第27話 モンスター

 宣言通り、体育祭に向けて、育実ちゃんのプチダイエットを開始した。


「えっほ、えっほ」


 だっぷるん、だっぷるん。


「…………」


 これ、やべえな。


 長袖ジャージでも抑えきれてないぞ。


 その乳のダイナミックな揺れを……


 そして、すれ違う野郎どもが、俺の肉天使ちゃんを……


「……ぐぎぎ」


「よっくん、どした!? 血の涙を流すのは、なけなしの貯金をはたいてわたしのスポブラを買う時じゃないの?」


「いや、ちょっとね……」


 俺は唇を噛み締め、周りを睨み付けながら言う。


 そんな憤怒の彼氏くんをよそに、育実ちゃんは意外にも軽快な足取りだ。


「えっほ、えっほ」


 その足取りを見るに、運動神経は悪くないようだ。


 そうか、育実ちゃんはいわゆる、動けるデ……何でもありません。


「あっ、自販機だ」


 育実ちゃんは過敏に反応する。


「ねえ、よっくん。ちょっと休憩しない?」


「いや、まだ走り始めて5分も経っていないよ?」


「大丈夫、これからのハードトレーニングに備えて、栄養補給をするだけだから♪」


「…………」


「いま、だからデブなんだって、思ったでしょ?」


「いや、そんなことは……」


 俺は口笛を吹いて誤魔化すけど、育実ちゃんは笑顔のまま睨みを利かせる。


「ど、どれが良い? おごるよ」


「わーい♪」


 ああ、こうしてダメカップルになって行くんだなぁ。


 ちょっとは、松林さんと桐生のカップルを見習わないと。


 あいつら2人とも、意志が堅くて、くだらない欲望に振り回されないだろうし。


「じゃあ、この『おしるこ』で」


「って、この時期に!? しかも、あるのかよ!?」


「ポチッとな」


「ちょっ、まっ……」


 制止する間もなく、カロリーモンスターを召喚する、カロリークイーン様。


「いただきまーす♪」


 育実ちゃんはニッコニコでプルタブを開け、おしるこ缶をぐいと飲む。


「くぅ~! あったかいこの時期に飲むおしるこも、なかなかに乙なもんだよ」


「それは良かったね」


「ん? よっくん、どした? 元気がないぞ?」


「いや、はは……」


「もう、仕方ないなぁ」


 育実ちゃんはそう言って、


「はい、ちょっと飲んでも良いよ」


「えっ?」


 飲みかけのそれを差し出されて、俺は困惑する。


「何よぅ、照れているの? もう散々、ベロチューとかしているのに」


「おい、公衆の面前でエロワード放つな」


「良いから、飲むならさっさとして?」


 そう言われて、俺は目の前のそれを見て、ゴクリと喉を鳴らす。


 ぶっちゃけ、飲みたい。


 決して、彼女みたいにデブ思考から来る欲望ではなく。


 純然たる性欲によって。


「……いただきます」


「うむ、くるしゅうない」


 元は俺が買ったのに、偉そうだな。


 まあ、そう言う所も、可愛いんだけど。


 俺はドキドキしながら、そっと飲み口に触れる。


 ゴク、ゴク、ゴク……


「……うまっ」


「エッチ♡」


「いや、何で? 純粋におしるこが美味いって言ったんだよ?」


「だとしても……変態♡」


「育実ちゃん、たまには俺が殴っても良い?」


「良いよ。倍返しするから」


「……DV男って、良くないもんね」


「そうだよ♪」


 もう、色々な意味で、この彼女には敵わないと思った。




      ◇




「……う~ん、むずいなぁ」


 夜。


 俺は自室にて、唸っていた。


 ただ、頭脳労働をしている訳ではない。


 日中、育実ちゃんと運動したにも関わらず、また体を動かしていた。


 というのも、体育祭にて、踊るダンスを覚えないといけないから。


 俺たち一般生徒は、応援団の人ほど難しい振り付けはないけど。


 陰キャでさして運動が得意じゃない俺にとっては、難しい。


 ただ、大勢で踊る訳だし、ちょっとくらい出来なくても、良いかなと思ったけど……


『よっ、ほっ、はっ』


 動けるデブな育実ちゃんのダンスを見ていたら、彼氏として俺も……なんて。


 あ、デブって言っちゃった。まあ、良いか。


「う~ん、ていうか、誰か見本にした方が良いかな~? 育実ちゃんに頼むのが手っ取り早いけど……ちょっと、体型が違い過ぎるからなぁ」


 と悩んでいた時、ふとある人物の顔が浮かんだ。


 以前なら、絶対に交わることのなかった存在。


 恐れ多くも、今は少しだけ、仲良くしてもらっている。


 そんな奴に、こんな夜遅くだけど、頼んでみた。


『桐生、頼む。俺にダンスを教えてくれ』


 半ば、祈るようにメッセを送った。


 すると、思った以上に早く、レスポンスが来た。


『どうした、峰? こんな遅くまで練習していたのか?』


『うん、そうなんだ。でも、なかなか上手く行かなくて』


『そうか……良ければ、俺が見本を送ろうか?』


『えっ、良いのか?』


『うん。ちょっと、動画を撮るから。5分ほど、待ってくれ』


『あ、ああ。いくらでも待つよ』


 そう言って、きっかり5分後、桐生のダンス動画が送られて来た。


『すげえ、桐生。実行委員で忙しいのに、もうこんな完璧に……』


『はは、峰にだって出来るさ』


『そ、そうかな……』


『良ければ、後で中間報告というか、練習の成果を送ってくれ。その方が、俺もアドバイス出来るだろうし』


『うん、分かった。桐生、本当にありがとう』


『どういたしまして』


 俺は熱が冷めない内に、桐生の動画を参考にしながら、小一時間ほど練習してみた。


「……よし、良い感じだぞ」


 練習中、動画を回していた。


 俺は言われた通り、動画を添付してメッセを送る。


 ふう、何か緊張するな。


 でも、精一杯、がんばったし……


「……んっ?」


 その時、俺はふと気が付く。


 桐生へのメッセに添付した動画。


 それは、先ほど撮影した、ダンス動画ではない。


 別の動画になっていた。


 それは、まさかの……


「はああぁ……!?」


 思わず叫びそうになって、無理やり声を絞り取った。


 俺は速攻で、メッセを削除する。


 あれ、ていうか、既読ってついていた?


 やばい、まさか、あの動画を……


 この前、俺と育実ちゃんが、ノリで撮影した……ハ◯撮り動画を見られてしまったのか!?


 みなぎるような赤みから一転、俺はきっと青みがかっている。


 震える手で、メッセを送る。


『……き、桐生。さっき送った動画はその、間違えで』


 すると、


『えっ? ああ、ごめん。文面は読んだけど、ちょっと眠いから、動画はまた明日にチェックしようと思って』


『じゃ、じゃあ、見ていないのか?』


『うん。いま、送り直してもらった方は、見ても大丈夫か?』


『イ、イエス』


『了解。じゃあ、また明日に見させてもらうよ』


『お、おなしゃす』


『おやすみ』


 やり取りを終えると、俺はスマホを持ったまま、ガクリとうなだれる。


「……死ぬほど焦った」


 まあ、男子同士だから、万が一、ハ◯撮りを見られたとしても、ワンチャン、セーフ……じゃないか。


 ていうか、それってもう、エロマンガだと、NTRコースじゃん。


 まあ、桐生は良いやつだから、仮にそうなったとしても、大丈夫だろうけど。


「……寝よ」


 今日は心身共に疲れ切っていた。




      ◇




 峰、お前は本当に、俺の想像を超える、すごいやつだな……


『育実ちゃあああああああああああぁん!』


『ああああぁん! 峰くんしゅごいいいぃ!』


 まさか、こんな……悪いけど、速攻で保存させてもらったよ。


 正直に言って、これは極上の……オカズだ。


 とは言え、同時にものすごく……毒薬でもある。


 俺が熱狂して止まない、俵田さんのエロい姿を拝みつつも。


 その彼女をアンアン言わせているのが、俺じゃなく……お前だから。


 入学してすぐ、俺が良いなと思った女子を、お前に奪われた。


 恐らくだけど、俺以外の男子たちも、実は密かにムラついていた。


 けど、実際に行動に移すことはなく。


 そんな中で、お前は本当に上手いことやった。


 心底、羨ましいよ……


「……はぁ、はぁ」


 クソ、オ◯ニーなんて、しばらく我慢していたのに。


 とうとう、我慢しきれなくなった。


 その瞬間は、気持ち良いけど……


 終えた直後、すぐに虚しくなる。


 信じられないだろ?


 一応、俺には誰もが憧れる、素敵な彼女がいるのに。


 まあ、お互いに本気で好き合っている訳じゃない。


 あくまでも、協定関係な訳だけど。


 そうだ……


「……すまん」


 俺はそう言って。


 その動画を、花梨にも送った。




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