異世界領都誕生編 第11話 村長


『うまいのじゃー、うまいのじゃー!』


 エルフが霜降り肉を頬張って喜んでいる。

 そう言えばエルフって、肉を食わないんじゃなかったか?

 さっきまで戦争とか言って、シリアスな雰囲気を醸し出したエルフは何処にいった。……まぁ良いんだけどな。


 今日の夕食は、すき焼き鍋にした。

 具材はショッピングモールで買ったもの。ルルーナの眼鏡記念日ということで、いつもより多めに用意してある。

 今は広場のテーブルで、すきやき鍋を囲んでる最中だ。

 長かったエルフとの念話も途中で切り上げた。夕食が出来上がったのを見てか、急にエルフがご相伴に預かりたいとか言いだしたからだ。

 まぁ子供たちから愛されてるようだし、夕食を断る理由もない。成長期の子供も多いし、肉は余るぐらいに買ってあるが……それでもちょっと図々しく感じるのは気のせいか?

 なんか段々とこのエルフの性格が分かってきたような。


「遠慮しないで食べて良いからなー。今日はルルーナの歓迎会も兼ねてるんだし特別だ」


 村の子供たちもどこか遠慮してるように見えたので言っておく。それもこれも、このエルフが勢いよく食べ過ぎるのが原因だ。日本食なんて食べた経験が無いからか、幸せそうに肉を噛みしめるエルフ。さっきまでお菓子を食ってたはずなのに、まだ食べるのかこいつは。


 あと当然だが、エルフと俺は念話でしか話せない。なので子供たちからは互いの会話が無いように見える。念話を通して会話をしてるから心配するなとは言ってあるが、無言状態が続くと仲が悪いように思われかねない。

 まぁもう戦争の話も終わったし、念話の内容を子供たちにも聞こえるように音声でも話そう。そうすれば日本語の勉強にもなるだろう。


『のうのう、良いじゃろ? 村長になってたもれー』


 エルフが両手を合わせてお願いのポーズをとる。先程から村長になってくれと俺を説得してくるが、何もメリットが無いので断っている。

 誰が戦争の真っ只中に、村長になる奴がいるか。

 日本生まれ日本育ち。歴史か映像でしか戦争を知らない世代に、乱世の統治なんて無理だ。他を当たって欲しい。


「さっきから言ってるだろ。俺には仕事があるから、ずっとここに居るのは無理なんだと。二日置きしか来れない村長なんて居ないだろ?」


「それなら居ない時は、代理を付ければ良いじゃろて。貴族なんかは当たり前のようにやっておるぞ?」


「無責任な事はやりたくないんだよ。もし俺が居ない時に何かあったらどうするんだ? 責任取ってないと同じだろうが」


「それなら、おぬしが居ない時はわらわが見張っておくのじゃ。だから後生じゃー」


 俺は先程から無理無理と手を振りつつ断ってるんだが、一向に埒が明かない。エルフも嫌だ嫌だと体を振って必死に勧誘してくる。それを食べながらキョロキョロと見る子供たちの図。

 俺が日本語で話し出したのを見てか、エルフも同じように異世界語で話してくる。俺たちは念話で翻訳出来るので、これでも特に問題ない。これなら子供たちにも内容が伝わるはずだ。


 そもそも俺は村長という柄じゃない。だからエルフに村長をやってもらいたいのだが、残念ながら政務官との両立は出来ないらしい。あくまで傍観する立場を崩したくないらしいが、どちらにせよ誰かが村長をやらないと話が進まない状況だ。

 子供たちに村を任せるのは論外だし、この村を捨ててよそに行っても戦争に巻き込まれるだけだ。そうかと言って俺が村長をやるとしても問題がある。


「それにな。このままじゃいつか俺の金が尽きる。俺が村長をやったところで破綻するのが目に見えてるんだよ」


「金の問題かえ? それなら、わらわが出すぞ?」


「それだと雇われ村長になるだけだろ。それにこっちの金を貰おうが、日本で使えなきゃ意味が無い。結局は一緒なんだよ」


 金貨を買い取ってもらえば別だが、日本の金取引は全て管理されている。海外から金を密輸して捕まったニュースもあるし、個人が金を大量に持ってたら怪しまれるだけだ。かと言って金銭じゃなくて食糧をもらっても変わらない。村に輸送する分、エルフの負担が増えるだけだ。

 それに俺やエルフなんかに依存するような村では駄目だ。将来的に村単独で生活できるようにしないと、村を存続させる意味がない。その為には強いリーダーシップや方向性を示す必要がある。そう考えると、やはりエルフしか適任がいないんだよな……。うーん困った。

 子供たちを任せられる保護者は今現在、俺かエルフしか居ないのも分かってる。だが、踏ん切りがつかない。俺だと一時しのぎにしかならないからな。


 段々と時が経つにつれ、子供たちにも落胆の表情がうかがえる。

 別に見捨てるわけじゃないんだが、ここまで頑なに拒めばそう言ってるのと同じか。やはり一時しのぎでも俺が村長になるしかないかと決意したところで、エルフから思わぬ提案があった。


「じゃあ、もし村長になってくれるんであれば……わらわのことを好きにして良いぞ?」


 くねくねと顔を赤らめながら、エルフが俺を見つめてくる。

 ……今なんて言った? 好きにしていいと言ったか?

 そりゃ面倒ごとを押し付けられそうだから、交渉も兼ねて譲歩を引き出そうとはしたが。まさか思いもよらぬ方向に、話しが飛んで行くとは。


「冗談言うなよ。別にそこまでしろとは言ってないぞ」


 この手の話題は、俺もタクシーで何度か見ている。

 タクシー運転手をやってたら、水商売の女性なんて連日のように乗せる。大事な御客様だ。立派な職業だと思う。でもな、あの人たちはプロだ。口では甘いことを言って同乗者を誘惑しといて、仕事が終わると平気で男が待つ部屋に帰る。そういうのを何度も見てきたのだ。

 別にそれが悪いと言ってるわけじゃない。ただこれだけは言える。綺麗な女性で所帯を持ってない人なんていない。信じちゃいけないんだ。

 ましてや、こんな可愛いエルフなんて尚更だ。騙されたに決まってる。


「……わらわは真剣じゃぞ?」


 エルフが決意を秘めた表情を見せる。

 ほらもう心が揺らぎそうなこと言うだろ。分かってんだ俺は。

 ……まぁ確かに、このエルフの見てくれは良い。正直に言うと、ドストライクだ。それに子供たちを育ててあわよくば源氏物語という考えも無かったわけじゃない。俺だって男だからな。

 でもな……俺はもう三十代後半。不確定な要素を追い求める年では無くなった。確定する未来がそこにあるなら、もうゴールをしても良いかもしれんな。これだけ言ってくれるんだし男の影は無いはずだ。

 決心が揺らぎそうになったので、再度尋ねてみる。


「……本当に良いのか? あとから嘘なんて、言わないよな?」


「な、なんじゃおぬし。急に目が座りおって。嘘は言うまいて。そんなにわらわが魅力的かえ? ……これでも、もう良い歳なんじゃがのぅ。まさかこんな誘いに乗ってくるとは」


 エルフが不安そうな視線を漂わせる。

 子供たちもどこか冷めたような目で俺を見てくるが、知ったことか。

 貴様らには分かるまい。俺がどれだけこの日を待ち望んだか。


「……だったらやってみるか村長を。試したいこともあったからな」


 俺は立ち上がって覚悟を決める。据え膳食わぬは男の恥。

 ここまで言われたら、もう引き下がる気など微塵もなかった。

 色んな意味でやってみたい事があったからな。


「おおー、そうかそうか。決心したか! とりあえず、まぁ座るのじゃ。それと目が血走っておるぞ。深呼吸して落ち着くが良いわ。そんなにやりたかったなら、早う言えば良かったのに」


 エルフがそう言って手をひらひらさせると、空間に青白い魔法陣が出現した。その中にエルフが手を突っ込むと、文字が書かれた羊皮紙のような物を取り出した。収納魔法だろうか。便利そうだ。俺も使える日が来るのかな。


「長年政務官をやっておるとな、村長が変わることなんてままあるのじゃ。そのたびに事後処理をするのも面倒じゃし、予めに契約書はもう作ってある。ほれ、こことここにおぬしのことを書けば完了じゃ。読めんじゃろうけど村長になる手続きが書かれておる。神に誓おうぞ」


 用意された羊皮紙の一部に空欄がある。どうやら二枚あるようだ。

 ここに氏名を書けばいいのか。漢字で書いて大丈夫なのか?

 マキナがボールペンを渡してきたので、出来るだけ綺麗な字で羊皮紙に名前を書く。すると羊皮紙から青白い光が浮かび上がって――すぐに消えた。


「これでこの村の村長は、おぬしになったのじゃ。あとは好きにするが良いわ」


「……こんなに、あっさり決まるんだな」


 手続きとか面倒だろうとは思ったが、まさかのサインだけだったとは。

 まだ何にも実感が湧かないが、これからは村長として村を発展させないとな。タクシー運転手と両立出来るのか不安だがやってみるしかない。

 ……まぁせめて、子供たちが大きくなるまでは頑張ろう。身寄りもないようだし、その後はハルカにでも任せよう。仕方ない。もうちょっとだけこの村に居てやるか。


「あと……村の名前はどうするかえ? 別におぬしが変えても良いぞ。小童から聞いておるが、おぬしは名付けるのが好きみたいじゃからの」


「いやいや、べつに俺は名付けるのが好きってわけじゃないぞ?」


 こちらの世界の言葉が読み辛いから、子供たちに名前を付けただけであって、俺自身が名付けたいとかそんな気持ちは毛頭無い。英語なら多少は分かるが根本が分からない言葉なんて、どちらかが歩み寄らないと理解するのは不可能だ。だから苦肉の策というか。


「ほうほう。じゃあ先程の件はどうするのじゃ? 取り消すかえ?」


「先程の件って?」


「だから言ったじゃろうに。わらわのことを好きにして良いと」


「……うん?」


 何で今更、その話しが出るんだ?

 まさか昼間からおっ始めようってわけじゃ無いだろうし。


「エルフの名付けを行うなんて、滅多に無いんじゃぞ? ましてや人間族が名付けるなんて聞いたことも無いわ。その権利をやったのに、おぬしと来たら……」


「――ちょっと待ってくれ。どういうことだ?」


 理解が追いつかずに再度聞いてみる。エルフを好きにして良いって聞いたから、てっきり身体のことだと思ったんだが……違うのか?

 エルフが顔を赤くして俺を睨んでくる。


「だーかーらー!  わらわの名付けを好きにせよと言ったじゃろーが!」


 俺がしらばっくれたと思ったのか、エルフが大声を出す。

 好きにしていいって言ったら普通身体だろ。なんで名前になるんだ。

 異文化の違いか知らんがそんなの有りかよ。

 別に村長になってもいいかとは思ったが、なんか釈然としない。やはりエルフの言う事なんて信じるべきじゃなかった。もう二度と甘い言葉に騙されんからなと思いながら、今日の夕食を終えるのであった。

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