異世界領都誕生編 第26話 カエデに相談する


 夜勤を挟んで二日後の休日。

 今日は朝から異世界に行く予定だ。

 忘れがちになるが俺も一応村長だからな。村の状況を確認したり、食糧を持ち込んだりして休日を過ごすのが日常だ。

 いつかカエデの里から勤務地まで通えるようになりたいが、インターネットが出来ないので躊躇っていたりする。

 通信さえ出来ればな……。


 カラオケ屋の出来事のあとは、頻繁に西園寺からNINEが来るようになった。

 どうやらつい先日に酔いつぶれたことを気にしているらしい。

 『初めての飲みなんてそんなもんだ』と適当に返しても西園寺の気は済まないらしく、何度も丁重に謝ってきた。

 気にする必要なんてないのにな。ストレス解消のはずが余計にストレスになっても困る。

 そう思って『楽しかったからまた今度誘う』と西園寺にNAINを送ったら、笑顔になった猫のスタンプを返してきた。

 人恋しいのも有るんだろう。事情をちょっと知っちゃっただけに、これからも定期的にNINEを送るようにしよう。

 まぁ今日は夜しか返信出来ないんだけどな。


 閑話休題。

 今日はネットで買ったマットレスや、カーペットを異世界まで持っていくつもりでいる。

 布団などの寝具は、床で寝て痛い思いをしたあとにすぐに買って異世界まで届けておいた。

 寝心地が良かったのかカエデたちには好評だったが、マットレスは人数分を揃えると取り寄せ注文になってしまうので地元では買えなかった。それならばこの際だからと、高級マットレスをネット通販で買うことにしたのだ。

 あとはそれに付随した雑貨なども、通販で取り寄せておく。


 そうして昨日までに注文した商品が、全て家まで届いたのだが……随分と重たい。特にキングサイズのマットレスだ。

 カエデと一緒に寝るためにと思って、インターネットで一番高評価の物を購入した。もちろんコイル入りにして振動にも優しくしてあるが、大きすぎて自家用車にもやっと入るくらいの寸法だった。

 だが、それはまだ良い。問題はカーペットだ。長すぎて車に入りきらなかったので、仕方なく魔法を使って収納させてもらった。

 本当に収納魔法を覚えておいて良かったと心から思う。あとの雑貨は車内に詰め込んで、子供たちに運んでもらうとするか。


 いざ家から出発して、地元から高速道路に乗る。

 やはり岐阜の山奥までは、移動に時間がかかる。待っているカエデや子供たちの姿を想像しながら、異世界のゲートである時空間を抜けると景色が変わった。

 しばらくするとカエデの里が見えてくる。

 今日は今までで一番早く来れたかもしれないな。流石にもう、ここまで来るのも慣れたもんだ。


 そうしてようやく村に到着したのだが……おかしい、誰からも出迎えが来ない。

 いつもなら甘い物に釣られて、子供たちが我先にと駆け寄ってくるのに。村はいつも通りなので心配はしていないが、狩りに行った様子でも無いし、どこに行ったんだ?

 カエデなら誰かが村に入った時点で気づくはずだ。常に結界魔法を使っているんだからな。……とすると一番可能性が高いのは室内か?

 なにか他に熱中していて気づかなかったとすると、恐らくあの場所に居るんだろうか。向かってみるとしよう。


 俺は車を停めて、電気設備の整った住居の中に入る。そこでようやくカエデたちを発見した。だが、ちょっと様子がおかしい。

 大型液晶の画面を見て涙を流しているように見える。


「どうした? 何かあったのか?」


「ヒロインが……、ヒロインとやらが消えてしまったのじゃ」


「ああ、そういうことか……」


 カエデから素っ気ない声と念話が返ってくる。

 やはりと言うべきか。アニメで夢中になっていて、俺の存在に気付かなかったらしい。そんなことだろうと思ったよ。

 ただまぁアニメの良い場面を邪魔するのも気が引ける。

 先に持ってきた荷物でも整理しておくか。


 この家は元々村長の家だったらしく、他の家屋に比べて結構広い。

 部屋の大きさとしては約十二畳ほどある。

 なのでこの家はカエデの住居と兼用して、子供たちが集まって勉強が出来るようにと学び舎代わりにもなっている。おそらく今回も勉強会と称して、子供たちと一緒にアニメでも見ていたんだろう。カエデならやりかねない。

 あまり子供たちが根を詰めないようにと、調整している部分もあるんだとは思うが。

 まぁそれよりも、作業に集中するか。


 布団や寝具などは前に持ってきたので、今日はマットレスの配備と、カーペットの敷き込み作業をする予定だ。

 子供たちもアニメに熱中しているようだから、ちょうど良いので先にマットレスの用意でもしてやるか。その方が寝ころんでアニメを見られるから、姿勢も楽だろう。

 視聴が終わった後には、子供たちにマットレスを家まで持って帰ってもらおうかな。


 カエデたちが夢中でアニメを見ている間に、俺は収納魔法からキングサイズのマットレスが入ったダンボールを取り出した。

 異世界に居るので魔力は一定時間で回復する。日本と違って魔力の残りを気にせずに魔法を使えるというのはやっぱり良いな。

 次に子供用のシングルサイズが詰まったダンボールを取り出して、端から順に置いていく。これで全部かな。

 マキナがたまに、俺の方に視線を向けてくる。

 アニメより俺が何をしているのかが気になったようだ。

 ふむふむ、良い着眼点だ。

 それならキングサイズのマットレスから先に開封してやるか。その方が目立つからな。


 ダンボールの中から真空パックに入っているマットレスを取り出す。

 結束バンドで簀巻きの状態になったマットレスだ。

 まずは開封するかと思い、用意したカッターを使って結束バンドを切ってみると――いきなりボンッと大きな音が鳴った。

 衝撃波みたいな音が鳴ったので、カエデたちもびっくりしたらしい。


「なんじゃ! 敵襲かえ!?」


 立ち上がってキョロキョロとしているカエデと目が合った。

 そりゃ驚くよな。おかげでやっと、カエデもアニメの世界から帰ってきたが……はてさて、どうやって言い訳をするべきか。

 俺は手を軽く振りながら声を掛ける。


「邪魔して悪かったな。今更だけど……ただいま」


「……なんじゃおぬし。そんなに出迎えて欲しかったのかえ?」


 カエデが呆れた口調で言ってくるが心外だ。

 コイルの反発力からか、真空状態のマットレスが勢いよく開いたのだ。

 注意書きにも書いてあったようだが、よく読まずに開けてしまった。これなら子供たちが勝手に開けないで正解だったな。


「まさか、こんなに大きな音が鳴るとは思わなかったんだよ。しばらく音が鳴るだろうけど気にしないでくれ」


「あくまでここでやるんじゃな、おぬしは……。まぁ良いけどの。それはそうと、お帰りなのじゃ。なにか新しい甘味は持ってきたかえ?」


「あるにはあるが、まずはこの作業を終わらせてからだ。それまでは時間が掛かるから、アニメの続きでも見ておいてくれ」


 そう言って俺は再び作業に取り掛かった。

 うーむ。でも流石にアニメの良い場面を見ている時に、大きな音を出すのも悪いよな。予定を変更して先にカーペットから敷いてみるか。

 誰も座ってない端からやれば問題ないだろう。

 

 まずは簡単に、木板で出来た床を清掃する。

 以前は土足で上がる習慣があったが、寝具が汚れてしまうので制限させてもらった。その時の影響でまだ床が汚れているかもと思って、軽く拭き掃除をしておいた。そんなに汚れていなかったので適当だ。

 その上から防虫シートを張って、更にカーペットを敷き込む。

 魔素が強くて村には虫は寄ってこないようだが念のためだ。

 その頃にはカエデたちも、キリが良いところまでアニメを見たのか手伝ってくれた。


 この際だから、前の村長はもう戻ってないと思って、以前からあった荷物は全部住居の外にある物置に片付けておく。

 こういう時に村長権限があると助かるな。誰からも文句は言われないし。まぁもう俺の家でもあるんだから今更か。

 あとは残りのマットレスも開封する。ちゃんとお値段以上の物を買っておいたので、その分発注は遅かったが性能は良いはずだ。


 そうして十二畳のスペースに、用意したマットレスを敷き詰める。液晶テレビの前に三つと、その後ろに四つを敷いて完成だ。

 全部を横に並べるスペースが無かったので、上下二列になってしまったが仕方ない。あとはどれを選ぶかはジャンケンで決めて欲しい。


 カーペットも白で統一したので、部屋全体が明るくなったように見える。以前は素材感ありありの木目調だったからな。それも確かに味があって良いんだが、カエデにはどうも不釣り合いに見えたので模様替えさせてもらった。

 カーペットは前もって部屋の大きさを図ってあったので、間取りとピッタリ合っている。オーダーメイドで注文した甲斐があった。これで今日の俺がやりたかった作業は完了した。


 俺は立ち上がって部屋を一望する。

 白を基調とした模様替え。

 アクセントとして部屋の角には観葉植物が置いてある。

 色んなぬいぐるみを飾っておいたので殺風景な感じも無い。壁紙は貼らずに、あくまで自然とのモダンテイストにこだわって仕上げてみた。

 程よく変わった室内を見て、子供たちが喜んでいる。

 うんうん。俺はその顔が見たかったんだよ。住み心地は大事だからな。


 カエデがマットレスの上に乗って感触を確かめている。

 大の字になったり、寝転んで足をパタパタさせてみたりと忙しない。トランポリンとまではいかないが、ちょっと跳ねるからな。子供たちも真似して楽しむのは分かるけど、壊れるので程々にして欲しい。

 それにしても良い光景だな……。


「なんじゃ。いやらしい目付きで、わらわを見おってからに」


 マットレスの上に乗ったカエデが、俺を見て眉根を寄せる。

 参ったな。目線が下に行き過ぎていたか。

 部屋を見ていたつもりだったのに。


「誤解だ。誤解。それよりもカエデに相談したいことがあってだな……」


 さてと、これでようやく本題に入れるな。今までの行動は全てカエデの御機嫌を取るためだったりする。

 今日はカエデに治癒魔法や回復薬について、詳しく聞こうと思っているからだ。


 カラオケ屋の一件で西園寺に情が移ったのもあるが、俺としては異世界に回復手段があるかどうかを知りたかった。魔物が跋扈する異世界だ。保険として回復手段があるのは大事だからな。

 それに知らないままで西園寺に脚が治るとも言えないし、もし治るのならその道筋もつけてやりたかった。

 だが、いきなりカエデに西園寺の身体を治してやってくれと言うのも愚策だろう。カエデにとっては見ず知らずの他人だ。何故に治さなければいけないのかと言われたらそれでお終いになる。


 それに治癒魔法を掛けるにしても、西園寺をここまで連れてくる必要がある。あまりこの場所は教えたくないし、出来ればポーションの類いがあれば、それを直接渡して終わらせたい。

 だからまずは手始めに、回復薬の存在について話を聞きたかった。

 あとはポーションが治癒魔法と違って、効き目がどのくらい違うのかも知りたい。塗り薬とか渡されても困るからな。

 さて、どう説明すれば良いのか。中々に難しいミッションだ。

 俺は寝転んでいるカエデの前まで行って腰を下ろした。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、回復薬とか万能薬って……この世界にはあるのか?」


「そういったものはエルフの水都に戻れば、高値ではあるが取り扱っておるのぅ。じゃが何で急に聞くのじゃ? おぬしはケガなどしとらんじゃろうに」


 上目遣いで俺を見るようにカエデが答える。

 中々に鋭いんだよな、こいつ。

 どうしようかな。親に使うとでも言っておこうか。いやでも嘘をつくのもな。仕事の相手になら大丈夫か? 別にそれなら嘘にはならない。

 それともやましいことは無いから、西園寺に使うと本当のことを言ってしまおうか。

 そんな風に考えて、時間を空けたのがいけなかったんだろう。


「なるほど……、浮気じゃな?」


 カエデがゆらりと座り直して、俺に直球の言葉をぶつけてくる。完全なボール球だったけど、その一言で俺は慌ててしまった。


「違う違う、誤解だって! 俺がそんなことをするわけ無いだろ?」


「怪しいのぅ。さっきも誤解とか言って、わらわの脚を見ておったじゃろ」


「あれは、たまたま視界に入っただけであって……」


「まさかと思うが……おぬし。このわらわが居るのに浮気なんぞしおったのか? 手篭めにしておいて、責任も取らずに捨てるのかえ?」


 カエデがメソメソと泣くような仕草をする。

 子供たちもそれを見て、俺を咎めるような目をしてくる。

 というか、手篭めにはしてないだろ。カエデとは添い寝したぐらいだぞ。

 なんて言えば分かってくれるかな。


「……正直に話すけど、俺の仕事の関係で西園寺ってやつが居てな、脚が悪いんだよ。動かないみたいで何とかしたくてさ。カエデに回復薬があるかどうかを聞きたかったんだよ」


「そやつは女かえ?」


「まぁ女だけど、大事なお客さんでな。ちょっと成り行きで魔法を見せちゃってさ……」


「わらわがあれ程強く、他人に魔法を見せるなと言ったのに見せたのかえ?」


「西園寺なら大丈夫だとは思ったんだが、カエデに伝える時間も無くてな。事後承諾になるのは悪いが……緊急措置だったと思う」


「何が緊急措置じゃ。おおかた魔法を見せた事で利用されたんじゃろうて。おぬしはその女狐に誑かされておるだけじゃぞ」


「まぁそうかもしれないけど、色々複雑な事情を抱えているみたいでな。なんというか保護者と言うか……後ろ盾にやってやろうかと思ったんだよ。けっして浮気では無いぞ?」


「ほうほぅ。そうするとおぬしは、そやつの盾のような存在。つまりは護るべき存在として認識しておるのじゃな? どう考えてもそれは浮気じゃろうに」


「そうじゃないんだって。うーん。どう説明すれば伝わるかな……」


 何だか言えば言うほど、深みにハマっていくような気がする。

 これ以上は、弁明しないでおくべきか。

 子供たちも俺を軽蔑するような目で見てくるし……。


「女の敵~」

「信じていたのに残念です」

「下衆の極みね」

「修羅場なのです!」

「あらあら~」

「見損ないました!」


 それぞれマキナ、ハルカ、涼子、あゆ、ナナセ、ルルーナが発言する。

 なんで俺が、子供たちに怒られないといけないんだ。

 それはそうと、子供たちも大分日本語が上手くなったなぁ。

 こんな時じゃ無ければ喜んだのに残念だよ。


「これこれ、小童らも囃したてるで無いわ。そもそもこやつに浮気が出来る度胸など無いからの、冗談で言ったまでじゃよ」


 カエデが和ませようと、子供たちに優しく諭している。

 何となくカエデも本気で怒っているわけではないのだろう。

 子供たちと戯れているし、本当に俺が浮気しているとは思ってないように見える。そのくらいの信頼関係は築けているはずだ。

 なんだ冗談だったのか。流石に今のは肝が冷えたぞ。


「そういえば……西園寺が勝手に撮ってきた写真があったか。これを見れば西園寺がどんな奴が分かるだろ。俺のことをどれだけ嫌っているのかもな」


 言いながら俺はポケットからスマートフォンを取り出した。

 以前にタクシーの車内で、西園寺が撮った写真があるのを思い出したからだ。これを見れば俺が浮気をしていないって証拠になるはずだ。

 どんな写真かというと、西園寺が自撮りであっかんべーとしている写真だ。

 スマホの待ち受け画面にされたので、ちょうどスライドしているところをカエデたちにも見せてやった。


 子供たちがスライドショーを見て「うわぁ……」と呟く。

 余程、嫌われているのが伝わってきたのだろう。これを見たら、西園寺と恋人以上に発展するとは思わないだろうよ。

 カエデも写真を見て、にこやかに笑みを浮かべている。


「なるほどのぅ。平々凡々な男かと思うたが、誤解しておったようじゃな。確かにおぬしが浮気をしておらぬのは、それで分かったのじゃ。その娘の名を、西園寺と言ったかえ?」


 カエデが急に、俺の肩をガシッと掴む。

 指が食い込んで結構痛い。さっきのやり取りで誤解が解けたはずなのに、なんかまだ怒っているような気がする。冗談じゃなかったのか?

 重苦しい雰囲気の中、カエデが続けて問いただす。


「この西園寺やらという女狐を、ここに連れてくるのじゃ! わらわが直接相手してやるわ!」


「いや、その、カエデ。俺が言うのもなんだが怒ってないか?」


「いやいや、お主には感謝しておるぞ? このような気分にさせられたのは、生まれて初めてじゃ。どうせ治療目当てかと思うとったが、よもや宣戦布告されるとはな。いやはや、長生きはするものよ」


 何となく誤解が誤解を産んでいるような気がする。否定する材料も乏しく、反論が出来ない。万策尽きた状態だ。

 俺は観念して諦めることにした。


「分かった分かった。連れてこれば良いんだろ。でも頼むから喧嘩はしないでくれよ?」


「絶対じゃぞ! 約束じゃからな!」


「大丈夫だから肩を揺らすなって! 次の休みにでも連れてくるからさ!」


 身体をカクカクと揺さぶられて気持ち悪い。

 せっかく今日の為にと頑張ってきたのに、どうしてこうなった。結局は俺の嫌疑が晴れないまま、この日に予定していた作業が終了する。


 参ったな……。カエデのために色々買って御機嫌を取ろうとしたのに、見事大失敗という結果に終わった。この調子で行けば、例え西園寺を連れてきたとしても喧嘩になりかねない。

 俺はしどろもどろになりながらも何とか誠意をもって謝りつつ、カエデに誤解を解いてもらうように努めるのだった。

 

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