異世界領都誕生編 第20話 ターニングポイント2
あれから十日ほど経って、俺は収納魔法をやっとのことで使えるようになった。
カエデ曰く、十日で収納魔法を覚えるのは、存外に珍しいと褒められた。
そりゃ日本人だから、亜空間のイメージには土台が出来ている。異世界人と同じくゼロから勉強したら、俺だって習得に時間が掛かったはずだ。
そのあとに四大属性の初級魔法を覚えようとしたら、あっさりと覚えられたのが印象的だった。
今まで空属性で時間を費やしたのが何だったのかというくらい、すんなりと覚えられた。やはり一度自分に合った初級魔法を覚えると、あとの属性を覚えるのは簡単らしい。カエデの講義に間違いはなかったというわけか。
それにしても、本当に魔法を覚えるのは大変だった。子供たちは教科書を使ってすぐに初級魔法を覚えていったのに対して、俺は空属性のせいか最初は中々魔法が発動しなかった。
カエデの指導でもイメージが大事とは言われたが、火魔法や水魔法と違って空魔法なんて何をイメージすれば良いのか分からない。ブラックホールを想像してみたが違うようだし。
カエデが何度も収納魔法を実演しても、青白い空間に手を突っ込んでるようにしか見えないんだよなぁ。
悩みに悩んで、ふと何となく四次元的なポケットを想像してみると、これが思いのほか上手くいった。世代的にはこっちの方がイメージしやすいのか。
試しに続けてみると……うーむ、発動までは出来るが、自分の空間が保てない。物を亜空間に入れても消えてしまったり、原型を留めていなかったりするのだ。ただ発動自体は出来たので、そこからは想像力を養うことに集中した。
連日連夜、仕事のあとも異世界に行ったり、インターネットで亜空間関連を調べながら想像力を働かせて、やっとのことで魔法を習得したのが今日の夕方だった。
おかげでちょっと寝不足だったりする。
まぁそれも今日で終わりだけどな。
いやはや本当にカエデの魔法講義は大変だった。
この十日間をまとめると、そんなところだろうか。
そうして俺は高揚した気分のまま、カエデたちと別れてから日本に戻った。今日は久しぶりに早く寝るかと思いつつ、帰りの高速道路をひた走る。
まだ魔法を覚えて間も無い。それに夢にまで見た魔法だ。使えるようになったんだし、自慢したい。そんな気持ちも湧いてくるんだが、ここは我慢だ。
こんなことを誰かに話したりでもしたら、どこに連れていかれるか分かったもんじゃない。
絶対に言うなと、カエデからも釘を刺されたからな。
でもなぁ……こんだけ頑張って魔法を覚えたのに、日本に戻ると誰にも見せられないと言うのはちょっと寂しいような。
頑張ったのを評価されて、初めて達成感が生まれると思うんだが、見せ場が無いとは考えていなかったな。虚しいというか、なんというか。
まぁでも収納魔法は便利だから、覚えていても損は無い。
空間スペースが広いので大型家電も運べたりするし、日用品も大量に購入できる。持ち運びが便利になったんだから良しとしよう。
あとはそうだな。もし無人島に漂流でもしたら、火魔法や水魔法が使えるから、便利なくらいか。
……本当に誰にも魔法を見せられないのって寂しいもんだな。
秘密を守るというのは、思った以上に大変なんだと実感する。
そうして異世界からの帰り道。
高速道路を降りたあとにスーパーに立ち寄り、軽く買い物を済ませてから出口に向かうと、外は大雨が降っていた。
時刻は夜の九時をまわり、暗くて視界が悪い。
道路が見えにくいなと思いつつも、自家用車を発進させて家まで帰ろうとすると、ふと遊歩道に人が歩いている姿が見えた。
信号が赤になったので停車してよく見ると、どうやら松葉杖をついて歩いているようだ。
って、あれは……。
まさかとは思ったが、あの姿はタクシーでよく乗車する西園寺か。なんでこんな雨の中を、ずぶ濡れのスーツ姿で歩いているんだ?
……そういえば朝に天気予報を見た時は、今日の予想は雨では無かったな。突発的に降ってきた雨だし、タクシー乗り場も帰客で溢れかえっているはず。
西園寺が出勤する時は、いつもタクシーで駅まで向かうことが多い。そうなると帰りもタクシーを使うんだが、今日は何故か乗らなかったようだな。
バスもこの時間だと最終も終わった頃か。あそこまですぶ濡れだとタクシーも断られるし、どうやって家まで帰るんだ?
……まぁでも、俺には関係ないか。
客と運転手の関係だもんな。
西園寺がいくら雨にうたれようが、今の俺は私服だし非番の日だ。家まで運ぶ義理もない。
それに俺が西園寺を知っていようと、西園寺からすると数居るタクシー運転手の中の一人。いきなり俺が声を掛けても、気味悪がられるだけだ。放っておくのが賢明か。
そう思って信号待ちから車を発進させる。
西園寺は一ヶ月前から、頻繁に俺のタクシーに乗るようになった。押し問答をしてからか。相変わらず愚痴をこぼしてくるし、話を聞かないとすぐに怒る。
いつも不機嫌そうな顔をしているので、俺はこの西園寺とのやり取りが苦手だったりする。
ただ最近は当初のように俺に絡むような事も無く、日常の範囲程度の愚痴しか言わなくなった。
中でも仕事関連の愚痴が多いか。
会社ではなく部署の悪口ばかり言うので、よほど人間関係がうまくいってないんだろう。
俺にはなんとなく分かる。人間関係が嫌でタクシー運転手を選んだのもあるからな。
だが……俺はさっき見た西園寺の表情が気になった。
雨が降っているので、視界が悪い。なのでちらっとしか見えなかったが、あれは完全に沈んだような顔だった。
そりゃ雨の中を歩いたら、そういう顔になるかもしれない。
ただ、なんというかこのまま放っておくと、
――もう会えないような、そんな気がしたのだ。
西園寺を見かけた場所から家までは、まだ大分距離がある。
明日も平日だ。西園寺も仕事だろうが、風邪なんか引いたりしないよな?
「あいつ、なんで無茶なんか……。ああもう、悩んでいても始まらないかっ!」
俺は信号のある道路を曲がって、コの字に一周回った。
西園寺を見かけた場所まで、戻ることにしたのだ。
家の方角からして、おそらく南下しているはず。見つかると良いんだが……。
別に西園寺に声を掛けて、気味悪がられても良いじゃねぇか。
大事なお客さんなんだから。
困っている人を助けないで、何がタクシー運転手だ。
西園寺に苦手意識を持ちすぎて、そんな事も忘れたのか俺は!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます