第二章 現実世界企業連合創立編 第46話 初狩り②


 ややあって目的地である狩場まで到着する。

 ここもテニスコートくらいの空き地だったのに、今ではもう体育館ほどの大きさにまで広がっている。もうちょっと広げたら村としても活用出来そうだ。ここまで広げるのも大変だったろうに。


「最近はあらかた狩り尽くしてしまったのか、すっかりと魔獣の出現頻度も減っておってのぅ……」


 カエデが空き地を見てポツリと呟く。

 子供たちが狩りをしている間に、手持ち無沙汰だったから狩場を広げたってわけか。

 エルフの気質なのか、カエデも草木と戯れるのが好きなようだ。日頃の行動を見ていても分かる。

 でもなぁ、どうするんだよここ。

 活用しないと勿体ないよな。


「ここなら牧場としても使えそう……」


 二乃が隣で俺に聞こえるようにして言う。

 ああ、そうか。牧場という手もあるな。

 カエデの里の面積じゃ、ニワトリまでは飼育出来ても、牛や豚までは面倒を見きれない。ここを牧場として使うのも有りかもな。


 ってかなんで俺を挟んで、会話をするんだ。いつの間にか左右でエルフ組と子供組で分かれてるし。間にいる俺が浮いてるからって気を使って話してくるなよ。惨めに見えるだろ。でもそもそもな話し。


「ここは一体、どういう目的があって作ったんだろうな……」


 思わず俺が声を漏らす。村からここまで森林道が繋がっているのなら、過去に何か意図があってこの場所を作ったんじゃないか。そう思っての発言だったが。

 声が響いたのか全員の視線がカエデに集中する。


「うーむ。それについては、わらわとルシアの若気の至りというしか他無いのぅ……」


 頬を掻きつつ照れをみせるような顔でカエデが返答する。


 そうしてカエデは、この森が出来た経緯を語り出した。

 カエデが結界で魔物が来るのを見張ってくれると言うので、俺も安心して耳を傾けた。



 そもそもここは、リコッツ王国という国の最東端で、何も無い平原だった。国境の境目で、唯一あるのは宿場町だけで管理も不十分。

 隣国には聖樹の森で覆われたノワールという国が存在するが、明確な国境は『森があるかどうか』だけで決まっていた時代があったのだ。

 そこにカエデが目をつけたのが発端だ。


 そこまでは俺も聞いていたんだが、問題はどうやってその森を拡張させたかだ。


 カエデの部下だったテルシアに『木魔法』の適性があった。それを良いことに、カエデは散々無茶をさせた。そりゃもう、村を覆うほどの森林が出来上がるほどにだ。


「……なるほど。要約するとテルシアさんが木魔法で植樹をしまくった結果、ここに領地が出来上がったってわけか」


 何も無い平野に、テルシアが木魔法で植林をしまくったらどうなるか。当然他国との交易路として活用しようとしていた場所が、一瞬にして大森林に変わる。ちょうど今、俺たちがいるところのようにだ。


 他国としては一年ほどで大森林が出来上がったら脅威でしかない。

 そりゃ敵国のメデス帝国にも目をつけられるだろうよ。昔で言うところの『植民地』みたいなもんだからな。

 自国がやられる前に、境界線が曖昧なうちに潰しておこうと思ったはずだ。


「元々、あの村を拠点にして村を五つ作る計画だったんじゃよ。あの村は宿場町として賑わっていたからの。増やせば町にでも発展するんじゃないかと期待したんじゃ」


「で、結局は頓挫したと?」


「……おかしいんじゃよ。道を作ってちゃんと整備したんじゃぞ? けれど宿場町以上には発展もせず、年々人口が減る一方じゃったわ」


「そりゃ、土地だけがあってもなぁ……」


 どこかの国の不動産ビジネスじゃあるまいし、人口の倍以上に空き地を作っても、結局は廃墟になるだけだ。供給しても需要が追いつかないんだからな。


「あの時は、こっぴどく上司に叱られたもんじゃ……。のぅルシアよ?」


「はっ! やはりバレないように夜のうちに植えたのがいけなかったんでしょうね。まさか一年半も気づかれないとは思いもしませんでした」


 二人がやんちゃしたと言わんばかりに、ケラケラと笑いあう。バス停を1cmずつ移動させるのと訳が違うんだぞ。いつかバレるに決まってるだろうが。


 ってか、良く良く考えると、これって一国の政務官が謝って済む問題なのか?

 下手をすると他国に侵略したと思われて、戦争にまで発展してもおかしくはない。

 幾ら友好国だからって限度があるんじゃないか。こうやって笑い話にするくらいなら、相当な地位にたってないと許されないと思うんだが。


 ……なんだか、カエデの正体が段々と分かってきたような気がしたが、まぁいいか。カエデはカエデだもんな。

 タクシー運転手は、国会議員でも一般人でも平等にお乗せする。利用しようって言うならトコトン利用されてやろうじゃないか。

 それが子供たちの為って言うのならな。


「さてさて、雑談もここまでにして、そろそろ二乃嬢の初狩りを始めようかの」


 カエデが手をパンパンと叩いて休憩の終わりを告げる。

 そろそろメインの時間が来たようだ。

 先手と言わんばかりにテルシアとハルカが立ち上がって周囲を警戒する。

 遅れて二乃も、すくっと立ち上がる。


「……やっと、二乃の出番?」


「くくく。この村に来た以上、殺生はどうしても学ばんと行かん。二乃嬢には耐えられるかえ?」


 そう言って不敵な笑みを見せるカエデ。心無しかどこか嬉しそうに見える。

 性格悪いな。あえて嫌われ役を演じているようにも見えるけど。

 まぁ俺もカエデの方針に従って、手出しはしないと決めてある。二乃に任せよう。


「二乃なら平気。いつでもやれる」


「……であるかえ。空元気じゃ無ければ良いがの」


「ああ。それなら二乃は大丈夫だぞ?」


 なんてったって畜産農家の孫だからな。

 小首を傾げるカエデを後目に、俺は空間魔法から剣鉈とスタンガンを取り出して、ウズウズしている二乃に手渡す。

 武器の使い方は昼食時に説明してある。あとは魔物の出現を待つだけだ。


 と、ちょうどその時、空き地の奥からゴブリンの姿が視認できた。

 二乃が駆け寄ろうとするが、待て待て。どんだけ好戦的なんだよ。


 手綱を引いておかないと結界外まで行きそうだったので、俺は二乃の肩を持ってしばらく様子を見させた。ゴブリンが近づいてきたので、そろそろ頃合か。


 よし行ってこいと言わんばかりに、俺は二乃の肩から手を離す。

 間を置かずに一挙手一投足の要領で二乃が敵に近づいていく。そして、

 

「闇を――切り裂くっ!」


 踏み込みからの横薙ぎの一閃。

 躊躇いも無く綺麗に剣先が喉に向かうと、途端にゴブリンの首から鮮血が走った。

 結界があるお陰で、二乃の前にガラスがあるかのように血で赤く染まる。

 というか合図の前に敵を倒すなって。


「おお、これがレベルアップ……」


「レベルアップじゃねぇよ。ちゃんとスタンガンを使えって言っただろ。危ないだろうが」


「ふふふ……。秘技、三日月斬り。相手は死ぬ」


「言う事聞かないと、次から連れて来ないぞー?」


「……ゴメンなさい」


 二乃がシュンとなり、反省する素振りをみせる。

 分かれば良いんだよ分かれば。二乃に暴走癖があるのは知っている。全て悪いとは言わないが、抑えられるところは抑えておかないとな。

 頼むから俺の目の届かないところで暴走しないでくれよ……?


 あと、喉を切り裂いたくらいじゃ魔物はまだ死なない。

 なのでトドメを刺すように二乃に命じて、ようやく魔物が息絶えたことを確認した。

 その様子をカエデが関心するように見つめる。


「おっそろしいのぅ。殺意も無く振り抜きおったぞ。これが本当に初狩りなのかえ?」


「初狩りには違いないが、二乃の場合、実家が実家だからな……」


 魔物を倒すのと同じだとは言わないが、手塩にかけて育ててきた家畜を何度も殺すくらいの経験はしているだろう。死生観や忌避なんて、とうの昔に捨て去っているはずだ。

 それに本人としては、ゲーム感覚なのもあるんだろうな。

 ハルカと一緒に剣術について語り合っているし、これなら精神的にも大丈夫そうだ。二乃が武器をくるくると振り回して遊んでいる姿がとても楽しそうに見える。

 あれは……円月殺法か。どこで覚えてきたんだ、そんな技。

 異世界に架空の技を持ち込むなって。まぁ良いんだけど。


 その後もしばらく単調な狩りが続いた。

 二乃も言われた通りに、スタンガンを使って魔物を倒している。二乃としては物足りないんだろうが、やはり安全なのが一番だ。

 パワーバランスが振り切れるほどにレベリングをして、ようやく次のステージに進めるってもんだ。歳をとったら分かるんだが、命大事にと言うのは本当に良い言葉なんだよ。


 そうして二乃の初狩りを無事に終えた俺たちは帰路につく。レベルアップで得た魔力のおかげで二乃も念話が出来るようになったので、帰り道ではテルシアも会話に加わった。


 どうやら二乃が遊び半分でやっていた剣術をテルシアが気になったようで頻りに聞いていた。剣術にでも興味があるんだろうか。

 今度、おすすめの剣術DVDでも買ってきてみようかな。二刀流宮本武蔵とか時代劇とか、興味を持ってくれた分野のものは何でも買ってあげるようにしよう。それが切っ掛けで、カエデと同じように日本語を覚えてくれることを期待して、俺たちは村へと戻っていった。


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