異世界領都誕生編 第14話 幕間 舞い散る木の葉
広大な森を領土に持つノワール。
聖樹の森を中心に共和国として栄えてきた歴史があり、地理としてはリコッツ王国とメデス帝国の北部を挟むような位置にある。
初代女帝カーラが築き上げた支配地域で、今はカーライル14世が代表として統治をする多種族国家。人口は10万人と少ないが、その人口のほとんどは精霊族と呼ばれるエルフが生活を営んでいる。
精霊族は多種族よりも魔力に秀でた者が多く、戦いには滅法強い。
また領土自体も森に囲まれており、密林地帯には河川が菱巡るように流れている。森の中央部にある水都までたどり着くには、河川を幾度も越えなければならない。その構造もあってか、攻めてくる他国はここ数百年ほど皆無であった。軍事力と防衛力を兼ね揃えた、まさに天然要塞とも言える国家。
それがノワールであった。
広大な森の中央に位置する水都にはノワールの首都があり、共和国の繁栄を象徴するかのように建物が立ち並ぶ。また水都には必然と交易都市と言えるくらいに人が集まるため、中央の中洲にあった森林は居住区として全部切り開かれている。その影響もあり水都を上空から見ると、まるで森林地帯にぽっかりと穴が空いているように見えるので、カエデみたいに空を飛べる者には目印になりやすい。まさに自然と社会が共存しあったような土地とも言えよう。
そんなノワールの首都にある城の一室にて。
絢爛豪華な部屋。そしていかにも豪奢なテーブルを境にして、対面する二人がいる。
片方はカエデだ。直立不動の姿勢で立っている。そしてもう片方は、ノワール14代目国王カーライルが、穏やかな笑みを浮かべて対座していた。
カエデが居住まいを正して慇懃に話し出す。
「このたび、陛下におかれましては……その、その、なのじゃ」
「よしてくださいよ。ここには余と伯母上しかいませんから、堅苦しい言葉は抜きにして話しましょう。どうぞ座って下さい」
苦笑をこぼしながらカーライルが着席を促す。
カーライルにとって、カエデは信頼出来る間柄のように見て取れる。
それもそのはず、彼にとってカエデは母親の姉の身分。伯母であり、親族そのものなのだ。先代女帝のカエデの妹が亡き今は、こうしてカエデを相談役として迎えている。
「そ、そうかえ? いやいや、久方ぶりに会うたからの。気が変わっとらんか心配だったんじゃよ。元気にしとったかえ?」
「おかげ様で。伯母上も元気そうで何よりです」
「うむうむ。こうして会うのは、カーライルが即位して以来じゃったかな。いやはや、実に立派に国王を務めておるわ」
「いやいや。まだまだ余など、ひよっ子も良いところですよ。伯母上の謁見要請が無ければ、今頃報告書にも気づきませんでしたからね」
「まぁ急ぎの用じゃったからの。今回は相談役と言う立場を利用させてもらったわっと……」
緊張を解したカエデが座ったのを見て、カーライルが軽く会釈をする。
カーライルが即位して程なく、カエデは城を離れて住居を水都にある貴族街へと移した。カエデは伯母という立場だ。城内にいるとあらぬ誤解を受けやすいので身を引いた形だ。
相談役として助言はするが、好きにさせて欲しい。傀儡を疑われるので城には来ない。
そう言ってカエデは貴族街にある屋敷に篭もり、二ヶ月に一回のペースで聖樹の森を見回る生活を送っていた。政務官の仕事を優先して、結局は今まで相談役としての重責を果たしてこなかったカエデだったが、自身が担当する村で異変があったので意を決して会うことにしたのだ。
行事や祝辞で国王を見かけることはあったが、対面でこうして会うのは久しぶりになる。
カエデが紅茶を優雅にすすぐと、カーライルから本題に入った。
「例の共同管理地における騒動ですが……すみませんでした。伯母上には辛い思いをさせてしまったようで。先代の母上の御願いとはいえ、損な役回りだったんじゃないですか?」
「なーに。この程度のこと、造作も要らぬわ。そもそも当時は結界を張れるのがわらわだけじゃったし、あの場所を担当するのも仕方ないゆえ。政務官として当然のことをしたまでよ」
「ほとんど飾りの役職ではあったんですがね……。まさか聖樹の森の端がこんな最期を迎えるとは思ってませんでした。自然に無くなるものだと、母上もおっしゃっていたんですがね」
「あやつも病気にならなければ、今頃は三人で語り合えたんじゃがの。さすればあの村を発展させる方法も思いついたかもしれんのに……本当に死ぬのが早すぎたわ」
カエデがしみじみと、遠くを見るような目で嘆息する。
本来ならノワールは、女性が国家を治めるのが慣例だった。
しかし、先代女帝が病気で崩御してしまった為に、第一子であるカーライルが重責を任されている。男系が継ぐ事には国家としても混乱を期したが、王位継承権を持ったカエデが早々に自分の継承権を放棄してカーライルの支持を表明した為に、今では国政も落ち着きを取り戻しつつある。先代女帝が突如崩御したこともあり、一代限りの男系の国王ということで他の貴族にも納得してもらった形だ。
カエデはその間に自身の屋敷に篭もり、魔法や医療について研究する毎日を送っていた。その傍らで二ヵ月毎の頻度で聖樹の森に行き、森林道を清掃したり共同管理地の状況を確認したりの生活。穏やかであり、実に平和な日々を過ごしていた。
だが、そんな循環周期にピリオドを打ったのが、昨日の出来事であった。村の住民が居なくなった騒動は、カエデが見回りに来なかった空白期間の隙をつかれて発生した。
「ところでカーライルよ。今回の件、お主ならどう見るかえ? リコッツの徴兵命令によるものか……それともメデスの仕業か」
「おそらくはメデスでしょう。たまたまあちら側に人が流れていくのを軍部で見た者がおりましてね。おそらくリコッツとの盟約を知った上で、かの村に訪れたことがある者を使って陥れたんだと見ています」
「やはりそう思うか。村の者から聞くに、見知った事務官では無かったようじゃからのぅ」
村の住民が居なくなった原因は、連れ去られたことによるもの。現場にいた子供たちからも、そう聞いている。理由は徴兵という安易な内容だが、本来の領土であるリコッツ王国の命令なので従わざるを得ない。だがカエデには、それがどうしても信じられなかった。
リコッツ王国とノワールは、数百年前から友好条約を結んでいる。
先代女帝であったカエデの妹が制定した条約は、『聖樹の森の外側に両国家の貿易拠点として友好の場を作る』と言った内容だった。それが宿場町であった今のカエデの里だ。
だが、それを良しとしない者も居た。当時のメデス帝国だ。
数百年前は、リコッツ王国とメデス帝国の境界にある山脈を大幅に迂回するしか交通手段は無く、互いの国交も途絶えていた。
そこで当時のメデス帝国の西部領に位置する領主がノワールを訪れ、『不戦条約を結んだ上で、聖樹の森の端をメデス西部領と繋げさせて欲しい』と提案したのだ。
云わば、ノワールとリコッツ王国との友好条約で作ろうとした宿場町に、メデス帝国が乗っかった形だ。そうしてリコッツ王国とメデス帝国を繋ぐ交通路が出来て、国交を結んだ経緯がある。
それから数十年、数百年は何事もなかったが、しばらくして山脈にトンネルが出来ると異変が起きた。メデス帝国が代替わりして、富国強兵政策が取られたのだ。そこからはリコッツ王国とメデス帝国の小競り合いが続き、遂には戦争にまで発展した。
ノワールとしては対岸の火事だったので、今までずっと戦争には関わってこなかった。ただ、最終的には友好国であるリコッツ王国を助けるつもりではあった。ところどころで物資を送ったりもしていたのだ。
だがそれをメデス帝国は面白く思わなかったのだろう。強国であるノワールの参加を絶対に阻止せねばならなかった。
そこでメデス帝国が目をつけたのは、過去の盟約の隙をつくことだった。
リコッツ王国とノワールとの盟約は「友好条約」。
対して、ノワールとメデス帝国との盟約は「不戦条約」。
それを利用してメデス帝国は一つ、騙し討ちを実行する。リコッツ王国の事務官を装うことで、宿場町にいる者を徴兵として連れ去ったのだ。そうすることによって、ノワールとリコッツ王国の友好条約を潰そうとするのが狙いだろうと、カエデは目下そう睨んでいる。
敵になりすまして村人を騙し、相手国に不信感を募らせる。現代で言えば偽旗作戦だ。
この場合は第三者であるノワールまで戦争に巻き込もうとしているのか。それともこのままで終わらせるのか。
いずれにせよノワールとしてはメデスには手を出せない。不戦条約のせいもあるが、共同管理の土地なので自国の領土とも言えず、攻められたわけではないからだ。
カエデがしてやられたと歯をギリッと噛み締める。
「一度は成功したメデスじゃ。図に乗ってもう一度来るやもしれん。最大の注意を持って見張っておくようにせんとの。結界も新しく張り直したゆえ、そう簡単には来れんはずじゃが……」
メデス帝国が一番恐れているシナリオは、リコッツ王国とノワールが手を組んでメデス帝国に攻め入る事だ。その為には友好条約をどうしても潰しておきたかった。
だが、こんな見え見えの罠にかかるようなノワールでは無い。それはメデス帝国も分かっているはずだ。次の手段を打って来るかどうかも考えなくてはならない。
「結界まで新しくしたのですか? いやはや、伯母上には頭が上がりませんね。あの宿場町は母上も大好きだった場所なので、どんな形でも残しておきたかったのですよ」
「わらわもじゃよ。せっかく植林してリコッツと共同で管理したのにのぅ」
「……いやいや、あれはどちらかと言うと実効支配なのでは。伯母上があんな事をするから、余計にメデスが目をつけたんだと思いますよ」
本来北部を通るルートはリコッツ王国の領土であり、宿場町が出来る場所には何も無い平野があっただけの状態だった。
リコッツ王国の領土なので、リコッツ王国が直接管理する。
当初の予定ではノワールが貿易以外で直接、宿場町に関わることは無かったのだ。
だが、ここにいる先代女帝の姉であるカエデが問題を起こした。宿場町を囲うようにして、勝手に聖樹の森の木を植林したのだ。おかげで今では聖樹の森の境界線が、曖昧になってしまった経緯がある。
「あれは若気の至りなんじゃよ……。姉として良いところを見せるために、領土を広げようと思うての。妹が気に入ってる土地じゃし、少しばかり植えてもバレないと思ったんじゃ……」
他国とノワールに、明確な境界線は無い。あるとすれば、森があるかどうかの違いだ。カエデはそれを利用してやろうと、宿場町を囲うように植林して領土を広げようとしたのだ。
明かな領土拡張による侵略行為だったが、相手も友好国だ。そこまで気に入ってくれるならと、リコッツ王国とノワールで宿場町を共同管理しようということになった経緯がある。だがそのせいで、数百年経った後のカエデの里で領土問題が起きてしまった。
「元々、あの場所はリコッツの土地ですからね。共有管理地となった現状では、こちらも戦争に手出しするべきか判断が難しいんですよ。戦争に加担すべきではないと宰相も言ってますが、いずれあの地域で紛争が起きようものならどうなるか」
「流石にそこまでメデスも馬鹿では無いと思うがの。まぁ今回の件で、相談役と政務官の座は降りるつもりでおるわ。……少しばかり、責任も感じておるからの」
「なにも無い土地ですから、私もこれ以上問題は起きないとは思いますけどね。それと、相談役を降りることには了承しましたが、政務官もですか? 伯母上以外に、あの場所を誰に任せられるというのですか?」
「ふふふ、それはじゃのぅ……」
カーライルの発言を聞くと、待ってましたと言わんばかりにカエデが収納魔法を発動させる。
そして青白く光る空間に手を伸ばすと、カエデが一枚の羊皮紙を取り出して、指でひらひらさせたあとにテーブルに置いた。
「やはり、わらわに重責は似合わんのじゃ。あと数百年も生きられぬじゃろうから、これからは好きにさせてもらおうと思うての。とりあえず、これを見て欲しいのじゃ」
「……なんですか、この紙は?」
カーライルが一枚の羊皮紙に目をやる。
日付が新しい。どうやら最近書かれたものだと分かった。ただこの一枚には重要な意味を持つ。
「これは、領主の委譲願いじゃないですか……。変更した相手の文字がちょっと読めませんが、いったいどういうことですか?」
「別に良いじゃろうに。どうせあの土地は共同管理地ゆえ、名目上はわらわが領主じゃったからの。領主も言ってみれば政務と一緒。だからわらわは政務官なんじゃし、譲ってもなんも問題無いわ」
カエデがマコトの事を思い出して、柔和な笑みを浮かべる。
もしマコトが村に来なかったら、少女たちはどうなっていたか。冬を越えた後に村を狙われたので、食糧が無い状況だ。飢え死んでいたかもしれないし、カエデ一人じゃ何も出来なかったかもしれない。
あやうく、先代女帝が大事にしていた土地を無残な形にするところだった。マコトが村に来たのは、まさに奇跡が産んだ偶然だったのだ。
その思いからカエデにとって、マコトには感謝しきれないくらいの恩がある。話してみても良識があり、領主をやらせても問題無いと判断したので、村長と領主を同時にやらせてみることにした。どうせどちらもやる事はほとんど変わらないので、一緒にしても大丈夫だろうとカエデは思っている。
二枚の紙にサインを書かせた書類は、実は村長の任命と領主の委譲願いだったのだ。
カーライルが領主の委譲願いを一読すると、やれやれと肩をすくめる。そして明らかに疲れ切ったような顔でカエデを見た。
「その説明では意味が分かりませんよ。だいたい政務官だって飾りの役職だと、常日頃言ってきたじゃないですか。報告書からして、てっきり少女六人だけの村になったんだと思いましたが、まさか他にも領主を任せられるような者が居たのですか?」
「そうなのじゃが、やれやれ。一から説明しないと難しいのう」
思案顔になりながらも、新しく村までやって来た男をどう説明しようかと悩むカエデ。そうして異世界から来たマコトについて、言葉を探しながら語りだした。
異世界から持ち込んだ数々の珍しい品物。甘いお菓子や、美味しいすき焼きを振る舞われたこと。少女たちがとても懐いていて、村の発展には欠かせない存在になっていること。
異世界から来た人物ゆえ、人の目に触れるような公文書にはマコトの存在を書けなかったこと。
途中からカエデが饒舌に話しだしたのを、カーライルは黙って聞いている。
「念話を繋いでみたのじゃがな。まだ慣れておらぬゆえ、意識して念話で送る言葉を選んでおらぬのじゃろうな。常時考えてることが筒抜けじゃったよ。久方ぶりに素で感情をぶつけられて、こっちが気恥ずかしくなったわ」
「それはそれは。奇特な方が居たものですね」
「むぅ。わらわに向かって失礼な。これでも昔はひっきりなしにモテたのじゃぞ? そういうところがカー坊のダメなところじゃ!」
カエデが口を膨らませて、感情をあらわにする。カーライルの気のない返事に怒ったのだ。しまったという表情を浮かべて、カーライルが慌てて弁明する。
「いえいえ、誤解ですよ。まず異世界から人が来るというのが、そもそも突拍子も無い話ですからね」
「なんじゃ。わらわが嘘をついてるとでも言いたいのかえ?」
「もちろん伯母上の言うことですから信じてますがね。それに普通は大して知らないような領地を、いきなり治めようとする奇特な人なんて居ませんよ、って話が言いたかっただけであって。あとカー坊は辞めてください。いつまでカー坊と言うのですか」
「ふはは、カー坊はいつまで経ってもカー坊よ。カーラの息子に生まれた時点でそう決まっておるわ。じゃが、それにしても傑作じゃ。まさかあやつも村長と領主を、同時にやるとは思わなかったじゃろうて。あやつにも嘘は言っておらぬからのぅ」
カッカッカッとカエデが盛大に笑う。
一通り表面だけでも、これから領主になる人物の話が出来て御満悦の表情だ。多少の誇張や説明不足はあるが、カエデの表情が明るくなったのを見てカーライルも安堵する。
「ですが……、それなら村長の権限だけでも良かったのでは? わざわざ領主にする必要も無いでしょうに」
「あやつがやらんとする事は、村長の枠に収まらぬわ。どうしても領主になる必要があったんじゃよ。それと、わらわはあの村に移り住むことを決めたからの。村の行く末を見たいのでのぅ」
「また勝手なことを……。別にこの王城に住んでくれても良いのですよ? もう伯母上を五月蠅く言う人もいないんですから。まぁそんな事を言っても無駄でしたね。それならば、その村に護衛も付けましょう。いつもの人員で良いですか?」
「別にそんなものは要らぬ。そろそろ面倒ごとから離れてのんびりしたいと思っておったからのぅ」
「幾らなんでも、誰も付けないというのは無茶ですよ。伯母上も一応王族ですから、なにかあると困りますので護衛ぐらいは付けさせて下さい。影で見張ってるように言っておきますので」
「……まぁやむを得んか。その代わりと言ってはなんじゃが、リコッツの国王にも、村の後始末はこっちでやると言っておいてくれんかの。あっちは戦争で忙しいじゃろうし、わらわが面会までするまでも無いからの」
カエデが煩わそうに手を振って注文をつける。
リコッツ王国の領土を間借りしておいて、勝手に領主の座を変更するのはどうかと思うが、カーライルは何も言わずに首肯する。先帝の姉であるカエデに拒否を見せても、言い返されるだけなので黙っておいたと言うのが正しいか。
幸いにもあの場所は曰く付きの土地。長年王族の直轄領にしてあったので、領主をカエデから変更しても誰にも気付かれない。どうせリコッツ王国も戦時中に領土を返還されても、手に余るだろうとカーライルは推測する。
それにノワールの領土の端でもある土地を、メデス帝国に責められたのだ。もう対岸の火事では無い。有事がそこまで来ている状況で、リコッツ王国と連絡を取り合うのは必要なことだ。ちょうど良い機会なので国の代表同士で話をつけるのが賢明だろう。カエデが関わるとロクなことにならないのは、カーライルも長い付き合いだから知っている。
「まったく。伯母上はすぐ面倒な事を人に押し付けて、裏方に回ろうとするんですから。わかりましたよ。その様に手筈を整えておきましょう。ですが、良いのですか? 本当に会ったばかりの人を領主にしてしまって」
「それは女の勘と言うやつじゃよ。異世界を渡り歩けるような男じゃぞ。そんな稀有な男を国に縛り付けんでどうするのじゃ。それにもしも問題が起きようが、国王権限でどうにでもなるじゃろ。悪用されんように、わらわが直接見張ってるゆえ、心配しなくても良いわ」
カエデが背もたれに腰を深く預けて、ふふんと鼻を鳴らした。
この国が先祖代々、女帝が継いでいるのは、この『女の勘』というものが大きい。エルフの言う『女の勘』というのは良く当たるのが評判で、そのおかげで国の飢饉を救ったこともあるのだ。
カーライルは男性なので『女の勘』というのは分からないが、カエデの言う『女の勘』というのはよく当たることが多い。カーライルが即位する前にはよく相談させてもらったりもした。もちろん中には外れることもあったが、重要な局面こそ外さないのがカエデの特長だった。
「それと……、今度から、わらわのことはカエデと呼んでほしいのじゃ」
「何故です? 伯母上には既にアサミヤという名前があるでしょうに」
「それは今度から、公式の場だけにするのじゃ。わらわは今日からカエデ・アサミヤ・フォン・エルフィン・ノワールと名乗るのじゃ!」
カエデが活気に満ちあふれた表情で言い放つ。
この世界で、名付けの意味は二つある。
親から生を受けた時の他に、夫婦の契りを交わした相手にも名前を送るという風習があるのだ。
マコトがカエデに名付けをしたのは、実は夫婦の契りを交わしたという意味をもつ。マコトはそんな事を知らずに名付けをしてしまったのだが。
子供たちに簡単に名付けをしているので、マコトは異世界人だからどうせ名付けの文化を知らないんだろうなと思ったカエデだったが、念話の翻訳では勘違いをされてしまった。
念話も万能では無い。思っていた事を伝えるのには便利だが、からかってやろうという思いが強すぎて間違った内容を伝えてしまったのだ。真意を知らないマコトに名付けをさせて終わらせようと思ったカエデだったが、まさか身体まで自由にして良いと言ったとは思わなかった。
ただ、念話をしていくうちに本気で村のことを考えてくれているのが分かったので、今では試しにだけど付き合ってみるのもありかなとカエデは思っていたりもする。王族なので真剣に恋愛をした事がなく、結構初心なのだ。
「なにやら事情があるみたいですね。貴族でもたまに名前を変えたりする人がいるので、それは良いんですけどね。あと、顔が赤いですよ伯母上? 風邪でもひきましたか?」
「う、うっさいんじゃ、カー坊! 領主の件は任せたからのぅ!」
カエデが恥ずかしそうにして、勢いよく立ち上がる。マコトとキスした事を思い出して、いたたまれなくなったのだ。
そうしてカエデは強くドアを開閉して、王室から出ていった。
言いたいことだけを言って、風のように去る。まるで嵐が去ったかのように王室が静寂に包まれた。騒がしいのが居なくなって一人になったカーライルは、テーブルにある一枚の羊皮紙を見やる。
「どういう経緯があったのかは知りませんが、この男に同情しますよ……」
状況から察するに、伯母上が無理やり領主にさせたんだろうとカーライルが推測する。新しい領主は、これからもずっと伯母上に振り回されるのだろう。
かつて混乱とともに即位した国王と同じように――。
カーライル14世はまだ名も知らぬ彼に対して、既に哀れみすら感じてくるのであった。
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