異世界領都誕生編 第25話 カラオケ屋


 西園寺と雑談を交わしているうちに、カラオケ屋まで着く。

 駐車場に車を停めてエスコートをする俺を、ネオンの看板が出迎える。


 店内に入って軽く受付を済ませてから、案内されたカラオケルームへと向かう。ドアを開けると、実に懐かしい雰囲気がそこにはあった。

 久しぶりにカラオケ屋まで来たというのに何も変わっていない。何だか青春時代に戻ったような感じがした。


 松葉杖を持った西園寺が腰を下ろしたのを確認して、俺も対面に座る。

 さて、ここからだ。ここからどうすれば良いのか。俺は女性と一緒にカラオケ屋まで来た経験が無い。今更ながらに緊張する。


 いくら会話をしにきたといっても、同じ話題を二時間もしたら飽きるはず。だからと言って仕事の話をするのもタブーだ。つまらない男だと思われたくないからな。

 ここが一番、男の真価を問われる時だろう。


 俺の持ちネタは魔法だけ。このカードで二時間も戦うのは無理がある。保険として途中で歌をはさむしかない。

 だが、西園寺とは知り合い程度の仲だ。

 ましてや女性と二人きり。ラブソングも制限されるし、こういう時は一体、何を歌えば良いのやら。


 ……まぁ仕方がない。どうせ知らないだろうし熱いエロゲソングでも歌うか。そう思って、分厚い歌本を探すが……どこにも無い。

 良く見たら、メニュー注文も内線電話ではなくタッチパネルになっている。時代を感じるなぁ……。


「どうしたのよ。いきなりキョロキョロして。今日は奢るから好きなだけ注文してくれて構わないわ。昨日家まで送ってくれたお礼よ」


「いや、いいよ割り勘で。それに俺は車で来たから飲めないぞ。西園寺は家まで送っていくから好きなのを頼んでくれ」


 アルコール込みのフリードリンク制にしたが、それこそ西園寺の家まで送った対価としては釣り合わない。貰いすぎになる。

 宴会料理や鍋まであったし、最近のカラオケ屋は至れり尽くせりだな。料理を食べに来たわけでは無いので部屋代だけのフリータイムにさせてもらったが。


「本当ならもっと金額が高くなる予定だったのよ。だから遠慮なんて要らないから好きなだけ食べなさい」


「遠慮無く食べろって言われてもな……」


 三十代後半に何を期待してるんだか。

 そんなに食べられるわけがないだろうに。

 西園寺からタッチパネルのモニターを手渡されたので仕方なくノンアルコールのドリンクを注文する。

 あとは酒のツマミになるような物でも注文しておくか。サラダやポテトフライなら西園寺も食べられるだろう。


「そういえば、西園寺って……いくつなんだ? お酒を飲める年齢なんだよな?」


 注文し終わった俺が、モニターを西園寺に返す。

 ぶしつけな質問だが、一応聞いておこう。

 大卒のようにも見えるし、どこか幼さも感じる。スーツを着用していたので未成年では無いと思うが、もし違っていたら社会的に俺が死ぬ。

 だがそれは、杞憂だったようだ。


「おかげさまで、ついこないだ飲酒が出来る年齢になったばかりよ」


 西園寺がエヘンと自慢げに胸を張る。嘘は言ってないのだろう。

 成人を過ぎていれば問題は無い。

 大卒くらいかと思ったが、まさかそれより若かったとは。俺と一回り以上も年齢が違うのか。それはそれで何だか切ないが。


 そうしてまずは他愛もない会話をして遣り過ごしていると、程なくして店員が注文した料理やドリンクを持ってきた。

 出揃ったのを確認してから乾杯の音頭を取ると、西園寺もお酒を飲み始める。

 初めは恐る恐ると西園寺も飲み始めていたが、美味しいと感じたのか次第にゴクゴクと飲酒をしだした。……こいつ本当に大丈夫なのか?


「おいおい、ペースを考えて飲めよ。それって度数が高いんだからな。まさかとは思うが、今回の飲酒が初めてだったりしないよな?」


 言いながら俺はポテトフライを一口齧った。

 西園寺がどんなお酒が良いのか悩んでいたので、飲みやすいお酒が良いだろうとカルアミルクをオススメしたんだが、もう半分くらい飲んでしまったようだ。

 タッチパネルを手に取って追加注文までしているようだが、そんなに気に入ったのだろうか。


「大丈夫よ、このくらい。普通のジュースと変わらないわ」


「その発言が、一番怖いんだが……」


「大丈夫だって。全く、このくらいで心配性なんだから。それより単刀直入に聞くわね。治癒魔法ってあるんでしょ?」


 忠告が効いたのか、西園寺も再びチビチビとお酒を飲み始める。

 まぁ一杯目なら大丈夫か。気にしないでおこう。それより治癒魔法か。


「んー、どうかなー。そこらへんは俺も詳しくないんだわ」


 四大属性以外の魔法は、カエデから簡単に説明を受けただけだからな。恐らくあるんだろうけど、どのくらいかはまだ聞いていない。

 俺の専門外だから、次に会った時にでも聞いてみるか。


「なによそれ。不安になるんだけど、本当に期待して良いのよね? 別に身体が治るとか、そんな目的であなたに近づいたわけじゃないんだけどね」


「分かってるよそのくらい。あくまで順序があると言うだけだ。結果から先に知ろうとするんじゃない」


 じゃないと話しが二時間も続かないだろうが。


 魔法を見せる前から俺のタクシーを指名したぐらいだ。魔法を見せた後でも態度が変わらないし、興味本位で尋ねただけなのは分かっている。

 こんな俺みたいな奴を指名するくらいだ。西園寺は信用出来る。

 西園寺と話してみて分かったが、良くも悪くも世間の荒波に揉まれてないのか信じすぎる傾向がある。心が清らかなのは良い事だが、変な男に騙されないか心配になる。


 まぁ愚痴を聞かされるために今日はここに来たのもあるし、あくまで成り行きの魔法講座だ。それに深い意味は無い。

 ただなんというか無防備すぎるんだよな……。

 密室空間の効果からか、スリットスカートから見える西園寺の脚が妙に艶かしい。

 真正面に西園寺が座っているので、どうしても目がいってしまう。

 隣に座った方が良かったかな。うーむ。


 それに地球には魔素が無いし、こうやって魔法について話しても西園寺自身が使える可能性は皆無だ。俺の魔力だって異世界から蓄積された分しか使えないからな。

 それでも今のうちにイメージトレーニングでもしておけば西園寺も魔法を覚えるのが早くなるかもしれない。

 西園寺だって魔法を使ってみたいだろう。

 そのうち気が向いたらカエデの里にでも連れていってやりたいが、今はまだ情緒が不安定のように見える。まだこの状態ではな。

 いつか西園寺にも異世界の存在を教える日がくるかもしれないが、それまではどうやって魔法を覚えたのかを聞かれても、はぐらかしておこう。


 雑談してしばらくすると、ドアをノックして再び店員がドリンクを持ってやって来る。

 さっきとは違うドリンクだな……ってモスコミュールかよ。

 カクテルを勧めたのは俺だけど、流石にお酒のチャンポンは辞めといた方が良いのでは。

 年うるさく言うと嫌われるので言いたくは無いが、アルコールで倒れられると俺が困る。

 優しく諭してみるか。


「なぁ西園寺。それも度数が高いから、ちょっとずつ飲んでくれよ? それかツマミを食べながら飲むとかさ」


「大丈夫だって言ってるのに。それなら初めてだし、このくらいにしておくわ。あとはソフトドリンクにするから、それで良いでしょ?」


 そう言う西園寺だが、顔がもうかなり赤い。

 自分のお酒を飲むペースが分からずに、大分出来上がっているように見える。

 しかもカルアミルクとモスコミュールって別名『女殺し』と言われているカクテルだし、酔いが回るのが結構早かったりする。

 意図的に狙ったわけでは無いが、勧め方が悪かったか。

 ただ、西園寺が再度タッチパネルで注文しているのが何となく見えたが、カシスオレンジはソフトドリンクじゃ無いぞ。もう何も言わないからな。何度も忠告したし。



 時間にして一時間くらいだろうか。

 しばらく魔法談義に花を咲かせていたが、結局は人から聞いた話の受け売りだ。

 俺の培った技術なんて、たかが十日やそこらだ。

 魔素を回復させる為に異世界に行っただけの時もあるし、カエデに直接指導を受けたのも数回だけだったりする。

 カラオケ屋にも勿論監視カメラはあるから、メニュー表で隠して見えないように空間魔法を披露したが正直もう限界だ。

 同じ魔法をやっても飽きるだろうし、これ以上の会話が続かない。


「そうだな……何か歌でも歌うか? 魔法の話だけ聞いていても疲れるだろ」


 話のネタが尽きたので、テーブル越しに西園寺に向かってマイクを握らせようとする。あくまで悟らせないように、そっとだ。

 いつの間にか魔法について熱く語っていたが、これ以上はループしてしまう。ここら辺で一息入れよう。我ながら良く持った方だ。

 ここはレディファーストで、西園寺から歌わせてみるか。

 そう思ったんだが……、一向に西園寺がマイクを持とうとしない。マイクをじっと眺めているだけだ。

 さては、恥ずかしがっているな?

 確かに一曲目って緊張するよな。


「遠慮しなくて良いぞ。酒は初めてでも、カラオケくらいなら誰かと来たことはあるだろ?」


 俺はマイクの電源を入れて「あーあー」とマイクのテストをする。

 うむ。正常だな。西園寺も酔いが回ってきたのか口数が少なくなってきたし、ぐてんとして椅子にもたれかかっている。

 流石に今はもうソフトドリンクにしてあるが、最初の頃にカクテルをぐびぐびと飲んでいたので、酔いが回ってきたのだろう。

 やはり酔い覚ましに歌わせてみるか。

 俺はマイクを持って立ち上がり、対面にいる西園寺まで近づいてみると――急に腕を引っ張られた。

 勢い余って西園寺の隣に倒れ込むようにして座りこむ。マイクも落としてしまい、ドスンと大きな音が部屋の中に響く。


「うおっと。いきなり何するんだよ」


 突然のことだったので俺も反応できなかった。

 肩が触れ合うくらいの至近距離。隣を見ると目が据わっている西園寺の姿があった。

 あっヤバい――と思ったのも束の間、西園寺が両手で俺の頭を持ってゆっくりと膝の上まで移動させてきた。

 膝枕の状態になった俺だが、西園寺がスゥーっと息を吸う音が聞こえた。そして西園寺が俺の鼓膜目掛けて言い放つ。


「うるっさいわね! 誰かとカラオケに来たのも初めてだし、二人で飲みに来たのも初めてなの! そこまで言うなら、次はあなたが誘いなさいよ!」


「分かった! 分かったから、怒鳴らないでくれ!」


 頭をガッチリとホールドされていて、起きあがることができない。

 そのまま俺の顔を強制的に横向きから、仰向けの姿勢まで持っていこうとする。

 痛い痛い、首だけを無理に動かそうとするな。

 まさかここまで酔っているとは思わなかった。

 目線を上に向けると、胸の谷間から西園寺のにやける顔が見える。

 下から見ると結構胸があるんだな。まぁそれは良いとして。


「だから俺はあれほど、ペース考えて飲めって言ったのに……」


 腰を不自然に捻った状態なので、諦めて靴を脱いで仰向けになる。

 西園寺も満足したのか俺の頭を撫でてくる。もう好きにしてくれ。


「こういう風に話せるなら、これからもカラオケ屋で悪くないわね」


 そう言って西園寺が、俺の口にポテトフライを無理やり差し込んで来るので齧り付く。

 完全にペット扱いだ。酒を飲ませるんじゃなかったな。


 そのあとは西園寺からの話を一方的に聞かされた。

 西園寺の思い出話みたいだ。


 なんでも西園寺は、今は祖父の家で世話になっているらしく、元々の実家は関東にあるんだとか。

 数年ほど大学に通っていたのだが、階段から落ちて足が動かなくなった途端、退学させられて祖父の家に預けられたらしい。


 なんだよそれ。足が悪くなったからって大学まで中退させられて、両親に見放されたっていうのか?

 だからこんなに歪んだ性格に育ったのか……って痛いから髪を引っ張るなって。

 何で女の勘って、こんなに鋭いんだよ。


 そうして話を聞いて結構な時間が経っただろうか。

 西園寺が松葉杖を持ってトイレに行こうとしたので、やっと膝枕から解放された。

 結構フラフラだったので手伝おうかと言ったら「一人で行けるわ。変態」と罵られたので、乾いた喉をドリンクで潤しながら待つ。

 西園寺のやつめ。昔話をしている間に余っているポテトフライを全部口に突っ込みやがった。

 お陰で喉がカラカラだ。膝枕の感触が良かったので言い出せなかったのもあるが。


 しばらく経つと西園寺がトイレから戻ってきたが、かなり距離を置いて座りだした。

 具体的に言うと俺の対面で、部屋から一番奥に座ったってことは、なるほど。

 この感じだと――吐いたのか。

 匂いが気になるのか、吐いた分酔いが覚めて冷静になれたのかは知らないが、ここは敢えて何も言わないでおこう。誰もが通る道だからな。

 俺も入れ違いでトイレに行っておくか。


 トイレに立ち寄る途中で、カラオケ屋の受付で会計を済ませておく。

 初めての飲酒記念に奢ってやらないとな。それにタクシー代の代わりに奢られるのも都合が悪い。

 時間にして一時間四十分ほどか。

 なんとか二時間持ちそうだな……自分で自分を褒めたい気分だ。


 部屋まで戻ってくると、西園寺が眠っていた。

 一瞬倒れたのかと思ったが、寝息を立てているし大丈夫そうだ。

 仕方が無いのでここでお開きにするか。西園寺も今日は疲れただろう。


 しばらく待ってみるも、西園寺が起き上がる気配が無い。

 フリータイムにしてあるし、とりあえず一時間ほど様子をみたが、ただ無情にも時間が過ぎていく。俺はカラオケ屋まで車で来ているから飲めないし、翌日も仕事だ。勘弁して欲しい。

 結局は西園寺のストレス解消に付き合わされただけだった。酒を飲んで気が晴れたのか、西園寺の寝顔が良くなっているのが救いだが。


 俺は松葉杖を持って駐車場まで行き、車の中にそっと仕舞う。

 このまま待っていても朝になるだけだ。それならもういっその事、酔い潰れてしまった西園寺を家まで届けてやろう。そう思って行動に移す。

 

 カラオケルームに戻って、眠っている西園寺をお姫様だっこの要領で抱え上げる。普通なら意識が無い人を持ち上げるのは大変だが、異世界でレベルが上がったおかげか、すんなりと持ち上げることが出来た。

 部屋のドアを開けて受付の前を通ると、店員が近づいてきた。


「ちょっと宜しいでしょうか。……失礼ですが、お客様の御関係は?」


 そのまま西園寺を連れて帰ろうとする俺に、店員が聞いてくる。

 絵面的に事案に見えるのか。やっぱり他人からはそう見えるんだな。

 説明するのも面倒なので誤魔化しておく。


「娘ですよ。仕事帰りに相談があると会ってみたら、愚痴をたっぷりと聞かされて、この状態ですよ」


 そう言って、俺のスーツに書かれた会社名を見せびらかすように顎で指差す。それを見ると店員も納得したらしく、それ以上は追求してこなかった。

 会社名を掲げて犯罪とか起こすやつなんて居ないからな。

 

 しかし……娘か。言い得て妙だな。自分で言った割にはしっくりくる。

 俺が西園寺の過去を知ってしまった今となっては、何となく保護者として接するのが一番のような気がする。

 甘えを知らずに十代を過ごしてきた西園寺だからこそ、酒を飲んで感情が溢れたのだろう。

 今日の西園寺は、いつもとは違っていた。


 タクシーの仕事で西園寺と出会ったのもあるが、今日でビジネスの関係から知り合い程度までにはランクアップしただろうか。

 西園寺とはこれからも仲の良い知人程度に思って、何かあったら後ろ盾になってやるか。


 そうして俺は、西園寺を家まで送っていった。

 家に着いてしばらくすると西園寺が起きたので、そのまま帰宅するように促すと素直に降車してくれた。

 まだ酔いが回っているのか覚束無かったので、松葉杖の代わりに俺が介助して玄関まで送ってやったが、その後までは面倒を見切れない。

 結局深夜まで掛かったし、夜更けに他人の家までお邪魔するのもな。


 それにしても今日は大変だった。

 明日も仕事なのに毎回こんなことがあっては俺の身体が持たない。

 今度の休みにでも、カエデに詳しく治癒魔法のことを聞いてみるとするか。

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