第32話 告白

 大盛り上がりした体育祭を経て、1つ明確に変わったことがある。


 それは……


「俵田さん、おはよ~!」


「うん、おはよ~!」


 元から、俺みたいにボッチでは無かったけど。


 でも、みんなに囲まれるようなタイプではなかった。


 そんな彼女が、今はクラスのみんなから、あいさつをされている。


「よう、俵田」


「うん、おっす」


 そして、クソ男子どもも……ぐぬぬ。


 いや、落ち着け。


 あの時の声援で、育実ちゃんは俺のモノだとちゃんとアピールしている。


 何よりも……


「あ、よっくん。おはよ~♡」


 育実ちゃん自身が、堂々と俺に対してデレて来るから。


「「「「「……もげろ」」」」」


 クソ男子どもに恨みがましく睨まれるが、もはや知ったことではない。


 いや~、それにしても、これは予想外だわ。


 前から、衣替えをきっかけに、クソ男子どもが発情して、注目されるとは思っていたけど。


 まさか、こんな風にスターになるなんて。


 あれ? それに比べて、俺ってやつは……


「育実ちゃん、おはよう」


「あ、かりんちゃん、おはよ~!」


 そう、育実ちゃんがスターダムを駆け上がったことで。


 松林さんが、堂々と教室内で話しかけるようになった。


「ねえ、育実ちゃん。今日ね、学校に来る前に、美味しいパン屋に寄って来たんだけど……」


「えっ、マジで?」


「後で、一緒に食べる?」


「うん、食べる、食べる! あっ、ゆっことねねも一緒で良い?」


「ええ、もちろんよ」


「ありがとう、かりんちゃん」


 育実ちゃんが満面の笑顔を浮かべて言うと、松林さんは何だか照れた様子だ。


 何となく、雰囲気がちょっとアレなような……


「よっ、峰」


「あっ、桐生」


「改めて、体育祭おつかれさん」


「いや、そっちの方こそ……」


「ていうか、お前の彼女……俵田さん、すごいな」


「うん、本当に……早めにアプローチしておいて、本当に良かったよ」


「……そっか」


 桐生は、どこか含みのあるい微笑みを浮かべた。


 それから、


「花梨、ちょっと良いか?」


 自分の彼女を呼ぶ。


 松林さん振り向き、桐生と何やら言葉を交わす。


 すると、それまで笑顔だったのが、わずかに曇っていた。


 けど、何かを納得したように、頷く。


 そして、松林さんは再び、育実ちゃんと話す。


「峰、今日の放課後、時間はあるか?」


「えっ? うん、まあ、どうせヒマだけど……」


「じゃあ、今日の放課後、ちょっと話さないか? お互いのカップル同士で」


「それって、ダブルデートってこと?」


「…………」


「桐生?」


「いや、すまん。とにかく、頼むよ」


「ああ……分かった」


 ちょっと、桐生の異変が気になりつつも、俺は頷いた。




      ◇




 放課後。


 静かな喫茶店に、俺たちは集う。


 学生でワイワイと賑わう、チェーンの店ではない。


 いわゆる、純喫茶というやつだろう。


「わ~、ここのケーキ美味しそう~。頼んでも良い?」


「育実ちゃん、この前の体育祭の打ち上げでバイキングに行って、しこたま食べたでしょ?」


「もうとっくに消化しているよ」


「この食いしん坊め」


「ふん、ヒョロガリくん、ちょっとは見習いな」


「くっ……」


 悔しいが、もはやカップル内で格差が生じてしまっている。


 今を時めくスターと、今も昔も陰キャぼっちくん。


 クソ、何だか悔しいな……


「峰、俵田さん」


 俺たちバカップルがおちゃらけていると、桐生がマジメな声で言う。


 その顔つきは、穏やかだけど……でも、どこか硬い。


 何やら、重大なことを言いそうな雰囲気だ。


 まさか、とは思うけど。


 育実ちゃんに告白しないよな?


 いやいや、あり得ない。


 だって、あんなお似合いで素敵な彼女がいるし。


 ていうか、今すぐとなりに座っているし。


「俺たち、2人に話さないといけないことがあるんだ」


「えっと……何かな?」


 俺はぎこちなく、聞き返す。


「実は、俺たち……本当は、付き合っていないんだ」


「…………はっ?」


 と、俺がキョトン、とする一方で、


「どええええええええええぇ!?」


 育実ちゃんがクソうるせぇ!


 お店の雰囲気が台無しでしょうが!


 いや、そんなことよりも……


「……桐生、お前もそんな冗談を言うんだな」


「ううん、冗談じゃないよ……なあ、花梨?」


「ええ……その通りよ」


 松林さんもまた、神妙な面持ちで頷く。


「おい、ちょっと待て。それじゃ、お前らは……」


「ああ、つまりは……偽装カップルだ」


「……何でまた?」


「お互い、利害が一致するから、手を組んでいた」


「利害? 手を組んでいた?」


 いきなりのこと過ぎて、もはや思考が追い付かない。


「一体、何の利害が一致したんだ?」


 俺が問いかけると、2人とも長い沈黙を放つ。


「……お互いに、本当に好きな相手に近付くっていう、利害が一致していた」


 やがて、桐生は絞り出すような声で言う。


「本当に好きな相手……? お前らの……?」


「ああ」


 おい、ちょっと待て。


 それって、まさか……


 バン!


 ビクッ!


 音がした方に顔を向けると、育実ちゃんがテーブルを叩き立ち上がっていた。


「……信じられない、こんなことってあるの」


 ぶるぶると震える育実ちゃんを見て、


「……すまない、俵田さん。俺、実は……」


「桐生くん、よっくんのことが好きだったの!?」


「…………えっ?」


 がっく~ん。


「ま、まさか、本当にBL本みたいな展開が……ぐへへ」


「おい、育実ちゃん。何を勝手なことを口走っているんだ?」


「だって、この重苦しい告白の雰囲気は、そういうことでしょ?」


「いや、あのなぁ……」


「ハッ、ということは、まさか……」


 育実ちゃんは、ギギギ、と松林さんに顔を向ける。


「かりんちゃん、本当は……わたしのことが好きだったの?」


 俺はショックだよ。


 自分の彼女が、ここまでバカだったなんて。


 まあ、そんなところが可愛くもあり、魅力なんだけど。


「……私ね、入学当初から、本当は……峰くんのことが好きだったの」


 その告白で、ようやく育実ちゃんが押し黙った。


「えっ……」


「中学時代から、いわゆるリア充よりも、いわゆる陰キャっぽい人が好きで……峰くんのことが、ずっと気になっていて」


「……マ、マジですか」


 さっき、桐生の告白の冒頭から、薄々とは感じていたけど。


 マジで、水面下でそんなラブコメ展開が……


「そして、俺も……俵田さんのことが、好きだったんだ」


 桐生が言う。


「…………」


 あまりの驚愕に、育実ちゃんは言葉を失っている。


「けれども、私たちが色々な障壁に阻まれている間に、峰くんと育実ちゃんが付き合ってしまって……」


「だから、俺と花梨で相談して、決めたんだ。偽装カップルになって、お前ら本物カップルに近付いて……何とか、略奪してやろうって」


「桐生……」


「……最低だよな、俺。ニコニコと、峰に近付くフリをして、本当は……」


 桐生は唇を噛み締め、顔をうつむける。


「……すまん、峰」


 信じられない。


 こんなイケメンが、俺に対して、頭を下げている。


「……いやいや、やめてくれよ」


 俺は慌てて、桐生に言う。


「確かに、お前らの告白は驚いた。ぶっちゃけ、俺も入学当初は、イケメンのお前のことを警戒していた。万が一、育実ちゃんを狙ったらって。でも、まさか本当に、お前も育実ちゃんを狙っていたなんて……」


「……すまない」


「いや、謝ることはないけど……」


「あと、もう1つ、謝らないといけないことがあるんだ」


「えっ、なに?」


「ほら、この前、お前が間違えて俺に動画を送っただろ?」


「あ、ああ……おい、まさか」


「すまん、あれ本当は、速攻で保存した」


「このドスケベ野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!?」


「うるさい、よっくん!」


 どべし!


「ごはっ!?」


 パワフルな一撃で瞬殺される。


「……お、おい、桐生」


 俺はテーブルに這いつくばりながら、


「まさか、それを脅しの材料にしようとしたのか? マジでNTRモノのヤリ◯ンムーブじゃないか」


「すまん、それはよく分からないけど……でも、脅しというよりも、純粋に気になったんだ」


「何が?」


「いや、お前と俵田さんが、どんなふうにエッチをしているのかなって」


「いや、まあ、その気持ちは分からんでもないけど……」


「ごめんなさい、峰くん、育実ちゃん。実は、私もその動画……見ました」


「……マジっすか?」


 俺の口から魂が抜ける。


 いや、だって、同姓の桐生はまだしも、異性の松林さんに見られる羞恥心たるや……


「マジで!? かりんちゃん、どうだった!? わたしとよっくんのおせっせは!?」


「おい、何でそんな前のめりなんだよ」


 俺はとなりのバ……ブ……育実ちゃんを睨む。


「だって、たまには第三者から意見をもらわないと。自己満足で終わっちゃうでしょ?」


「良いんじゃないかなぁ? 別にプロの男優・女優じゃないんだし」


「でも、よっくんって、おせっせ以外に取り柄ないし。もう、プロ男優になるしかないんじゃない?」


「おい、育実ちゃん。最近、自分がスターダムにのし上がっているからって、ちょっと調子に乗り過ぎじゃないか?」


「別に、そんなことないし。ただ、事実を述べたまでだよ」


「何だとぉ~?」


「何よぉ~?」


 初めて、俺と育実ちゃんは、ケンカ腰に睨み合う。


「ふ、2人とも、落ち着け」


「そうよ、どうどう」


 偽装カップルさんになだめられる。


「ふう、はあ……ごめん、よっくん。言い過ぎた」


「いや、俺の方こそ……」


「でもね、わたし的には褒め言葉なんだよ? だって、よっくんのエッチ、本当に気持ち良いから。特別にテクニックがある訳じゃないけど……何よりも、パッションがすごいから」


「ええ、それは私も動画を見て、感じていたわ」


「同じく」


「お、お前ら……この変態!」


「「「いや、君がね」」」


 2対2だったはずが、いつの間にか1対3になっていた。


 まさか、こんな所でまで、ぼっちを痛感するハメになるとは……


「……ていうか、何の話だっけ? いつの間にか、俺イジメになっていない?」


「あ、いや、すまん……俺たちの懺悔ざんげの時間だったよ」


「ごめんなさい……」


 美男美女はまた、2人して神妙な面持ちになる。


「ただ、さっきの話には、まだ続きがあるんだ」


「続き……」


「ああ。確かに最初、俺たちはよこしまな企みで、お前らに近付いた。けど……そうして接している内に、いつの間にか好きになっていたんだ……峰のことが」


「うほっ! やっぱり、BL!?」


「いや、そういう意味じゃなくて……純粋に、友達として……俺は峰が好きだ」


「き、桐生……」


 何、これ、この気持ち。


 ちょっと、桐生きゅん、なんて呼びたくなっちゃう。


 ダメダメ、マジでBLコースに入っちゃうから。


「……私も、同じく」


 松林さんは、上目遣いに育実ちゃんを見る。


「最初は、育実ちゃんのことが羨ましくて、憎くて、どうしようもなかったけど……今は、大好きって気持ちが溢れているの」


「かりんちゃん……」


「……も、もちろん、友達として」


「うん、大丈夫。ちゃんと分かっているよ」


 育実ちゃんは微笑み、そっと松林さんの手に触れる。


「わたしも、かりんちゃんのことが好き。だから、これからも良きお友達でいましょう?」


「ほ、本当に? こんな私のこと、気持ち悪くて、嫌いにならないの?」


「ならないよ~。だって、一緒に全力で戦った仲じゃない」


「育実ちゃん……」


 あれ? 何か、松林さんの目、ちょっとガチっぽいけど。


 これ、まさかの百合展開にならないよね? ねっ?


 まさか、今度はそっちのNTRの危機が!?


 やばい、そう考えると、やっぱりこいつらとは、これを機に縁を切って……


「えへへ、嬉しいなぁ」


 ……育実ちゃん、嬉しそうに笑っている。


 この笑顔、守りたい。


 俺は彼女よりも、ずっとひ弱な男だけど……


「……許すよ」


 俺はひとこと、そう言う。


「桐生も、松林さんのことも……俺は許す」


「わたしもだよ」


「2人とも……ありがとう」


「本当にありがとう」


 桐生と松林さんは、涙目になって言う。


 うん、まあ……アレだな。


 確かに、こいつらはその仮面の下で、クズムーブを決めかけていたけど。


 それでも、根っからのクズって訳じゃないし。


 何なら、俺らと同じように。いや、それ以上に悩み多き、思春期のボーイ&ガール。


 だから……


「……友達になってやるよ」


 照れながらも、俺はそう言う。


「って、何でやねん」


 べしっ。


「……おい、育実ちゃん。今のツッコミはさすがに意味不明だぞ!?」


「だって、この美男美女に対して、何でよっくんの方が上から目線なの?」


「えぇ~? だって、俺たちもう友達だし、そんな上下関係とか……」


「よっくん、この際だから、ハッキリ言っておきます」


「あ、はい」


「君が偉ぶれるのは……ベッドの上だけです」


「……首をくくろう」


「って、ごめん、ごめん! 冗談だから~!」


 先ほどの桐生と松林さん以上に涙目になる俺を見て、育実ちゃんが慌ててフォローをする。


「何ていうか、ほら。よっくんて、本当に可愛いからさ。ついつい、いじめたくなっちゃうの」


「うん、まあ、その気持ちは分かるよ。俺も、本当は育実ちゃんにデブとかブタとか言って、いじめたいし」


「ふざけんな」


 どごぉ!


「……あばら2、3本……イッたかも」


「ふん、わたしはいつもイッているよ……育実いくみだけにね♪」


 う、うぜぇ~!


 このぽっちゃり女、マジで料理して食ってやろうか~!


 けど、やっぱり可愛すぎるんじゃ~!


「ていうか、もうすぐ夏休みだし。この4人で遊ぼうよ」


「うん、遊びたい」


「でも、良いのか? 峰と2人きりで、カップルで過ごしたいんじゃない?」


「大丈夫だよ。ダブルデートってことで」


「えっ? いや、私たちは……」


「まあ、今後のことは、ゆっくり考えて決めれば良いよ」


「育実ちゃん、ちょっと巻き気味じゃない?」


「そんなことないよ?」


「ていうか、さっき言っていたケーキが食いたいんだろ?」


「……バレたか」


「もしかして、さっきの真剣な話の時も、ずっとケーキのことばかり考えていた?」


「そんなことないもん。フィフティフィフティだよ!」


「半分も考えているじゃねえか! この食いしん坊ブタめ!」


「あぁ~! ブタって言った! よっくん、首絞めるよ!」


「やめろ! どうせ殺すなら……その乳で圧殺あっさつしてくれ」


「ねえ、桐生くん。こんなキモスケベ野郎と友達になるなんて、やっぱりやめた方が良いんじゃない?」


「う、うるせーよ、ブ……」


「ぎろっ」


「……たんと食べよう、ケーキを」


「はーい♪」


 速攻でご機嫌になる育実ちゃん。


 松林さんと桐生は笑っている。


 何だかんだ、俺も笑っていた。







*何か最終回っぽいけど、まだ続きます。







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