、ちょっと面倒に感じちゃうけど……


「じゃあ、峰くん。行こう」


「う、うん」


 峰くんと、2人きりだ。


 これって、もしかして、ちょっぴりデート気分だったりして。


 なーんて、そんなこともないか。


 まだ、付き合ってもいないのに。


 いや、まだって何よ。


 しっかりしないと。


「おーい、峰くん?」


 少しボケッとしていた彼を呼ぶ。


「あ、ごめん」


 慌てた様子の彼と一緒に、歩き出した。




      ◇




 買い出しはすぐに終わった。


 備品は軽くて運びやすいプラスチック製の鉢植えポッド。


 楽で良いけど、もう少し重い物で、峰くんの男らしさが見たかったりして。


 でも、峰くんってちょっとヒョロガリだから。


 下手すると、わたしの方がパワーがあるかもしれない。


 デブは力持ちだから……


 って、誰がデブやねん。


 ていうか、峰くんも何か、胸じゃ無くて腕の方を見ているし……


「峰くん、これからどうする?」


「えっ?」


「また、学校に戻る? それとも、あした持って行く?」


「ああ、えっと……俵田さん、ちょっと疲れていない?」


「へっ? うん、まあ、そうかも」


「じゃあさ、どこかで休憩しない?」


「うん、良いよ」


 わたしは頷く。


 峰くん、やっぱり陰キャだけど、わたしに対してちょっと積極的じゃない。


 まあ、わたしが疲れていると思って、気遣ってくれただけかもしれないけど。


 デブだから……って、誰がデブやねん。


 その後、峰くんはスムーズな足取りで店に案内してくれる。


 もしや、事前にチョイスしていたとか?


 どちらにせよ、良い気分だわ。


 ていうか、峰くんのスケベ根性?


 なんてね~。


 でも、道中ずっと、わたしのぷるぷる震える胸を見ていたし。


 もう、可愛い峰くんなんだから。


「ここなんだけど……」


「わぁ、ドーナツ屋さん」


「うん。疲れには、甘い物が良いかなって」


「峰くん、女心が分かっているね~」


 思わず、ニヤケ面になってしまう。


 肘でクイクイ、と彼を小突く。


 ちょっとした、スキンシップよ♪


 ほら、峰くんもちょっと、ニヤけそうじゃない?


「は、入ろうか」


「は~い♪」


 ふふふ、とご機嫌なわたし。


 まあ、この体型からして食べることが好きなわたしだから。


 とりあえず、何か食べるところに連れて行けば良いと。


 もしかして、わたしって案外チョロい女?


「わぁ~、どれも美味しそう~」


 自覚しつつも、ショーケースの前で声を弾ませてしまう。


 さっきまでは、胸を弾ませていたけど。


「うん、本当にね」


「ねえ、けっこう食べちゃっても良いかな?」


「どうぞ、お好きなだけ」


 もう、峰くんってば。


 わたしのことを甘やかす、ダメな彼氏……って、まだ付き合っていないから。


 って、まだとか……もう、バカ♡


「じゃあ……コレとコレとコレくださーい!」


 すっかりご機嫌で調子づいたわたしは、元気よくいっぱい注文した。


 一方で、峰くんはボソッと、


「俺はコレで……」


 と指差す。


 もう、そんなんだから、ヒョロガリなんだぞ♪


 まあ、可愛いけど。


「カウンターにする?」


「いや、そんな混んでいないし、テーブル席にしよう」


「りょーかい」


 峰くん、何か食い気味だったけど。


 もしや、また何かエッチな企みがあったりして?


 なんてね。


「よいしょっ」


 いけない、おばちゃんみたいなセリフを言っちゃう。


「じゃあ、早速いただきまーす!」


「いただきます」


 わたしはノータイムでドーナツを頬張る。


「はむっ……う~ん、美味しい~♪」


 本当に美味しい。


 のだけど……


 同時に、峰くんの視線を感じた。


 ジッ、とわたしの方を……主に胸にまた、熱い視線が……


 なるほど、峰くん。


 これが狙いだったのね。


 テーブルの上にのっかる、わたしのお乳を拝むために。


 君ってば、本当に……可愛いんだから♡


「ほうひへば、ひへふん」


「えっ、なに?」


 いけない、デブの悪いクセね。


 食べながら喋っちゃうなんて、はしたない。


 わたしは紅茶でゴクン、と流し込む。


 その際、思い切りのけぞって、胸を強調する形になったのは……


 半分くらい、わざとかも。


「ふぅ……あのね、こんなこと聞いたら、失礼かもしれないけど……」


「う、うん」


 峰くん、何だか身構えた様子だな。


 もしや、わたしに対するエッチな企みがバレたと思って、動揺しているのかな?


 でも、わたしが聞きたいのは……


「峰くんって、いつも教室で、1人だよね?」


「へっ? あ、ああ……」


「まあ、まだ入学したばかりだから、仕方ないかもしれないけど……」


「そ、そうだね……」


「寂しくない?」


「いや、まあ……」


 峰くんは、少し間を置いてから、


「正直、寂しくないって言ったら、嘘になるけど……平気だよ」


「本当に?」


「だって、こうして、俵田さんが仲良くしてくれるし」


「へっ?」


 わたしは思わず、息を詰めた。


 たぶん、今までになく、驚いた顔になっていると思う。


 やだ、こんなの……


「……そ、そっか」


 照れちゃうじゃない、ものすごく。


 同時に、溢れ出して来る。


 彼に対する、愛おしさが。


 まだ、知り合って、話すようになって、間もないのに。


 自分でも思っていた以上に、峰くんのことが……


「うん、俺ってホント、情けなくて寂しい男だから……これからも、俵田さんが仲良くしてくれると嬉しいな……なんて」


 あぁ、峰くん。


 そんな健気なこと言われたら、わたしはもう……


「わ、分かった……いつだって、胸を貸してあげる」


「ぶふっ!?」


 あ、やば、ちょっと間違えた?


 ていうか、峰くんが……


「きゃっ!? み、峰くん、だいじょうぶ!?」


「ゲホッ、ゴホッ……へ、平気だけど……」


「あ、ごめん。胸を貸すって、スポーツマン同士とかが言う言葉だよね」


「そ、そうだね」


「えへへ、ごめんね」


 わたしはついつい、照れてしまう。


 峰くん、怒っていないかな?


 でも、さっき言ったこと、あながち間違いじゃないかもよ?


 なんてね♪


 だって君、今もさっきもずっと、わたしのおっぱい……見ているでしょ?


 好きでしょ? わたしの……


「でも、もし……情けなくて、寂しくて、泣きたくなった時は……いつでも貸すよ?」


「えっ……?」


 わたしはジッと、上目遣いに彼を見つめた。


 彼もまた、ドキドキするような顔になって……


「……ありがとう、俵田さん」


 峰くんは、一言それだけ。


「うん……」


 でも、それで良いの。


 もう、十分にお互いの気持ちは伝わっているから。


 まだ、知りたい気持ちもあるけど……


「えへへ、ドーナツ美味しいね」


「おかわりしても良いよ?」


「こら、これ以上、太らせないで」


「いや、そんな太って……」


「どこ見ているの?」


「あ、いや……」


「ふふ」


 何これ、すっごく楽しいんだけど。


 本当に付き合っている、カップルみたいなイチャつきじゃない?


 ああ、もうどうしよう、本当に。


 わたしの気持ち、決まっちゃったかも。


 峰くん、わたしあなたのことが……


 大好きになっちゃった。


 もう、ぜんぶあげたいくらいに。




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