第35話 陽から陰

 夏に海に来るなんて、いつぶりだろうか?


 恐らく、小学生の頃、家族で来て以来だ。


 俺みたいな、ひ弱な陰キャが海に来るなんて、それくらいのきっかけしかない。


 間違っても、リア充のごとく、可愛い彼女と一緒に海に来ることなんて、ありえない。


 そう思っていたのだけど……


「海だー!」


 乳もデカけりゃ、腹もデカく、尻もデカく、声もデカい。


 ちなみに、アレの時の声も、デカい。


 そんな我が彼女、育実ちゃん。


 この前に買った、おニューの水着が眩しい。


 いや、それはあくまでも、彼女の魅力を引き立てるアイテムに過ぎない。


 あの、暴力的なまでに魅惑的な、豊満ワガママボディを光らせるための。


 現に……


「……おい、あの女、エロくないか?」


「いや、デブというか、ブタじゃん」


「でも、実際問題、ああいうのが、1番シ◯れるだろ?」


 ……ビーチのやんちゃの男どもの、そんな囁き声が聞こえて来る。


 やはり、育実ちゃんのボディは、どこでも通用するというか、注目されてしまう。


 恐らく、彼女だけだったら、今ごろチャラ男にナンパされまくりだろう。


 しかし……


「ふぅ」


 さらに、ひと際、目を引く美少女がいるから。


「「「「「うっひょ~!?」」」」」


 彼女もまた、持ち前のアイドル的魅力が、どこでも通用するし、注目されてしまう。


「かりんちゃん、やっぱり可愛いね~。あと、すごくスタイルが良い」


「ありがとう、育実ちゃん。でも、あなたこそ、すごく……魅力的よ」


「やだ、もう。わたしなんて、デブなだけよ。って、誰がデブやねん!」


 どべし!


「おふっ!?」


 なぜか、理不尽なツッコミが俺に飛んで来た。


「あ、ごめん、よっくん。ていうか、何でブーメランじゃないの?」


「いや、だって、ハズいから」


「もう、よっくんの存在自体が恥ずかしいんだから、今さらだよ」


「…………」


 このブタ彼女め、最近ますます、俺に対するディスりがひどくないか?


 まあ、俺もそうだけど。


 もちろん、これは俺たちにとって、立派な愛情表現である。


「さて、何をしようか?」


 俺とは違い、先ほどから通り過ぎる女子の目線をハートマークにするイケメン、桐生が言う。


「う~ん……俺、パラソルの下で荷物番をしているわ」


「よっくん……そんなんだから、モヤシなんだよ」


「ふん、そのモヤシにいつも、ベッドの上でヒィヒィ言わされているのは誰だろうね~?」


「う、うるさいなぁ。よっくんなんて、所詮はおチ◯ポ以外、何も取り柄がないんだからね」


「ま、まあまあ、2人とも。公衆の面前で、下世話なことを言うのはやめよう」


 桐生にたしなめられる。


「もう、よっくんのせいだからね」


「元はと言えば、育実ちゃんが俺に嫌味を言うからだよ」


「はいはい、ケンカはそこまで」


 松林さんが仲裁に入る。


「峰くん、のんびりしたい気持ちは分かるけど、本当にそれで良いの?」


「えっ?」


「だって、君は育実ちゃんがNTRされるのが心配なんでしょ? だったら、ちゃんとそばについていないと」


「ああ、そうだけど……そばにいたところで、俺みたいなガリヒョロが、海のヤンチャ兄ちゃんたちに敵う訳がないから……」


「おい、峰」


 桐生が呼ぶ。


「男にとって、大事なのはハートだ。例え、お前が弱くても……その強い気持ちさえあれば、きっと大丈夫だ」


「桐生……」


 不思議だ。


 女どもにやいのやいの言われても、あまり気乗りしないのに。


 仲の良い男友達に言われると、何だかその気になって来る。


 もちろん、これは育実ちゃんが好むBLでは決してない。


 もっとちゃんとした、純然たる男の友情だ。


「……ああ、そうだな」


 俺は頷く。


「とりあえず、せっかく海に来たんだから、海に入ろうか」




      ◇




「……すっげ」


 ぷか、ぷか、と浮かんでいる。


 余りに余った、お肉ちゃんが。


「これもう、浮輪とかいらないな。育実ちゃんがいれば」


「よっくん、ぶち殺すよ」


 育実ちゃん、体育祭にて、パワフル女子として覚醒したのは良いけど。


 その分、ちょっと凶暴性が増している。


「冗談でも、女の子がそんなこと言っちゃダメだよ」


「じゃあ、おっぱいで窒息させる」


「それはサイコー」


 ていうか、気が付いたんだけど……


 海にもぐっていれば、ナンパされる危険性がなくなる。


 何なら、今ここで……


 ぷにっ。


「あっ……」


 ぷにっ、ぷにっ。


 俺はボタンを押す要領で、浮かぶ育実ちゃんの胸を押す。


「ちょ、ちょっと、よっくん……」


「いや、ごめん。育実ちゃんのパイオツがエロすぎて……」


「パ、パイオツとか言わないで……」


 俺はもはや、育実ちゃんの顔を見ていない。


 まるでおっぱいが彼女の本体、顔であるかのように会話をする。


「どう、気持ち良い?」


 ぐにゅっ、ぐにゅっ。


 少し、強めに指を沈ませると。


「んあッ!?」


 ここぞとばかりに、俺はさらに攻め立てる。


 ぐにゅっ、ぐにゅっ。


「んくッ……!」


 育実ちゃんは、手で口を押えて必死に堪える。


 けど、俺はやめてやらない。


 ここ最近、ちょっと調子に乗り過ぎて、俺に対するディスがひどいから。


 何ならこのまま、エ◯マンガのごとく、海の中で合体しちゃおうかな~……


「2人とも、どうしたの?」


 けど、そんな俺のゲスな企みは阻まれてしまう。


 恐らく、ここしばらく、育実ちゃんにゾッコン百合モードセンサーが発動したんだろうか。


「ま、松林さん……何でもないよ」


「そう? でも、育実ちゃん……何かぐったりしていない?」


「はぁ、はぁ……」


「いや、ちょっと疲れただけだよ。ご覧の通り、ぽっちゃりちゃんだから」


「ふぅ~ん?」


 松林さんは、純情なアイドルフェイスから一転、少し蠱惑的な雰囲気を醸し出す。


 纏っているビキニは、ピンク色なのに……


「……峰くん」


「は、はい?」


「あまり、おイタをしちゃ……ダメよ?」


 ゾクゾクゾク、と背筋を何かが駆け抜ける。


「どうしても、我慢が出来ないなら……私が相手をしてあげましょうか?」


「あ、いや、その……ていうか、松林さんには、桐生が……」


「大丈夫、祐介くんとは今のところ、半カップル、半セ◯レみたいな感じだから」


「お、大人……なのかな?」


「どうだろうね?」


 くすっ、と妖艶に微笑む。


 まずい、これ以上まともに向き合っていたら、俺の心臓が止まってしまいそうだ。


「おい、花梨」


 すると、今度は桐生がそばにやって来た。


「峰も悪気がある訳じゃないし。何なら、カップル同士、楽しませてあげたらどうだ?」


「き、桐生……」


 やばい、俺マジでこいつのことが好きになりそうだ。


 もちろん、変な意味ではなくて……


「……でも、私って意外とお喋りというか、お節介焼きだから。このまま、グチグチと喋り続けちゃうかも」


 そう言いつつ、松林さんは桐生に流し目を向ける。


 すると、桐生は何かを悟ったように頷く。


「……分かったよ」


 おもむろに、松林さんを抱き寄せたかと思うと……キスをした。


 マ、マジで……?


 ていうか、美男美女のキスシーンとか……やっぱり、見ごたえがあるわ。


 自分たちでするのはもちろん気持ち良いけど。


 他人のエッチ行為を見るのって……何かメッチャ興奮する。


 しかも、それが知り合い、友達なら、なおのこと。


「わ、わぁ~……」


 育実ちゃんも、すっかりテンパっている。


「桐生くんって、顔と同じで、きれいなキスをするんだ」


「むっ……」


 ちょっと、聞き捨てならない一言が聞こえた。


「……どうせ、俺はキスもエッチも下品だよ」


「そ、そこまでは言ってな……むぎゅっ!?」


 この後のことは、描写できない。


 とりあえず、俺は生意気な育実ちゃんの唇に吸い付き。文句ごとぜんぶ吸い尽くした。




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