第17話 花梨視点 後編
思いがけないことがあると、人は思考が停止する。
当たり前のことかもしれないけど。
ただ、そんなショートした思考回路でも、すぐに感じた。
すぐ、目の前にいるクラスメイトの、俵田育実さん。
彼女の体つき。
失礼ながら、世間一般、特に女子目線なら、私の方が理想の体型だろう。
けど、私はもう、知っている。
男子の本音で、本当にたまらないカラダをしているのは……彼女の方だと。
すごい……おっぱい大きい。
これまた失礼ながら、全体的にふくよかだから、トップとアンダーの差はそんなにないだろう。
だから、カップ数は思ったほど行かないだろうけど……でも、すごい。
むしろ、分かりやすく突き出たお胸よりも、こう言った生っぽさを感じさせる方が……エッチだと。
今この場で、改めて感じるし、学習させてもらった。
同時に、過去の屈辱、トラウマが蘇るようで……
「……あ、俵田さん? ごめんね、着替え中だったの?」
「うん、松林さん。でも、平気だよ。女子同士だし」
「そっか、良かった」
激しく動揺するこの場においても、日頃の努力(?)の賜物だろうか。
アイドルスマイルを浮かべることが出来た。
それにしても、俵田さんは……体型もそうだけど、どっしり構えているというか。
いくら女子同士とはいえ、ちょっとあられもない姿を見られたのに、そんな動揺する素振りを見せていないし。
こういった、たくましさも、また魅力なのかもしれない。
その実は繊細で、折れやすい、私みたいな女よりも……
「ところで、どうして着替えているの?」
私は営業スマイルを浮かべたまま、問いかける。
入口に立っていた、峰くんのことも気になるし。
まさか、とは思うけど。
2人とも、深い関係にあるとか……ないよね?
まだ、入学したばかりで、同じ委員になったばかりだし。
そんなこと、ないよね?
「……ここだけの話ね」
「んっ?」
「峰くんに濡らされちゃった、てへっ」
俵田さんは、おどけたように言う。
けど、私はまったく笑えなかった。
突然、言われたせいもあるけど……
ぬ、濡らされちゃったって……
い、一体、2人で何を……
「あ、ちなみに、美化委員の仕事でね……彼、花瓶をひっくり返しちゃって」
「……あ、ああ。そういうことね」
私は再び、笑みを浮かべる。
俵田さんも、にっこにっこと笑っている。
若干、笑顔が引きつっている感は否めないけど。
まあ、それはお互いさまかも……
「じゃ、じゃあ、私はこれで。ごめんね、お邪魔しちゃって……」
「ううん、そんな……」
「……またね」
「あ、うん」
私は努めて笑みを浮かべたまま、教室から出た。
「あ、忘れ物は、大丈夫だった?」
すると、峰くんに言われる。
「う、うん」
あ、そういえば、私ってば、忘れ物を取りに来たんだった。
ていうか、何を忘れたんだっけ?
いや、もう、そんなことはどうでも良い。
そんなことよりも……私は。
「峰くんってさ……」
「はい?」
「……あ、何でもない。じゃあ、またね」
彼に対しても、お得意の営業スマイルを浮かべて、私はこの場を後にする。
本当は、もっと、もっと、彼とお話したい。
けど、あの場に留まれば、留まるほど、何だかみじめな思いをしそうで……
「……はぁ、はぁ」
別にそんな走った訳でもないのに、息が切れている。
私はおもむろにスマホを取り出すと、メッセを送る。
『ごめん、何だか具合が悪いから、今日はカラオケに行けない』
送って、スマホの電源をオフにした。
ふと、誰もいない廊下で、窓の外を見る。
夕日が、眩しい。
何だか、やけに染みる。
◇
朝は、出来れば静かに過ごしたい。
けど、教室にやって来ると……
「花梨ちゃ~ん!」
「祐介く~ん!」
すぐ、みんなに囲まれてしまう。
私は、昨日の件もあって、きっと笑顔がぎこちない。
祐介くんは、どうだろう?
疲れないかな?
みんなから、こんな風に注目を浴びて。
私は正直に言って、もう……
「…………っ」
盛り上がるクラスの中心。
そこから離れた場所に、彼と彼女がいた。
彼は照れたようにして、彼女にあいさつをしている。
彼女もまた、どこかまんざらでもない。
胸がザワついた。
「ちょっと、ごめんね」
私は半ばフラつくような足取りで、輪から離れる。
そして……
「あっ……」
「んっ?」
自分から近付いたくせに、いかにも偶然なフリを装って。
嫌らしい女だと思う。
でも、私は……
「おはよう」
飛び切りの、アイドルスマイルは浮かべていないと思う。
でも、その方が良い。
だって、彼には……出来ることなら、本当の私を見て欲しいから。
「お、おはよう」
彼はぎこちなくも返してくれる。
私のことを見てくれているけど……
たぶん、その思考は、気持ちは……別のところにある。
峰くんの気持ちは、俵田さんのところにある。
それが、とても……
離れて行っても、彼のことを見つめていた。
◇
休日。
私はクラスのみんなと、カラオケに来ていた。
「イエーイ、盛り上がって行こうぜ~!」
「「「「「イエーイ!」」」」」
みんな、本当に元気が良くて。
私は正直、ずっと愛想笑いを浮かべていた。
「花梨ちゃん、歌って~!」
「えっ? あ、うん……」
しぶしぶ、マイクも握って。
「すごーい、上手い!」
「さすが、花梨ちゃん」
「本当にアイドルになれるよ!」
「あ、ありがとう……」
私の笑みは、きっとぎこちない。
祐介くんは、どうだろう?
彼のことも気になる。
好きとかそういう感情ではなく、何だか似た者同士として。
みんなして、私と祐介くんがお似合いだって、くっつけようとして。
だから、今日のカラオケでは、なるべく離れた席にいるんだけど。
それがまた、照れ隠しとか言われて……もう、疲れちゃう。
だから、カラオケを出て浴びる夕日が、また染みた。
束の間、私の心を癒してくれる。
「じゃ、メシ行くか~」
「良いね~」
「ファミレス~」
はぁ、もう帰りたい。
ため息をこぼしたい、けど。
そんなことしたら、面倒なことになるから。
私って、本当に……
「……あっ」
街の雑踏の中で、ひときわ、目に留まる存在がいた。
私だけにとってかもしれないけど。
彼の存在が、とても大きく見える。
思わず、そちらの方に、歩み寄りそうになった。
けど、すぐに足が止まる。
だって、他に一緒にいる人がいたから。
峰くんは、俵田さんと一緒にいた。
2人して、真剣に見つめ合って……
えっ、峰くん、俵田さんの胸に触った、というか、触らされて……
そのまま、2人して、歩いて行く。
手を繋いで、ゆっくりと。
噛み締めるようにして。
そして、私も噛み締める。
唇を。
「花梨ちゃ~ん?」
あぁ、どうしよう。
学生同士のお付き合いとはいえ、ちゃんとしたカップルだから。
手出しをするなんて、いけないことなのに。
私、すごくいけないことを考えちゃっている。
私、峰くんのことが……好き。
だから、どうしても、彼のことが……欲しい。
そして、抱いて欲しい。
あの幸せいっぱいにたるんだ豊満ボディの女なんかよりも。
不幸を抱き締めながら、削って来たこの私のカラダを。
抱き締めてよ、峰くん。
「ちょっと、花梨ちゃん? 大丈夫?」
私はようやく、ニコッと笑みを向ける。
「ごめんね、ちょっとボーっとしちゃって」
「てか、気付いていた? 祐介くんも、いま花梨ちゃんと同じように、ボーっとしていたよ?」
「えっ?」
「全くもう、本当にお似合いなんだから~」
友人の女子に肘で小突かれる。
私はふと、祐介くんを見た。
彼もまた、私の方を見た。
お互い、何も言葉を交わしていないけど。
何だか、この一瞬で、全てを悟ったような気がした。
だって、お互いに……嫌らしい笑みを浮かべていたから。
口元で。
次回 祐介視点
イケメンくんの苦悩と本音。
退屈だったら、ごめんよ。
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