異世界領都誕生編 第21話 慟哭
降りしきる雨の中。
ゆっくりと道路を南下しつつ西園寺を探すと……居た居た。すぐに見つかった。
最初に見かけたところから、あまり離れていない。
良かった。予想通りだ。
歩いている西園寺の傍まで近づくと、俺は意を決して助手席の窓を開けた。とりあえず停車して、大声で叫んでみるか。
「おーい。西園寺さん、なにやってんだ。風邪引くぞー!」
西園寺が振り返って俺を見る。
いつも暗そうだが、今日はとことん元気が無いように見えるな。
返事が無いけど、俺のことは認識してると受け取っていいんだよな?
……まぁ悩むまでもないか。
俺は後ろを注意しつつ、ドアを開けて外に出る。雨に濡れたって、お構い無しだ。
そうして西園寺の側まで回り込んでから、俺は後部座席のドアを開けた。
「家まで送る! 立ち話もなんだから、中に入ってくれ! 絶対に何もしないと誓うから!」
雨に負けないくらいの声量で、西園寺に意志を伝える。
自分で言っといて犯罪レベルの言葉だなとは思うが、これしか単語が出なかった。
多少強引だけど仕方がない。傘なんて車に置いてないし、そもそも西園寺は両手が松葉杖でふさがっていて、傘が刺せないからな。
西園寺を後部座席へ乗るように促すと、気力の限界だったのかすぐに乗ってくれた。
ドアを閉めて、俺も運転席まで戻る。外に出たおかげでずぶ濡れだ。
俺は近くに置いてあったタオルを使って身体を拭いた。
仕事上タオルはよく使うので、車にも常備してある。確か後部座席にもタオルが置いてあったはずだ。西園寺のためにちょうど良い。
「散らかってるけど、そこら辺に新品のタオルがあるから、遠慮なく使ってくれ。暖房も今、付けるからな」
肌に付いた水滴を拭きながら、西園寺を気遣う。
後ろを振り向いて確認すると、後部座席にはタオルの他に、菓子やらが散乱していた。まぁ買い物帰りだからな。
ある程度は収納魔法に仕舞ったが、どうせ降ろすから面倒だと思って、そのまま残しておいた。酒の肴に買った物まである。
西園寺も買い物袋の多さに気づいたんだろう。
車内を一瞥すると肩をすくめた。
「別に、放っておいてくれても良かったのに……」
「いやいや。夜中にずぶ濡れで歩く女性が居て、ましてやそれが知り合いなんだぞ。放っておけるわけが無いだろ」
……まぁ放置しようとしたんだけどな。未遂だけど。それに客を知り合いと呼んでいいものか。
適当に言い訳をするも、西園寺は黙ったまま返事をしてこない。まぁいいや。とりあえず西園寺の家まで運転するか。話しはそれからだ。
車を発進させて、目的地まで向かう。
何処に向かうかは言ってないので、西園寺にも一応話しておくか。
「ひとまず西園寺の家まで送っていくからな。顔見知りだから助けようと思っただけだ。他意はないぞ。あと金も要らないからな? 金を貰ったら白タク行為で犯罪になっちまう」
「……家に帰っても、どうせ意味は無いわ。もう終わったんですもの」
虚ろな表情のまま西園寺が呟く。
さっきからこいつ、返事が一方通行だな。
「あのなぁ。なにがあったのか知らんが、そういう思わせぶりな態度は良くないぞ」
悲観的になるなら家でやってくれ。
思わずやれやれとでも言いたくなる。
よくタクシーでも、泥酔した客を乗せる場合がある。
本来なら断るべき案件だが、常連だったり飲み屋から注文されると、断りにくかったりする。
その場合は仕方なく乗車させるが、酔いつぶれるまで飲む人は大抵悲観的だったり、反抗的になりやすい。
ちょっとでも会話の選択肢を間違うとジ・エンドだ。絡まれたり口論になって、その日の売上が終わる。
そのくせ次の乗車時には、もう忘れていたりするんだぞ?
乗せるこっちが恥ずかしくなるくらい、翌日には何ともないことが多い。
だからな。西園寺も一晩寝てから考えてくれ。
時間が解決することもあるんだから。
「明日にでも愚痴は聞くし、今日はとりあえず家まで送ってくぞ。あと五分くらいで着くからなー」
自分でも素っ気ないとは思うが、下手に詮索しないでおく。西園寺とはあくまで、ビジネスでの繋がりだ。
ナンパ目的でも無いし、乗せたところで後から文句を言われて困るのは俺の方だ。夜道を一人で歩いていたら誘拐された。そんなことを言われたらどうなるか。
優しさを見せる場面でもないし、ここは黙ってやり過ごそう。
しばらく無言のまま運転すると、目的地である西園寺家に到着した。
正常な人でも歩くのは辛い距離。ましてや雨だ。俺なら心が折れる。よくもまぁ西園寺も、この距離を歩こうとしたもんだ。
結局西園寺はタオルを使わずに、そのままずっと座っていた。雨の音で聞こえなかったが、もしかしたら泣いていたのかもな。
だがまぁ、俺が家まで送らなかったら、今頃はまだ雨の中を彷徨っていたに違いない。
家族を呼ぼうにも、ずぶ濡れだから座席が濡れるし、迷惑がかかるから電話を掛けづらかっただろう。
俺は安全を確認しつつ、停車して後ろを振り返った。心無しか西園寺の目の焦点が合ってないような気がする。
こりゃ相当に重症だな。被害が及ばないうちに、早く帰らせよう。
「西園寺さん、家に着いたぞ」
ぼーっとしている西園寺の眼前で手を振ってみる。
まさかとは思うが……、寝てないよな?
いつもなら散々愚痴を言ってくるし、降りる時も捨て台詞を吐くくらい気丈に振舞うのに。これで縦ロールでも巻いたら、立派な悪役令嬢の完成だが、あいにくと黒髪だからな。
まぁ最近は黒髪の悪役令嬢も多いけど。
それにしても家に着いたというのに、降りる素振りも見せない。地雷女は御退場の時間だぞ。面倒だから家の人にでも連れてってもらおうか。
そう思っていると、急に西園寺と目が合った。
姿勢を正して周りを見る。
「あなた……、これだけ菓子やらスイーツを買って、私を監禁するつもりなの?」
「おっ。やっと本調子になってきたか。なんならちょっとぐらい持ち帰っても良いからな。結構美味いって評判なんだぞ?」
カエデ好みのスイーツと、菓子コーナーの棚を一気買いした結果、車内が買い物袋だらけになった。あいつらの好みを調べようと思って、買っただけなので気にしないで欲しい。
「要らないわよ菓子なんて。それに家に帰るくらいなら、まだあなたと暮らした方がマシかもね。監禁されるのはちょっと怖いけど……」
「なんでそうなるんだよ。あのなぁ、そんな誤解されるような発言をしたら、いつの日か本当に喰われるぞ?」
完全に自棄になっているな。
まだ雨の中で見つけたのが俺で良かった。他の人が声をかけたら、どんな未来になっていたか。
西園寺もやっとのことで発言したのか、ちょっと涙目だ。俺がそのことに気付くと、西園寺が再び俯いた。あーもう。また振り出しかよ。早く家に帰らせろと。
チカチカとハザードランプの点滅する音が、雨の音に混じる。
重苦しい空気が流れる中、俺はこの状況をどうすれば良いのかを考える。
……このまま家まで西園寺を帰らせても駄目だろうな。
家に帰したところで今日大丈夫だった出来事が、明日に延期されるだけだ。
西園寺に何があったのかは知らない。
だがおそらくスーツ姿だから、会社でのトラブルか。そんなもんでストレスになるくらいなら、いっそのこと辞めれば良いのに。
まぁ西園寺の性格上、ムキになりそうだから辞められないんだろうな。仕事を途中で投げだすような性格じゃなさそうだし。
それに挫折を味わった人間なんて、この世にはたくさん居る。
よくタクシー会社には、挫折した人間や定年退職したあとに働きたかったとか言って入社する人がいる。そんな軽い気持ちで入った人間なんて、直ぐに辞めていくのがタクシー業界だ。
さっきも言ったとおり、下手なエロゲの選択肢よりセンスを求められる。会話一つでポシャるぐらいの職業だ。
やれ思ったのと違う、プライドが傷ついただのと弱音を吐く。楽して稼げる仕事なんてあるわけがないのに。運転するだけの仕事と思ったら大間違いだ。
まぁ俺も正直、最初は西園寺が嫌いだった。今でも嫌いかと言われるとちょっと微妙だが。
しかしだな――。
俺はバックミラーで、西園寺の様子を確認する。そこにはずぶ濡れで目の光がなく、肩を落とす女性の姿があった。
こんな絶望している人間を放っておけるほど、性格がひねくれてはいない。いくら憎まれ口を叩かれようが、西園寺のこんな姿は見たくなかったのだ。
「なぁ西園寺。今日はやっぱり家に帰れって。親御さんも心配するだろ?」
帰宅するように促すが、西園寺は反応しない。
この分だと、親も心配してないのかもな。
まぁそれはどうでも良いし、口実だ。
俺はな……、頑張る西園寺をずっと見てきたんだ。世間が休みでも出勤していたのを知ってるし、こんな夜遅くまで働いても報われない世の中だ。失望するに決まってるよな。
それに西園寺の身体のことだってある。脚が動かないんだろう。いくら西園寺の精神でも限界がくるよな。
カエデには申し訳ないけど仕方がない。
通常の接遇では無理だったんだ。荒療治といくしかない。これでも選択肢を選ぶのは得意だからな。任せてくれ。
花は脆くて折れやすい。一度でも茎が折れてしまうと、枯れていくだけで元には戻らない。
だが、花は脆くて折れやすいのは日本。この世界での話だ。
だったら俺が元に戻してやろうじゃないか。
異世界流でな――。
「なぁ西園寺。これを見てくれないか? 俺の頑張った成果だ。世の中も捨てたもんじゃないぞ? だから諦めるなって」
俺は指先で水球を浮かべたり、さらさらと砂を出したりする。
この間から、カエデに教えてもらった初級魔法だ。
どうせ車内だから西園寺以外、誰にも見られない。誤魔化すことなんて幾らでも出来る。これでもまだ手品だと思うだろうか?
俺は弱っている西園寺なんか見たくない。強くて芯が通った西園寺が見たいんだ。だから何があったのかは知らないが、諦めてないでくれ。今日だけは嫌なことを忘れるために、夢を見せてあげようじゃないか。
「実は俺――、魔法使いなんだよ」
そう言って、俺が魔法で小さな炎を灯してやると、西園寺が虚ろな目で見つめてきた。ゆらゆらとした炎が、憔悴しきった西園寺の目にも映る。
無反応を貫く絶望の目。
だがその目には……、僅かに希望の光がともったように俺には映るのであった。
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