異世界領都誕生編 第13話 ワープを試す


 夕闇に照らされた森が赤く染まる。

 時刻はもうすぐ日の入りと言ったところか。暗くなるまでに帰りたかったので、急いで車に乗って村から出発する。

 そうして夕日を頼りに森林道を走行するが、助手席に一人同乗者が居る。俺を騙した張本人のカエデだ。まだ日があるうちにカエデを転移地点まで連れてこうと思って同乗させたのだ。

 ヘッドライトを点けて慎重に走行するが、こりゃ時間的にギリギリかもしれんな。まぁそれもこれもカエデに引っぱたかれたせいで遅くなったのが原因だが。

 今は村から出発して、カエデと共に目的地まで向かってる最中だ。


「のうのぅ、まだ怒ってるのかえ? そろそろ許してくれんかのぅ」


「許すもなにも、あの時カエデを信じた俺が悪かったんだよ。平手打ちも当然じゃないか。だから俺は全然怒ってないぞ」


「もー、それ絶対怒ってるじゃろ。まったく、この男と来たら……」


 車内でカエデの溜息を吐く音が聞こえてくる。ちらりと助手席を見ると、シートベルトをしたカエデが足をバタつかせるのが見えた。俺の視線に気づいたのか、ムーっと拗ねた表情を見せるカエデ。思わず見とれそうになったが、すぐに視線を戻して運転する。

 俺はもう別に怒ってない。本当だ。ただ男の純情を弄ばれたのが悔しかっただけだ。二度も揶揄われたんだからな。そりゃ俺だって文句も言いたくなる。でもだからと言って、ずっとこんな態度を取るのもな。カエデとは今後も付き合いたいし嫌われたくない。そう思っていると急に熱が冷めてくる。やはりもう普段通りに接しよう。


 村から出てすぐにある目的地まで到着する。

 ここが転移地点となった場所だ。

 異世界と繋がってるのを証明したくてカエデを連れてきたが、見るからに何も無い。一応目印を作っておいて正解だったか。

 俺は車から降りると、目印となった十字架の墓まで歩き出す。以前、ゴブリンと衝突した時に埋葬した場所だ。カエデも助手席から降りて近づいてくる。


「ここが転移地点なんだけど……見えるか? 俺には普通の景色にしか見えないんだよな」


 俺がゆっくりと墓まで近づいて、異世界転移が出来る場所を行ったり来たりする。風景がコロコロ切り替わるので気持ち悪い。カエデには俺の身体が消えたり浮かんだりして見えるはずだ。

 カエデが転移地点を検分するかのように眺める。


「ほうほう、これは見事なゆらぎじゃのう」


「分かるのか?」


「魔素のめぐりが他と違うからの。ふむふむ……」


 カエデが転移地点に手を近づけてみるも、そのまま空を切る。

 どうやらカエデは通れないようだ。俺も前に石を投げたりして試したが、基本異世界の物は通らないんだよな。俺が持ち歩いたり車に積めば別なんだが。不思議な転移地点だ。


「さほど驚かないってことは、こんな場所が他にもあったりするのか?」


「あるにはあるが、自然界でこれだけ大きなゆらぎを見るのは初めてじゃのぅ。はてさて、これをおぬしにどう伝えれば良いのやら……」


「別に手短で良いぞ。俺も詳しく知りたいわけじゃないし」


「阿呆ぬかせ。これを手短に説明出来たら誰も苦労せんわ。はぁ……もう良い。時間も時間じゃしな。手短にしてやるゆえ、真剣に聞くのじゃぞ?」


「ああ、お手柔らかに頼む」


 立ち話もなんだからと、車にもたれるようにして話を聞く。


「まず最初に言うとの。この世界はどこまで行っても、おぬしの世界とは繋がっておらぬ。それは分かるかえ?」


「ああ。それくらいなら、何となく分かるよ」


 流石にここが異世界だって言うのは分かる。こうやって念話してるのが証拠だからな。少なくともエルフなんて地球上には居ないし。

 俺の回答に満足したのか、カエデが転移場所を指し示す。


「それならこのゆらぎという空間が、どういうものか分かるじゃろ?」


「どういうもの……? 互いの世界を繋ぐゲートみたいなもんだろ。現に違う世界から来てるんだからな」


「うむうむ。とするとここで重要となるのが、この空間が『なにで』繋がっておるかじゃ。この場合、おぬしの世界とわらわの世界を結んでおるのは『時間軸』と言えよう」


「……時間軸って。この空間はそんなもんで出来てるのか」


 よくSFアニメで、宇宙船がワープする時に使ったりするあれか?

 座標や時間軸を指定すると、長距離移動が可能になるという。


「そう難しく考えんで良い。例えばじゃ。おぬしがここまで乗ってきた自動車とやらを走行中に、小石を投げたとするの? その場合、車内で投げる小石と外から投げる小石の速度は一緒かえ? 同じ力で投げたとしての」


「……言ってる意味が分からんが、一緒じゃないのか?」


「外の空間と中の空間が同じならば一緒じゃろうよ。じゃが、外からみて中の空間が違うとするなら、別の速度とも言えよう」


 カエデがうーむと唸りながら考え込む。

 説明が難しそうだ。別にそこまで説明しろとは言ってないけどな。カエデの言ってる意味は理解不能だが、恐らく相対性理論とかそういうのを伝えたいんだろう。異世界転移で定番のあれだ。そんなもんが簡単な通訳しか出来ない念話で伝わるわけが無い。それにタクシー運転手の俺に教えること自体、無理な話だ。

 ただまぁ、何となく言いたいことは分かる。物理の教科書で習ったからな。放物運動みたいなもんだろ。なんとなくだが覚えてる。


「要するにあれか? 新幹線の速度は200km。そこん中で投げたボールが50kmとすると……そのボールを外から見たら時速250kmだけど、新幹線の中だと時速50kmでしか感じないというあれか?」


「単位や新幹線とやらが分からぬが、それに重力の歪みを混ぜたものがこれじゃよ。この場合『新幹線』と『外』が、おぬしとわらわの世界となるかの」


 カエデが身振り手振りで伝えてくるが……なるほど、段々と分かってきたぞ。この転移地点はあれだ。走ってる新幹線から通過駅に飛び降りるようなもんか。

 その場合、新幹線が日本で通過駅が異世界になる。走行中に飛び降りるなんて普通なら自殺行為だけど、時間軸が繋がったから安全に乗り降りができるとかそう言いたいんだろう。続けてカエデが二の句を継ぐ。


「どうしてこんな空間が出来たかは謎じゃが、話を聞くに恐らくここは異なる世界の時間軸が交差する場所なんじゃろう。んで、ちょうどそこにゴブリンが生まれおった。そこをおぬしが余計なことをしたせいで穴が開いたゆえ、二つの世界が繋がったんじゃろうな」


 カエデがふむふむと頷いて、一人で納得するように結論づける。

 余計なことって。俺はあの時必死だったんだぞ。

 対向車線にいる車を避けるのにどれだけ必死だったか。カエデには伝わらんだろうけどな。


「まぁワープゾーンが出来たってことは分かったよ。それでこの空間って、何かの弾みでいきなり消えたりしないのか?」


「いや……この穴はおぬしが起こした事象じゃから、おぬしが死なぬ限り消えることは無いはずじゃ。そこは安心して良い」


「それじゃ少なくとも、こっちの世界に取り残されることは無いってわけか。これって他の人は通れないのか?」


「おぬしと密着しておれば通れんこともない。じゃが、もし通ってる途中に離れでもしたら最悪、時空の彼方まで飛ばされるかもしれんのぅ」


「·····それは考えるだけで恐ろしいな」


  何かの拍子に手でも離れたらトラウマもんだ。そんな危険性があるなら、この空間は俺専用にしておくか。一度くらいはカエデを日本に連れて行ってやりたかったが、安全が確立できないなら仕方ない。そう思っているとカエデがニヤリと笑った。


「まぁ恐らくそこまで気にせずとも、同じ空間におれば大丈夫じゃろ。おぬしはここまでニワトリを抱いて連れてきたかえ?」


「いや、普通にダンボールに詰めて運んだが……」


「ならそういう事じゃ。おぬしが乗ってきた自動車とやらにおれば、同じように転移できるはずじゃぞ。さっきも話したじゃろ」


「ああ。さっきの説明って、そういう意味だったのか」


 新幹線がどうたらとか言ってたやつか。それなら同じ空間内に居れば、一緒にワープできますよーとでも言えば済む話だったのに。

 カエデも説明が伝わって嬉しかったのか満足顔になる。


「断定は出来んが、まぁ大丈夫なはずじゃ。それに密着する以外にも、他に方法ならあるぞ?」


「……そっちは安全なのか?」


「うむうむ。ならばそっちを試そうかの。ちょっと腰を屈めると良いわ。膝を曲げるような感じでの。そうそう、そうじゃ。そのままじゃぞ」


 カエデが品定めするかのように俺を見る。

 膝を曲げたせいでカエデと身長が変わらない。横から見てきたり、下から覗くように見たりと忙しない。よく見るとまつ毛が長いな。これで俺より年上だと言うんだからビックリする。

 カエデの顔が真正面に来た時は、恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまった。

 そう思ったのも束の間、段々とカエデの顔が近づいてきて。そしてそのまま――カエデがいきなり俺に向かってキスをした。

 急な行動に俺も面食らって離れようとするが、カエデが頭を掴んで離さない。なんだよ一体。そんな場面じゃ無かったろ。

 そうしてカエデがぷはぁと言いながら口づけを辞める。舌まで絡ませてきやがって。ちょっと嬉しかったけど、って今はそうじゃなく。


「いきなり、何するんだよっ!」


「なぁに、ちょっとした余興よ。どれどれ。見ておるが良い」


 そう言ってカエデが転移地点まで近づくと、腕を真っ直ぐに伸ばした。するとさっきまで俺しか通れなかった空間に、カエデの手首が入り込む。


「……どういうことだ?」


「多少の唾液でも通れるようになったじゃろ。まぁつまりそういう事じゃ。こういう方法もあると覚えておくと良い」


「それじゃあ、これでカエデもこの空間を通れるようになったのか?」


「いや、この程度だと効果は一瞬じゃろうな。怖いのでもう実証せんけどの。それはそうと、おぬしに言いたいことがあるのじゃ!」


 カエデがこほんと一つ咳払いをする。心無しか顔が赤い。

 何か怒っているような感じがするのは気のせいか?

 続けてカエデが話しだす。


「村でもそうじゃったけど、そう女にがっつくもんでないわ! わらわは嘘を言わぬと言うたじゃろ。小童らの前で教育に悪いことをするわけなかろうに。時と場合を考えるのじゃ!」


 腕を組んでガミガミと怒るカエデ。耳まで真っ赤だし口調も早い。さっきのキスの照れ隠しもありそうだ。あまり森で騒ぐなと言いたかったが、念話だとさらにうるさく感じるので、これでも声を抑えてる方なのか。

 まぁカエデの言いたいことは分かる。子供がいる時はイチャつくのを遠慮してくれと言いたいんだろう。考えなしにやっているように見えて、カエデも意外と初心なんだな。まだガミガミ言ってくるし。

 そもそもカエデから身体を好きにして良いと言ったんだ。それを本気かどうか試しただけであって、悪いのは俺じゃないような。

 ……まぁでも、先に耳を触った俺も悪いか。さっきの俺の態度もどうかと思うし、ここは素直に謝っておくか。こういう時は平身低頭だな。俺は腰を曲げて謝る姿勢をとる。


「そうだな·····。すまなかった」


「まぁあの告白で、おぬしが本気なのは伝わってきたけどのぅ。それでもまずは村長の役目を果たしてからじゃろ。その後なら、わらわを好きにしても良いが、責任は取ってもらうからの?」


「責任とか重すぎなんだが……まぁ言ったからには約束を守るよ」


 既に村長責務とか負わされたし、完全に包囲網が出来上がってるような気がする。でもまぁカエデくらいの美人なら、喜んで責任取ってやるけどな。平手打ちが怖いから、当分手を出す気にはなれないが。

 そうして俺が謝る姿勢のままで立っていると、カエデの気が済んだのか頭をポンポンと優しく叩いてきた。体勢を直して視線を戻すと、カエデが綻んだ表情を見せてくる。


「なら安心じゃな。それじゃ、ちょっと出掛けてくるぞ?」


「……どっか行くのか? 村はどうするんだよ」


「どうせこんな夕暮れにやってくる者なんて誰もおらぬわ。それに村の結界を新しく張り直したゆえ、おぬししか立ち入ることは出来ん。今度は森の入口から入れんようにしといたから安心せい」


「それは良いんだが……、子供たちに伝えなくても大丈夫か?」


「もちろん小童らにはもう伝えてある。こっちに住むのも準備が必要じゃし、報告書も提出せんといかんからの。すぐに戻るゆえ、わらわのことまで心配せんでも良いぞ? こう見えても強いからの」


「……誰がカエデの心配までするかよ。まぁそこまで言うなら、今度は信用しといてやるか。俺は明日と明後日は仕事だから、三日後に来る予定だ。気をつけて行ってこいよー」


「わらわもその頃には戻ってくるので、その時に会おうぞ。それまでに村の名前を考えとくのじゃぞー」


 そう言って、カエデが飛ぶようにして来た道を引き返して行った。全くせわしない奴め。楓という字のごとく、木の葉のように舞いやがった。地面から浮いたところを見るに浮遊魔法でも使ったのか。


 そう言えば村の名前か。まだ決めてなかったな。村の名前なんて新しく考えなくても元からあるだろうに。それじゃ駄目なのか?

 ……いや違うな。単純にそのままだと俺が発音しにくいから合わせてくれたのか。それと気持ちをリセットしたいのもあるんだろうな。前の名前のままだと、どうしても嫌なことまで思い出してしまうから。

 まったく最後には年上の余裕まで見せつけやがって。これじゃどっちが村長か分からんな。なんであんな良い女性が独身なんだか。


 けど、村の名前か。どうするかな。

 既存の日本語を使って村の名前を決めても思い入れが無い。村に帰って子供たちと決める時間も無いし、そんな簡単に決めて良いものなのかと不安になる。

 まぁそれならいっそ、愛着がある名前でも付けるか。村の名前を一から決めるより、既存の慕われた存在を使った方が良いはずだ。

 とすればやっぱりカエデか。なんと言っても、皆に愛された存在だからな。カエデ村だと言いにくいから、カエデの里にしておくか。考えるのも面倒だし、それにしよう。

 それにしても今日は色んなことがあった。金貨を売ったりルルーナにメガネを買ったりカエデに会ったりと、かなり充実した一日を送った。家に帰ったら村長として村のために何が出来るのか考えないとな。

 そうして俺は車に乗り、転移地点を経由して日本まで戻る。

 帰り道ではカエデとのキスの感触を思い出してしまって、ずっと頭から離れなかった。

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