異世界領都誕生編 第19話 魔法適性


 朝食を食べ終わったあとは、そのまま広場のテーブルで授業にする。

 今日は子供たちと一緒に魔法の基礎を習う予定だ。

 もちろんカエデが講師役を務める。

 これでやっと俺も魔法を覚えられるのか。感慨深いがまだまだ基礎段階なので、しっかりと耳を傾けるようにしよう。


 テーブルには授業用にと買っておいた卓上用のホワイトボードがある。

 そこには『まほうこうざ』と平仮名で可愛らしく板書された文字が見える。恐らくカエデが書いたんだろう。その文字が見える位置に子供たちが囲むようにして座っている。俺もそこに混ぜてもらった形だ。


 それにしても……、誰かに基礎を教えてもらうなんて久しぶりだ。

 具体的にはタクシーで先輩乗務員から指導を受けた時以来か。

 俗に言う『横乗り』ってやつだ。

 やはり今まで経験したことが無いものを教えてもらう時って緊張するな。気を引き締めていかないと。


 まず最初に、カエデが魔法の基本属性について話しだす。

 この世界には火・風・水・土といった四つの基本属性がある。他にも様々な魔法があるようだが、一度に教えられないので今回は省略すると言われた。残念だ。

 簡略化された説明の中でも、硬質化させる金魔法や、植物に関する緑魔法、はてまたカエデが使う結界魔法など、この世界には様々な魔法があるようだ。

 何だか俄然やる気が出てきたぞ。科学が発展してこなかった世界の根幹が聞けて、期待に胸が高鳴ってくる。


 その他にも『魔法適性』というものがあるらしい。

 カエデ曰く、この適性こそが魔法を習う過程で、一番重要なんだとか。

 適性がない魔法を教えても、時間が掛かるだけなんだそうだ。


「魔法を覚えるのに必要なことは、まず己の適性を知ることじゃ」


 カエデが白板を使って説明すると、どこからか持ってきた水晶玉を手に持った。

 紫色の水晶玉が淡く光っている。あれは何に使うんだろうな。

 今日はカエデが講師役なので俺は聞き役に徹しよう。

 続けてカエデが話し出す。


「まずはこの水晶玉を使って、おぬしらの魔法適性を調べようかの。水晶玉の光った色で、ある程度の適性が分かるのじゃ」


 そう言って、カエデがテーブルの中央に水晶玉を置く。

 と、そのタイミングで子供たちが、我先にと手をかざそうとしたが、カエデから待ったが掛かった。


「早るでない。正確な測定には他人との距離が必要じゃ。まずは狩りと同じように整列せい。おぬしらがこの村の将来を担うんじゃからな」


 カエデがそう言うと、今度は子供たちが一斉に立ち上がって、俺の後ろに並び出した。

 ちょうど俺の座る位置がカエデの正面になる。一人ずつ順番にということだろう。

 ちゃんと教育もしてるんだな。さながらカエデママと言ったところか。じゃあ俺から先に、魔法適性でも見てもらおう。

 そう思っていると、俺がさっき腕を伸ばしかけたのを見たのか、カエデがジト目で睨んでくる。うーん。これはあれだな。

 年齢順みたいだから、俺も一番最後に並ぶとするか……。


 そうして子供たちを測定すると、髪色が暖色系のマキナ、あゆ、ナナセが火属性。その反対で髪色が寒色系のハルカ、涼子、ルルーナが水属性だった。

 髪色で属性が決まるのかとカエデに聞いてみたが、首を横に振って否定された。どうやらたまたまだったらしい。


『通常の人間族なら火や水がほとんどじゃが、この土地の住民はエルフの血筋が混ざった者も多いでの。風属性にも期待したんじゃがな……』


 カエデが残念そうに、俺にだけ念話を送ってくる。もうちょっと属性がバラけるのを期待したのか。

 火や水魔法の攻撃性も良いけど、風魔法の機敏性や、土魔法の生産性も捨てがたいよな。でも良いじゃないか。

 俺は好きだぞ、攻撃一辺倒。ロマンがあるからな。

 

 子供たちが手を取り合って喜んでいる。魔法が覚えられるのが嬉しいんだろう。まずは一安心と言ったところか。これで子供たちの適性検査は終わったと。


「さてさて、最後におぬしの順番じゃな」


 カエデが指をパチンと鳴らすと、子供たちが左右に分かれて並びだした。モーゼの海割りかよ。いつの間にこんな演出を教えたんだ。期待させるような演出なんかしやがって。

 俺は水晶玉があるテーブルに向かって近づいていく。


「反応しないのだけは、やめてくれよ……」


 祈りを込めつつ、片手をかざす。

 と、水晶玉が放射状に黒く輝きだした。

 良かった反応した……って、これは一体なんの属性だ?


「ほぅほぅ、おぬしには空魔法の素質があるようじゃの。中々に珍しい適性じゃぞ」


 カエデが思いのほか喜んでいる。

 当たりを引いたか?

 空魔法なんてマイナー過ぎて、あまり聞いたことが無い。


「空魔法ってことは、例えば空を飛んだり、時空を操ったり出来るのか?」


「空を飛ぶのは風魔法じゃし、時空を操るのは個人では限界があるのぅ」


「じゃあ、どういった魔法なんだ? 攻撃とかは出来るのか?」


「うーむ。どちらかと言えば支援系じゃな。空魔法は基本、空間把握に優れておる。索敵が出来たり、自分の空間を持ったりも出来るのじゃ」


「……自分の空間?」


「亜空間に物を収納することが出来るんじゃよ。空適性じゃと、初級魔法は空間魔法か。別の名を収納魔法とも言うかの」


 カエデが元の位置に、子供たちを座るように促す。俺もそのまま定位置に戻ったが……収納魔法か。

 カエデが言う単語には聞き覚えがある。

 ファンタジーや異世界小説を代表する魔法の一つだ。どうやら俺は当たりを引いたらしい。


「なるほど、アイテムボックスみたいなものか。使える人は少ないのか?」


「……そうでも無いのぅ。何度もお主に見せたじゃろうに。初級魔法は努力すれば誰でも使える。空適性の者は収納する量が他よりは多いがの。そのくらいじゃ」


 カエデが苦笑をこぼしながら説明する。

 持ち上げて落とす、その性格。

 じゃあなんで最初に期待するような目を向けたんだよ。

 まぁ収納魔法は有能だから、俺には丁度良いんだけどな。荷物運びに便利だし。

 そういえば仏教だと『五大』というものがあって、火、水、風、地、空という属性があると本で読んだような気がする。

 もしかして日本だと、空属性はありふれているのかも。五分の一だからな。


 俺が考え込んでいると、カエデが空中に青白い魔法陣を形成して、その中に水晶玉をしまった。

 ……ああ、それが収納魔法か。そういえば確かに、その光景は何度か見たことがある。期待して損したよ。

 そうして俺が気落ちしていると、続けてカエデが魔法陣から、一枚の黄色い紙を取り出した。


「あと、おぬしだけには、この鑑定符を使わせてもらおうかの」


「……俺にだけ? 子供たちには使わないのか?」


「鑑定符をそこまで持ってきておらぬのじゃ。おぬしの場合は異界の者ゆえ、なにか特殊な適性があるやもしれん。水晶では稀有な特殊魔法までは対応しておらぬし、念のためじゃ」


 カエデが茶目っ気を見せるように片目を閉じる。

 なるほど。チャンスは二回あるということか。なんと言う優しい世界。

 思わず照れ隠しのついでに頭を搔いてしまった。


「……なんだか俺だけだと、申しわけ無く感じるな」


「良い良い。小童らは元から村人じゃし、特殊性は限られてくる。問題はおぬしじゃ。他にも特殊能力があったり、技能があるやも知れんじゃろ?」


 カエデが俺に向かって、僅かに期待させるような発言をする。

 子供たちも俺を見て、うんうんと頷く。

 そうか……。俺は魔法の素質には恵まれなかったが、スキルがあるかもしれないのか。まだ諦める段階じゃなかったんだな。


「じゃあ悪いけど、俺から先に鑑定してみてくれないか」


「あいあい、分かったのじゃー」


 カエデが鑑定符を持ってなにやら唱えると、符が青白く発光した。そしてカエデが手をくいくいと招くように俺に合図する。

 ……近づけば良いのか?

 おそるおそるカエデの方に顔を近づけてみると、不意におデコに符をペチンと貼られた。目の前で符が淡く光っている、と思ったらすぐに消える。そしてそのままカエデにペリっと剥がされた。地味に痛い。なんでそこはアナログ方式なんだよ。

 カエデが符に書いてある文字を読み上げる。


「ふむふむ、第一職業は領……まぁそれは良いとして。ひとつは統率力上昇という村長系の技能が付いておるの。あとは第二職業にタクシー運転手、と書いておるの。これはなんじゃ? 聞いたこともない職業じゃが……」


「そう言えば言ってなかったか。俺はあっちの世界でタクシーの運転手をやってるんだよ。前に車に乗ったことがあるだろ? ああいうので乗客を移動させるお仕事だな」


 符を剥がされたおデコをさすりながら返答する。

 職業も鑑定符で見れるんだな。まさか異世界でもタクシー運転手になっているとは思わなかったが、こっちでも天職だったりするのか? もしそうだったら泣けてくる。

 カエデが俺の言葉に、ふむふむと頷く。


「……なるほどのぅ。タクシー運転手にどのような補正がつくかは分からぬが、職業があると職業に適した魔法や技能が芽生えやすくなるのが特徴じゃ。おぬしの現時点で分かっておる能力はこれじゃな」


 そう言って、カエデが俺に念話を送る。どうやらスキルのところをコピペして、俺に見せてくれるらしい。

 一体どんなスキルを獲得しているのかと見てみると――


 タクシー運転術

 『安全に走行することが出来る』

  Lv.2


 こんな念話が送られてきた。

 ……これがスキルなのか? 別に普通のことなんだが。

 スキルというか職業スキルというか。しかも十年近く運転手をやってるのに、まだLv.2なのが悲しい。


「馬車で人を運搬する者も、そういった術を覚えるぞ。それの派生系じゃな」


「なんか地味だな……。スキルってこういうのばかりなのか?」


「あくまで職業技能じゃからの。剣士の剣術が上手くなったりする程度じゃ。剣士なのに弓使いが上手くなるわけなかろうに」


「そういうもんか……」


 俺は肩を落としてガックリと落ち込む。

 結局俺のスキルって、村長とタクシー運転手の経験スキルが備わっていただけで、特殊スキルなんて何も無かったじゃねーか。漫画みたいにチートスキルが欲しかったのに。

 まぁ異世界に来たこと自体が偶然だったからな。そこで俺の運も全部使い果たしてしまったんだろう。


「だから言ったじゃろうに。おぬしは平々凡々の男じゃと」


 カエデが落ちこんでいる俺を見て、けらけらと笑う。

 いやいや、俺も薄々分かっていたけどさ。改めて言われるとちょっとな。それと散々持ち上げといて落とすのはやめろって。


「そういうカエデこそ、どうなんだよ」


 このまま終わるのも癪なので、仕返しついでに訊いてみる。

 そういえば俺は、カエデの魔法についてよく知らない。色んな魔法を使っているように見えるし、複数適性だったりするのか?

 カエデが良くぞ聞いてくれたと言わんばかりにドヤ顔を見せる。


「わらわかえ? わらわの適性は風魔法じゃよ。魔物を切り裂いたり空を飛べたりと、一番便利な属性と言えるかのぅ」


 カエデがホワイトボードにわざわざ文字を書いて、バンバンと叩く。大きく一文字だけ書いたので、恐らく『風』と書いたんだろう。属性でマウントを取ってくる奴なんて初めて見たぞ。

 確かに俺も魔法で空を飛んでみたいとは思うが、そこまで飛びたいかと言われるとちょっとな。便利そうではあるんだが、毎日飛行機に乗ると考えたら微妙に思えてくる。

 子供たちが羨ましがってるのを見て、カエデも誇らしげだ。


「適性が無ければ、初級までしか使えんからの、諦めるのじゃ。それともわらわが背負って空まで飛ぼうかえ?」


「いや、それは怖いからやめておくよ。流石はカエデだな」


「ふふ、そうじゃろ。そうじゃろ」


 子供たちに拍手をされて、カエデも御機嫌だ。

 反論してやっても良いけど、地球だって空を飛ぶのに憧れた時代があったんだ。その時代の人にとって、空を飛ぶことは特別なんだろう。今のカエデのように悦に入るのも仕方ない。

 そっとしておいてあげよう。


「それと結界魔法が使えるんだろ? それも風魔法の部類なのか? ダブルで魔法が使えるなんて本当に凄いな」


 それより俺にとって羨ましいのは、空を飛ぶことよりも結界魔法だったりする。狩りの時に拝見させてもらったが、非常に有用な魔法に見えたのだ。

 まさに当たらなければどうということはないを具現化したような魔法だった。風魔法より結界魔法の方が断然、自慢出来るように見えるんだけどな。

 そう思ったんだが、カエデの表情にどことなく陰りが見えた。


「それは特殊な力で、固有魔法が使えるおかげじゃな。普通の属性では結界魔法は使えんからの。中々使い手がおらんのじゃ」


 どこか寂しそうにカエデが答えると、直後に手をパンパンと叩く。

 ホワイトボードも収納したので、どうやら締めに入るようだ。


「さてさて、講義はこのくらいにして、次は座学に移るかの。ここに魔法の基礎が書かれた本が二冊ある。それぞれの属性ごとに分かれて読むと良い。簡単な本じゃし直ぐに覚えられるゆえ」


 言いながら、カエデが子供たちに二冊の本を分け与える。

 なんだよ。結界魔法の話はもう終わりか。つれないな。というか子供たちは六人だから、ちょうど七人目の俺が余る。火属性と水属性。どっちの教科書を読めばいいんだ。

 そう思ってカエデの方を見ると、不意に『話を戻すけどのぅ』と、俺にだけ念話が届いた。


『おぬしには、直接話しておきたいことがあっての。こうやって念話で話しをさせてもらうゆえ、絶対に子供たちには伝えるでないぞ』


『それは良いんだけどさ。急にどうしたんだ?』


『なに、さっきの話の続きじゃよ。適性と技能があると言ったが、その他にも称号というものがあっての。この称号のおかげで、わらわも結界魔法が使えておるんじゃよ。ちなみに、わらわの称号の名は【厄災の申し子】というものじゃ』


『……厄災の申し子?』


 なんだか急に、不穏な単語が出てきたな。

 カエデが結界魔法を使えるのは、称号のおかげだと言うのは分かったが、まさかそんな称号だったとは。

 子供たちも真剣に本を読んでいるし、黙って念話を続けるか。


『厄災って簡単に言うけど……カエデには直接、影響が有ったりするのか?』


『特には無いのぅ。厄災の申し子という称号ゆえ、厄災を起こすように思われがちじゃが、実際は逆じゃ』


『逆? ……逆だと言うと、厄災を起こされる方か』


『そうじゃ。つまり面倒ごとに巻き込まれやすいわけじゃ。だからこそ結界魔法というものが、己を守るために存在する。この称号のせいで、わらわがどれだけ苦しんできたか……』


 まぁそんな称号を持ってたら、巻き込まれてすぐに死にそうだもんな。神様の温情なのか知らないけど上手く出来てるな。

 でもなぁ。俺が日本人だからか知らないけど、カエデは考えすぎだと思う。


『それなら相手にも、ハッキリと伝えたら良いんじゃないか?』


『……巻きこまれやすいから注意しろとでも言えと? たわけかおぬしは。そんなことを言ってしもうたら、今ごろは水都で磔にされとるわ』


 カエデがやれやれと溜息をつくが、たわけとはなんだ。

 厄災という称号なら、日本にも身近にあるんだぞ。


『俺の世界では、厄年と言ってな。厄災が起きやすい年齢があるんだが、普通に公表しても気にせず接してくれるぞ。それで疎遠になったりすることもまず無いな』


『それは本当かえ? なんという優しい世界なのじゃ……』


『カエデの世界も大概だけどな。ってか、何でカエデがそんな言い回しを知ってんだよ。……ああそうか、アニメからか』


 でもまぁここら辺が、科学と魔法による進化の違いなんだろう。今の日本は、目に見える物しか信じなくなったからな。

 オカルトに怯えていた平成時代が懐かしく思える。


『じゃが中には、わらわに付いてくる奇特な者もおったがの。ただのぅ……。わらわが直接、厄災を引き起こしたわけではないんじゃが、巻きこまれた人はそうは思わんのじゃよ』


『まぁ、それはそうだろうな……』


 確かに今回の戦争で、村が巻きこまれた件だって、実際にはカエデは直接関わったわけじゃない。だがもし厄災の申し子の称号を持っていることが子供たちに知られたら、そのせいで巻き込まれたんだと勘違いされるかもしれない。

 だから子供たちには伝えなかったと。称号も善し悪しだなぁ。


『でもそれだと……結界魔法が使えると、厄災の申し子の称号を持ってるってことがバレるんじゃないか?』


『うむうむ。その問題があるからこそ、この国では厄災の申し子という称号は秘匿されておるのじゃ。もし称号を持った者が現れても、国で保護するようになっておる。実例は少ないがの。代わりと言ってはなんじゃが【森の番人】という偽の称号を広めて、その称号を持つ者こそ結界魔法が使えると公表しておる』


『逃げ道はちゃんとあるってことか。なるほどな』


 そういえばカエデは、子供たちに『森の番人様』と呼ばれていたんだっけ。

 村の住民にとって、結界魔法で身を守ってくれる人ほど有難い存在は居ない。カエデは二ヶ月に一回しか村に訪れなかったみたいだが、まさに村の守り神のような存在だったんだろうな。

 実際は厄災の申し子という称号のせいで、離れていたんだろう。カエデの苦悩が良く分かるな。


『他に結界魔法が使える人って、この世界には居ないのか?』


『他国にはおらんようじゃが、この国には数名おるぞ。どうやら精霊族特有の称号じゃないかと、わらわは睨んでおるがの』


『それなら結界魔法が、他国に広まることも無いから安心か』


 カエデが使う結界魔法は、本当にチート級だったというわけか。他国も同じように結界魔法が使えると、カエデが居る国の優位性が失われるもんな。よそから称号がバレる心配も無い。

 そう思ったんだが、カエデが首を横に振って否定する。


『ただのぅ……。今までどのような特殊魔法でも、四大属性や他属性の者が成長すれば、覚える魔法がほとんどだったんじゃ。けれども結界魔法だけは、どの属性の者も未だに覚えおらん。おそらくは空魔法の適性者では無いかと言われておるんじゃがな』


『……じゃあ俺もレベルを上げれば、結界魔法が使えるようになるのか?』


『それは分からん。空魔法には攻撃手段がほぼ無いゆえ、魔物を狩って成長を続けた者がおらん。だから確かめようもないんじゃ。それに希少性も高いからの』


『おいおい、どれだけ試練が大きいんだよ。この空魔法っていうのは……』


 攻撃手段が無いのなら、俺の場合どうやってレベルを上げるんだ。素人の俺が、魔物と剣で戦うのも限界がある。

 森の中を自動車で駆け巡るわけにも行かないし。大切な商売道具を使ってまで、危険に飛び込もうとは思わんぞ。やっぱりそう都合よくはいかないか。


『だからこそ、おぬしに期待の目をむけたんじゃ。空適性の者が成長したらどうなるか、試してみても良いかえ?』


『いやいや。そこまでレベルを上げるつもりも無いし……、やっぱり俺は初級魔法で充分だな。うんうん』


「……だろうと思ったわ。何やら張り切っておったゆえに、からかってみただけじゃ。それに結界魔法のために、わらわも空魔法はよく研究しておったからの。純粋におぬしが空適性だったのは嬉しいぞ。わらわが直接、教えてやれるからのぅ」


 カエデが微笑みを浮かべて、念話と同時に声で話してくる。

 もう称号の話しは終わりってことか。まさか俺にだけ秘密を話してくれるとはな。カエデの内面が知れて、俺も嬉しかったりする。

 

「マンツーマンで教えてくれるならドンと来いだ。今日は朝からだし、たっぷりと時間もある。さぁ始めようじゃないか」


「ふむふむ。くれぐれも魔法の扱いには注意するのじゃぞ? 特におぬしの世界には魔法が無いと聞いたからの。他人には絶対教えるでないぞ?」


「分かってるって。それより……俺の教科書は無いのか?」


 話も充分に聞いたので、カエデに座学の催促をかけてみる。

 さっきから子供たちが、教科書を見て勉強をする姿が気になって仕方ない。待ってろよ。俺も直ぐに追いついてやるからな。

 そうして俺が意気込む表情を見せると、カエデが呆れた顔でこちらを見た。


「だから言ったじゃろうに、直接指導すると。空適性の者は少数ゆえ、教科書なんぞ無いわ。がっつりと教えてやるからの」


「どうりで俺にだけ、教科書が無いと思ったんだよ……」


「ふふふ。過去にも空魔法を教えた者がおったが、初級で丸一ヶ月ほど掛かった者が最短じゃったか。覚悟すると良いぞ?」


 そう言って、横顔を向けながら、ニヤりと歯を見せるカエデ。

 そんな性格だから、今まで人と分かり合えなかったんだろうが。まぁいいや。俺も頑張って魔法を覚えるとしよう。


 そうして俺は、夜遅くまで魔法講座に時間を費やすのだった。

 

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