第16話 花梨視点 前編

 小さい頃から、ずっと誰しもに期待されて生きて来た。


花梨かりんちゃんは、本当に可愛いわね~』


『もう天使みたいよね~』


『みんなのアイドルだわ~』


 周りのみんなが、私のことを褒めてくれる。


『ありがとうございます』


 それは嬉しいことだけど、同時に。


 期待を裏切ってしまわないか、いつも不安に苛まれていた。


 だから、本当にやりたいことを、今までずっと、あきらめてきたのかもしれない。


 わたしだって、みんなと一緒に泥んこになって遊びたかった。


 擦り傷いっぱい作って、それでも笑いたかった。


 でも、そんなことは……許してもらえなかった。


 許される空気じゃなかった。


 みんな、私に優しくしてくれるから。


 そんな無茶なこと、させてくれないから。


 そして、それは人間関係においても、そう。


 中学生になると、思春期になって、男女の違いを意識するようになる。


 つまりは、色気づく。


 この頃から、早い子はお付き合いをし出す。


 そして、私も……


『花梨、好きだ。付き合ってくれ』


 私が通っていた中学校で、1番カッコイイと言われていた男子。


 周りからも、私と彼がくっつけば良いと、常日頃から言われていたから……


『……うん、良いよ』


 お付き合いすることになった。


 最初は、プラトニックな関係だったけど……


『……じゃあ、花梨。良いか?』


『う、うん……』


 なし崩し的に受け入れたけど、心の中はずっとモヤついて、揺らいでいたと思う。


 だって、まだ中学生だし、他の男子ともお付き合いをして、納得した相手とそういった経験をしたかった。


 実のところ、私は誰もが認めるイケメンの彼よりも、気になっている男子がいた。


 いつも、クラスの隅っこで、一人ぼっちだった彼。


 みんな、いじめこそしないものの、いつもバカにしていた。


 でも、私はそんな彼のことが、ずっと気になっていて……


 でも、近付くことは許されなかった。


 きっと、みんな、ザワつくから。


 そして、私の心がザワつく。


 学校と言う、狭いコミュニティ、牢獄、同調圧力。


 きっと、それに押しつぶされてしまう。


 だから、自分の気持を押し殺して、彼に話しかけないまま。


 そして、あの事件が起きた。


 彼氏が、数日間、学校を休んでいた。


 私は心配して、放課後に彼のお家にお邪魔した。


 親公認で、合カギをもらっていたので。


 返事がないのは、具合が悪いからと思って、悪いと思いつつも、お邪魔して。


『ごめんね、いきなり来ちゃって……』


 リビングで、彼が裸になっていた。


 もう1人、裸の人がいた。


 女子だった。


 知っている子だった。


 同じクラスの、女子。


 失礼ながら、ちょっとポッチャリしている子。


 その子と、どう考えても、事後だった。


『か、花梨、これは……』


 何か言い訳をしようとするけど、当然ながら聞く耳を持てない。


 私は脱兎のごとく駆け出し、無我夢中で我が家を目指した。


 自室に駆け込むと、ベッドに伏して、一晩中、泣き明かした。


 その後、彼は何度も謝罪してくれたけど、もう無理だった。


 浮気の件は、誰にも言わなかった。


 お互い、受験で忙しいから、別れたのだと言うと、みんな納得してくれた。


 むしろ、偉いと褒めてくれた。


 そのギャップがまた、私の心をすり減らす。


 そして、メンタルすり減らしながら、高校に合格した。


 私は、悩んでいた。


 普通、高校生になったら、高校デビューなんて言って。


 ちょっと、オシャレしちゃうけど。


 私はもう、あまり注目されたくないから。


 逆高校デビューしようかと思った。


 メガネをかけて、地味な感じにして。


 でも……


『花梨ちゃん、高校でもアイドルだろうね~』


『モテモテだろうね~』


『キラキラ輝いちゃってね~』


 ……やっぱり、周りが許してくれない。


 私が堕落することを。


 みんなのアイドルにしかなれない、私の存在意義。


 首を締め上げられるようで、苦しい。


 結局、高校に入学して、私はまたアイドルになった。


 そして、同じクラスにまた、みんなが認めるイケメン。


 桐生祐介きりゅうゆうすけくんがいて。


 みんなして、私達がお似合いだとか、言って。


 もう既に、公認のカップルルートに入りかけている。


 けれども、私は……他に気になっている男子がいた。


 峰善和みねよしかずくん。


 教室の隅で、ずっと1人で。


 中学時代に気になっていた、あの彼と似たような感じで。


 けど、彼は一味ちがうと思った。


 なぜかって、みんながアイドルである私に注目する中で。


 彼は1人だけ、別の方向を見ていたから。


 その視線の先にいたのは、これまた中学時代の人物を彷彿とさせる。


 ぽっちゃり体型の女子。


 俵田育実たわらだいくみさん。


 ボッチな彼の視線は、ずっと彼女に向けられていた。


 なぜかその時、ひどく心がザワついた。


 周りの声がみんな、遠くに聞える。


 いつも1人でいる彼よりも、きっと私の方が孤独だ。




      ◇




 クラスの委員・係決めにも、私の自由はない。


「花梨ちゃんは、祐介くんと一緒に体育祭実行委員やりなよ~」


「そうそう、美男美女で引っ張ってよ~」


「ひゅ~、ひゅ~」


 みんな盛り上げるから、断るに断れなくて……


「……じゃ、じゃあ、やります」


 桐生くんも、みんなの期待に応える形で、承諾していた。


 一方で、私はずっと、彼のことが気になっていた。


 峰くんは……どの委員・係にするんだろう?


「え~と、誰か美化委員の希望はいるか?」


 先生が言うと、それまで騒がしかったみんなは、シーンとなる。


 美化委員……確かに、地味なイメージかもしれない。


 けど、悪い仕事じゃない。


 むしろ、心が浄化されるようで、心が惹かれる。


 出来れば、今からでも、そっちに移りたいなぁ……


「……あ、じゃあ、わたしがやりまーす」


 その時、やんわりと手を上げたのは、やんわりボディの彼女。


 俵田さんだ……


「おお。俵田、ありがとう。じゃあ、あと1人だけど……」


 先生がクラス内を見渡す。


 誰も、立候補しないかと思われたけど……


「……あ、あの。じゃあ、俺が」


 1人、遠慮がちながらも、手を上げる男子がいた。


「おお、峰か。じゃあ、頼むな」


「は、はい……」


 ……峰くん。


 やっぱり、あなた、俵田さんのことが……


 ズキッ、と痛む。


 胸の奥底が。


 何だろう、この気持ちは。


 歯がゆい、苦しい、助けて。


 でも、誰も私の声なんて聞こえない。


 本当に、心の声なんて。


 当たり前だけどね……




      ◇




 放課後。


「花梨ちゃん、みんなでカラオケ行こうって」


「あっ……う、うん」


 正直、あまり気分じゃないけど。


 また、断るのがはばかられた。


 いわゆる、カーストトップ、リア充グループで、廊下を闊歩かっぽする。


 だいたいのみんなが、廊下で道を開けてくれる。


 その中心に、私がいることが……心苦しい。


 何だか、恥ずかしい……


「……あ、ごめん。ちょっと、教室に忘れ物しちゃった」


「えっ、マジで?」


「ごめん、先に行っていて」


「分かった。早く来てね~」


「うん」


 一旦、笑顔でみんなと別れる。


 束の間、私は心の平穏を取り戻す。


 1人って、楽だなぁ。


 まあ、周りの視線があるけど……


 でも、やがて人気がなくなる。


 それに比例して、私の心はむしろ、浮き足立つようだった。


 そして、教室のそばまでやって来た時……


「あれ?」


 そこに、彼がいた。


 ギョッとした顔で、こちらを見ている。


 ちょっと、傷付くなぁ……


「……ま、松林まつばやしさん?」


 あ、私の名前、呼んでくれた……名字だけど。


 う、嬉しい……じゃなくて。


「えっと……峰くん、だよね?」


 あぁ、もう私って、意外とあまのじゃく?


 ちゃんと、名前知っているのに、たどたどしいフリをして。


 いや、でもこれは違うの。


 本当に照れ臭くて……


「う、うん……」


 お、落ち着くのよ、私。


 平常心で……


「ちょっと、教室に忘れ物をしちゃって……そこ通してくれる?」


 よし、こんな時、普段の営業アイドルスマイルが役に立つなぁ。


 って、これ、誇れるのかしら……


「あ、っと……」


 峰くんは、何やら戸惑った様子だけど……


「……ど、どうぞ」


「ごめんね」


 私はそう言って、教室に入った。


 気になる峰くんと話せて、ちょっとハッピーって思ったけど。


 そんな幸せも、一瞬で砕け散る。


「……あっ」


 目を疑った。


 けど、現実はそこにあった。


 そこに立つのは、私とは正反対の、誰もが憧れる、という訳ではないけど。


 何だかとても羨ましい存在。


 少なくとも、私にとっては……


「……松林さん?」


「俵田さん……?」


 これが私と彼女の、ファーストコンタクトだった。




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