異世界領都誕生編 第27話 暗中模索
あれからカエデは終始不機嫌になっていた。
甘いもので釣ろうとしたが、箸にも棒にもかからない。
帰る時にも「次に来る時には、女狐を連れてくるのじゃ」と言われたけど、西園寺の都合だってあるだろうに。お陰で治癒魔法や回復薬のことは全く聞けなかった。
西園寺にどう説明すれば良いのやら。
今からもう気が重たくなってくる。
俺としては西園寺も村の子供たちも、娘のように分け隔てなく接しただけなのに。カエデにもその事を伝えると「名付けた本人がそれを言うか!」と余計にガミガミと怒られた。ちょっと理不尽すぎる。
仔猫を拾ってきた感覚だと思われたのだろうか。
まぁ下心が無かったかと言えば嘘になる。
そこら辺を見抜かれたのかもしれないな。
兎にも角にも行動しなければ始まらない。
とりあえず西園寺に休日の予定を聞いてみるかと思い、NINEを送ると直ぐに返事が来た。今働いている会社に未練は無いらしく、いつでも休暇は取れるので都合は合わせるとのことだ。
早速、次の土曜日に会えないかと連絡する。
用件は治癒魔法に関して会わせたい人が居ると正直に送ってみた。
ややあって西園寺から返信が来る。
少し食い気味に脚が治るのかと聞いてきたが、先方が一度会いたいと言っているから、まずはそこからだと伝えておいた。
まぁカエデの気分次第だからな。俺は怒らせてしまったが、西園寺を会わせたら態度が軟化するかもしれない。そこはもう成り行きを見守るしかないので、西園寺に任せよう。
ただなぁ……高速に乗って岐阜の山奥に行くんだよな。
いくら西園寺が知り合いと言っても、女性一人をそこまで連れて行けば不安に思われるんじゃないかと心配になる。
西園寺が俺に対して全幅の信頼を置くのなら話しは別だが、普通なら通報されてもおかしくない案件だ。どうするべきかと悩む。
うーん。多少煩わしいけど、先に異世界に行って誰かを連れてくるしかないか。その後で西園寺を迎えに行けば問題無いだろう。
二人きりというのは性にあわないし、またカエデに浮気だと判断されかねない。それならもういっそのこと三人以上にしてしまおう。
どうせ西園寺に異世界の存在がバレるんだ。早いか遅いかの違いでしか無いのなら、徹底的に有効活用させてもらおうじゃないか。
そうして迎えた当日。俺は朝早くに起きて準備をする。
まずは異世界に行って、誰かを連れてこないとな。
事前に説明をしなかったので急にはなるが、誰か一人くらいは連れて行きたいところだ。
朝五時に出発して、東海北陸自動車道から岐阜に向かう。
この高速道路はいつも空いているので走行しやすい。
追越車線を営業車がビュンビュンと走ったり、ギリギリで追い越してくる不慣れなトラックに注意したりと。
うんうん。いつもの日本の光景だ。
しばらくすると関や美濃を超えたので、目的地で高速を降りる。山道からが本番だ。
それにしても良くこんなところまで、タクシーで来たもんだ。
あれは確か歓迎会シーズンの四月上旬だったか。
今は六月上旬だから、異世界に来てからもう二ヶ月か。
長いようで短い気もするが、俺のクレジットカードとETCの利用履歴がしっかりと時を刻んでいる。少し自己主張が激しいくらいだ。
まさかタクシーで長距離のお客さんを拾ったら、こんなに金が掛かるとは思わなかったな。運賃が一万円代の仕事はしばしばあっても、二万円を超える仕事は滅多に無い。もちろん地域によって異なるが。
カエデとの出会いはプライスレスだけど、何か金策を打たないとそろそろヤバい。
節制を貫こうと思ったのに、カエデが来てからというもの、いつの間にか贅沢をし過ぎている。初期投資は仕方ないにしても、いよいよ真剣に交易を考えないと。このままでは俺の貯蓄が一年も持たない。
行商人ももうすぐ帰ってくると聞いたのに一向に帰ってこないし。慣れない日本語を使うルルーナの言ったことだからな。
ああいう場合はまだもうちょっと掛かると言ってくれよ。どれだけ交易材料を持ってくるのを急いだか。
そんな風に考えながら山道を抜けて異世界まで来ると、景色が森に変わった。もはや森林道を走行するのも慣れたもんだ。
しばらくするとカエデの里まで到着した。
「さて、誰を連れていこうかな。順当にいけばカエデなんだけど……」
そうは言いつつも、恐らくカエデはまだ起きていないだろう。
研究気質なのか、昔から夜更かしをするのが基本みたいだし。子供たちにコソッと聞いたが、今は夜遅くまでアニメを見るのが日課なんだとか。
まぁそれで日本語を早く覚えてくれるのなら別に良い。
カエデは除外するとして、他を誰にするか。
そうして村の入口で悩んでいると、不意に右側にある小屋のドアが開いた。中からパジャマ姿のマキナが出てくる。
そういえばマキナの家って、村の入口からすぐだったな。俺が村にいない時は、子供たちは全員自分の部屋で寝てるんだったか。
俺を視認してから、マキナがふらふらと近づいてくる。
「……うにゃあ?」
「悪い悪い。車の音で起こしたか?」
「まだ眠いー。けどもう起きるー。でも眠いー」
マキナが眠たそうに眼を擦る。どっちだよ。
そのままにしておいたら寝そうだな。
でもちょうど良いか。マキナなら俺に懐いているし大丈夫だろう。
よし、君に決めた。
「これからまた日本に戻るんだけど、マキナも一緒に来るか?」
「ニホン? 二本? 日本。……行く!」
「よし、そうと決めたら貼り紙をしておくか。昼には戻ると書いておけば大丈夫だろ。よし、マキナ。三十秒待ってやるから、着替えてこい!」
「着替える! 了解!」
マキナが敬礼して家の中に戻っていく。元気そうで何よりだ。
とりあえず村の入口から二番目に近い、ハルカの家にメモを貼ってと。聡い子だからすぐに気づくだろう。
念の為にと、マキナの家の玄関にも貼っておく。
そうしている間にマキナの着替えも終わったようだ。
赤いワンピースに、何故か腕にはペンギンのぬいぐるみを抱えている。
あと靴下も履いてないな。まだ寝ぼけていそうだ。
「惜しい。実に惜しいぞマキナ。だがもう時間が無いから、それで行くか」
マキナがどこがおかしいのかと首を傾げるが、どうせ車から外に出る用事もない。ぬいぐるみも車で寝るための枕だと思えば良いか。
他に忘れ物は無いかとチェックしたあとに、マキナを助手席に乗せてシートベルトを締める。
そうして村を抜け出して、俺はマキナを連れて日本に再び戻っていく。
村から離れるとマキナはずっと外を見てはしゃいでいた。
恐らく今まで村の外に出たことが無いのか、景色が新鮮に見えるのだろう。
マキナがシートベルトを外さないか不安だったが、高速に入るとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。朝が早かったのもあるし、同じ景色が続くので見飽きたのだろう。
夜遅くまで起きていたのか、マキナは西園寺家に着くまでずっとスヤスヤと眠りについていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます