異世界領都誕生編 第12話 エルフの名付け


 夕食後に会話を重ねるうちに、俺とエルフは理解を深めていった。

 互いの譲れない主張や関係性、あとは俺がいない間の村をどうするか。俺はタクシー運転手を兼任して村長をやりたいが、エルフはあくまでも補佐がメイン。副村長までしかやらない。譲れるところは譲って、主張していくところは主張する。

 そうして多少のいざこざがあったが、俺とエルフはすっかりと打ち解けるようになった。

 話していくうちに分かったが、どうもこのエルフ、結構気さくで話しやすい。ウマが合うと言うか、なんと言うか。

 それとお互いの勘違いもあったが、結果的には俺がエルフの名付けを行うことで同意した。


 正直言えば俺にとってエルフの名付けなんか、どうでも良かった。どうせ乗りかかった船だ。名付けなんか無くても、最終的には村長を引き受けるつもりだった。

 ただ、それを許さなかったのはエルフとしての立場、政務官だ。監査役としての観点から、俺が村でやってきた行動について褒賞したいと言いだしたのだ。

 やれ村を守ったとか、子供たちの命を救ったとか。

 そんな大層なことはしてないのだが、客観的に見るとそうなってしまう。飢えた人間を一ヶ月も放置したらどうなるか。食事を提供するだけでも、普通は真似出来ないんだとか。確かにエルフの言い分には筋が通ってるし、分からんでもない。


 もちろん俺だって褒賞を辞退させてもらおうとした。金や名声のために子供たちを救ったわけではないからな。

 でも俺が辞退してしまったら、今度は政務官の立場が悪くなる。

 今回の出来事は、国としての責任が問われる問題だ。政務官として事実を報告書に残しておく必要がある。

 その内容を『村を救った恩人を無報酬にしたあげく、村長にして終わらせた』と報告なんかすれば、他の貴族から袋叩きに遭ってしまうらしい。だから無報酬だけは止めてくれとエルフに懇願された。知らんがな……。

 それならお前らで勝手にやれよと言いたいところだが、このエルフも大変なんだろう。盟約に従って村まで来たら廃村寸前だったとか、ちょっと同情してしまう。他国と共同管理の土地だと言うし、上司に報告するのも一苦労なんだろう。分かったよ。譲れるところは譲ろう。

 じゃあどうすれば丸く収まるのかと聞いたら、それなら最初に言った通り、エルフの名付けをして欲しいとお願いされた。


 何でもエルフの名づけは大変名誉なことらしく、それ自体が褒美になるんだとか。誰にも公表しないし、この村だけの呼び名にすれば後腐れもないだろうとエルフに言われた。なるほど。そういう文化があると。子供たちの名前が長かったのも頷ける。要は名前をつけりゃ良いんだな。

 まぁ金や名声も要らないし、エルフがそれで納得するならと俺は了承する。どうせなら名前を真剣に考えたいので、少し時間を貰うことにした。


 ただ漠然と名前を考えるのもどうかと思い、食後の散歩でもどうかとエルフを誘う。どうせなら村に出来た新しい施設を見せてやりたかった。安っぽい施設だけど、これから村に居てくれるなら説明も必要だろう。そうして運動がてらに、子供たちとエルフを連れて村の中を歩くことになった。

 広場から離れてトコトコと歩きだすと、見えてくるものがある。


「あれはなんじゃ? また一段と大きいのぅ。前はこんなもの無かったはずじゃぞ」


「ああ、あれは大型のビニールプールだな。その横にあるのは、お風呂と給水シャワーか」


 歩いてきた俺たちが見る方向には、ちょっとした入浴施設がある。椅子や洗面器、それにお風呂など。あとは給水シャワーも置いてある。充電式で便利かと思って、前に買ってきたものだが中々良い。スイッチを押すだけで水が出るので、普通にシャワーとして使えたりする。

 今日も使った形跡があるので、朝に誰かが入ったんだろう。


 村に来た当時は大変だった。子供たちも汚かったし、服もボロボロ。とてもじゃないが衛生的とは言えない状況だった。それでも服を買い揃えて腹が膨れたら、多少は身綺麗になるかと思った。活力も湧いて風呂に入るだろうとその時は思ったが……違った。

 この村に風呂なんて設備は無かったのだ。

 服装を変えただけではどうにもならない。このままじゃ病気になると思って、生活習慣の改善を余儀なくされた。


 子供たちに今までどうやって身体を洗ったのかと聞くと、布で拭いたり川で泳ぐようなニュアンスの返事があった。なるほど。大人が居た時には川で泳がせてもらったが、今は布とかで我慢してるんだろう。それでは不衛生だと思って買った物が簡易浴槽だ。


 通販で買ったお風呂だが性能は充分にある。毎日お風呂に入る習慣も付けさせて、身体もこまめに洗わせるようにした。そのために石鹸やシャンプーも取り揃えてある。実演もして説明した。

 ただ問題は井戸の水だ。そのまま浴槽に入ると冷たい。なので焚き火をして金属バケツに熱した石を入れると直ぐに水が温まるように工夫しておいた。これで程よい温度に調節できるはずだ。


 井戸の横には大型のビニールプールも置いてある。簡易浴槽だと五人が入るには小さいかと思って買ったものだ。まぁビニールなのですぐに駄目になる。一年持てば良い方か。

 井戸には手押しポンプも付けてあるし、川の近くなので水量は充分ある。バッテリー型の自吸式ポンプも市販で売っているが、揚程と言ってポンプで汲み上げられる水の高さに問題があったので、安い手押しポンプを取り付けた。

 日本でも井戸を使った経験があるが、最初に濁った水が出てきたりして大変だった記憶がある。ここでは透き通るくらいの綺麗な水が出るし、特に今まで病気もないと聞いたのでまぁ大丈夫だろう。


 ビニールプールに簡易水槽。特にビニールプールなんて異世界には無いか。インテリア用に浮き輪やビーチボールも浮かせてあるから、カラフルで余計に目立つ。

 なによりここにあるものを全部買っても、お値段は数万円だ。経済的にも良い。ちなみにちゃんと黒幕を張って、更衣室も横にあるし、風呂の実演をしたのも俺一人でだ。

 保護者として一切やましいことはしてないと言っておく。


「なにやら貴族みたいな生活をしとるのぅ。ここまで持ってくるのも大変じゃったろうに」


「あれは持ってくるより、設置する方が大変なんだよ。今は乾電池で一瞬だったりするんだけどな。じゃあ、他の施設も見て回ろうか」


 あとは食料品の保管庫を視察した。

 倉庫の中を見ると、缶詰や調味料、それと米が置いてあった。常温で置ける食料なんて限られてくる。ここら辺は冷蔵庫が無ければどうしようも無い。いずれは冷蔵庫も設置したいので、改良の余地があると言ったところだ。


 他にも映像機器でアニメを見せたら、エルフがかなり喜んだ。娯楽に飢えていたんだろう。目をキラキラさせていた。時間が無くなるから、また後にしろと言って途中で終わらせたが。

 最後にニワトリ小屋だったが、これは見学だけで簡単に済ませた。異世界にも同じ施設はあるはずだし説明する必要もないだろう。


 他に目新しいところも無いので、夕食を食べた広場に戻る。

 散歩にはちょうど良いくらいの距離だったな。

 俺とエルフが並んで座ると、子供たちがお茶を用意してくれた。こういった気配りが有難い。

 そうして子供たちも囲むようにして座ったところで、エルフが俺に語りかけてきた。


「のぅのぅ。そろそろ、わらわの名前は考えたかえ?」


「それなんだけど、どうにもなぁ……」


 施設を回っているうちに考えようとしたが、結局は思いつかなかった。名前なんてすぐ思いつくもんでもないからな。


「でも、俺なんかが付けて本当に良いのか? 参考に、元の名前とか教えてくれよ」


「駄目じゃ。それだと思考が混ざってしまうからの。こういうのは第一印象でパパっと決めれば良いんじゃよ」


「第一印象って、言ってもなぁ……」


「それに小童らには名前があるのに、わらわだけ仲間はずれにするのかえ? 悲しいのぅ、悲しいのぅ」


 エルフがしくしくと泣くような真似をする。子供たちが見てるんだから辞めろって。俺が悪者だと思われるだろうが。

 子供たちもエルフのことは『森の番人様』と呼ぶから、元の名前を知らないようだし。


 しかし第一印象か。思い当たる言葉もないわけでは無い。

 最初にエルフを見た時に舞った木の葉が、とても印象に残ったんだよな。あれこそが俺のエルフのイメージ像だ。そうすると一つの単語が浮かんでくる。


「……カエデ、なんてどうだ? 木に風と書いて、そう読むんだけど」


「カエデとな。それがわらわの名前かえ? どういう意味が込められてるんじゃ?」


「いや、深い意味は無い。第一印象で何となく思いついた言葉だ。元々は植物の名前だけどな」


 エルフにピッタリのイメージというか、思いついたんだからしょうがない。森から出てきたエルフの光景。木の葉が舞い落ちる中を歩くエルフが、まるで一枚の絵のように見えたんだよな。

 今では気品がある美しさというよりも、気軽に話せる親しみやすさの方が上回ってるけど。まぁ人の印象なんて変わるもんだ。


「ふむふむ。わらわの第一印象とな? 良く分からんが、おぬしが真剣に考えた名前なら間違いは無かろう。ならばわらわは従うのみじゃ。良く聞け、小童よ。わらわは今日から『カエデ』と生を受けるので、そう呼ぶと良い」


 エルフが声高々に宣言するのを、手を叩いて祝福する子供たち。あとから辞典で調べそうだが、変な単語は使ってないし大丈夫か。異世界にカエデの木が有るかは知らんけどな。

 さてと、これでようやく肩の荷が降りた。あとは家に帰って今後のことでも考えるか。それと最後に、異世界へと繋がる場所もカエデに見せておこう。なんで異世界に繋がってるのか分からないし不安でしょうがない。もうすぐ日も沈むから急ぐとするか。


 しばらくエルフが子供たちと会話する。呼び方について話し合ってるんだろう。村を案内した時は、ずっと俺が独り占めだったからな。子供たちが話したかったのもあるか。


「それにしても、小童らも明るくなったのぅ。前とは大違いじゃ。やはり名付けの権利だけじゃと、褒賞としてはもの足りぬかのぅ?」


「村を助けたのはたまたまだって。名前を付けたんだし、もう良いだろ。これからはカエデって呼ばせてもらうからな」


「……おぬしは欲が無いのぅ。わらわは政務官じゃし、もっと褒美をねだって良いんじゃぞ? 最初はいやらしい目付きをしておったし、欲の塊かと思うたんじゃがのぅ」


「……その話は、もう忘れてくれ」


 客にも言われたんだよな。いやらしい目付きって。

 というか俺だって年中いやらしい事を考えてるわけじゃない。ただ最初にカエデの姿に見とれてしまったし、そんな女性に誘われでもしたら誰だってああなる。だってそうだろ?


「目の前に――夢にまで見た、理想の女性が居たんだぞ。おかしくならないわけが……」


 と、思わず声に出してしまった……。

 念話も送ったようだし感情が入り過ぎたか。

 声も出しながら話すとごっちゃになるんだよな。

 まぁカエデとは断定してないからセーフだろう。……セーフか? 文脈的にアウトのような。

 ちょっと告白じみた感じもするし、恥ずかし過ぎて俺の顔が赤くなったのが分かる。

 カエデも俺の発言に驚いた表情を浮かべる。


「理想の女性って……、わらわのことかえ?」


「……そりゃそうだ。他に誰がいるんだよ」


 俺は観念して、少しぶっきらぼうに答える。

 子供たちは保護者目線でしか見てないぞ。

 だいたいなぁ、日本が悪いんだぞ。あっちもエルフ、こっちもエルフと。俺の青春時代のアニメは、ほぼ全てがエルフだったと言っても過言じゃない。会社名だったり、自動車ですらそう。もはや洗脳レベルだ。好きにならない方がおかしいって、まぁ言い訳だけどな。

 ……本当は理由なんて無い。

 いわゆる一目惚れというやつだろう。

 ちょっと会話しただけでも分かったが、カエデは本当に器量が良い。話しても飽きないし、もし本当にカエデが独身だったら是非ともお付き合いしたいくらいだ。

 俺が押し黙ったのを見てか、隣の席に座るカエデが近づいてくる。


「……そこまで想ってくれるんであれば、わらわの身体を好きにして良いぞえ?」


 カエデがニマニマとした表情で、俺の顔を覗き込んでくる。

 何言ってんだこいつは。また身体の話とか小声で言いやがって。もう俺は騙されんぞ。


「いやいや、もう良いって。今だってそうだが、あの時の俺もどうかしてたんだって」


 三十代後半になってくるとな。色々と溜まるんだよ。疲れとかな。ストレスだってそうだ。仕事が終わって家に帰ったら、まずはパソコンを立ち上げる。今だったらタブレットか。そうしてブラウザ系のエロゲをやりつつ、飲酒して寝るのが一番のストレス解消になる。独身男はみんなそうだ。そんな人間に期待させるようなことを言ったらら、すぐにコロッと騙されるんだよ。カエデには分からんだろうけどな。

 そうして俺が黄昏れていると、カエデが上目遣いで見つめてくる。


「わらわは嘘を言わぬ。もちろん、将来的にじゃけどな!」


「·····本当に良いのか?」


 にゃろうめ。今度は言質とったからな。否定しても遅いんだぞ。

 そう思いながらカエデに視線を送ると、急に目を背けられた。


『ま、まぁ、おぬしは名付けるという行為が、どういうことか分かっておらんようじゃし? 遅かれ早かれやることには変わらんからの……』


 カエデが指を弄りながら、ぶつぶつと念話を送ってくる。俯いて顔はよく見えんが、また揶揄ってるのは分かる。そう易々と同じ手は食わんぞ。

 俺は椅子から離れてカエデの背後に回り、そっと両耳を触ってみる。


 カエデが「ひゃぁあああ!」と悲鳴を上げるが、このくらいなら大丈夫だろう。好きにして良いって言ったんだからな。男の純情を弄んだ罰だ。

 異世界に来たら一度はエルフの耳を触ってみたいと思ったんだよ。仕返しついでに優しくつまんでやるか。コリコリと。……おお。美しい造形美の中に、ほんのりとした柔らかさ。うん、心地よい感触だ。

 そうしてしばらく耳を堪能していると、カエデが振り返って涙目で俺を睨んだ。


「な、な、な、なにするのじゃーーー!」


 そのままカエデにバシーーンと頬を叩かれて、俺は昏倒する。

 ちょっと耳を触っただけじゃねーか。

 何も平手打ちしなくても良いだろうに……。

 薄れゆく意識の中で、俺はもう二度とカエデの言うことなんて信じるかと強く心に刻むのであった。

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