第二章 現実世界企業連合創立編 第44話 幕間 二乃の思い出手帖
六月十七日午後二時、二乃の家にて。
「だからおじいさん。誤解なんですって」
「お前におじいさんと呼ばれる筋合いは無いわっ!」
「じゃあどう呼べと!? ほら、おばあさんも何とか言ってやってくださいよ!」
「これで我が家も、安泰じゃあ……」
「……おばあさん。状況見て言ってます?」
「言っておくけどねぇ――」
「おお、西園寺。この二人になにか言ってやってくれ。俺にはカエデという人が……」
「この人は私のおもちゃなの! 誰にも渡さないんだからねっ!」
「別に、お前のおもちゃでもねーからな!?」
運転手さんが四方八方に挟まれて困っている。
二乃は悪い子。結婚すると言ったら、どうなるか分かってた。やはりこれは運命。
いや、闇に魅入られし者の宿命と言うべきか。
ふふふ……。支配というこの世の闇から救い出す存在。やっと見つけた原初の混沌。
ただ、邪魔者がいるのが頂けない。西園寺とかいう邪魔者。秩序を乱す愚か者め。執行せねば。
そう思った直後、邪魔者と目があった。
思わず視線を逸らしたけど、顔を近づけてくる。
「どうせあの人に、何か見せてもらったんでしょ?」
邪魔者が小声で囁いてくる。解せない。
この手の誘導尋問には乗らないのが得策。
回避することにする。
「……知らない」
「ふーん? でもあのままいくと、二乃ちゃん嫌われちゃうわよ? それでも良いのかしら?」
「……」
不安を煽ろうとは。その手にも乗らない。
二乃はしらを切り通すことにする。
なんとか命題を乗り切った。回避完了。
「あくまで答えないんだ。それならそれで構わないわよ? 契約をしないし、この話も打ち切るだけだから」
「……大人はズルい」
盤面は二乃が有利だったのに。
ここで連鎖を断ち切られたら、やがて崩壊が始まる。
狂気め。やはり秩序を乱してきたか。
「そう睨みつけなくて結構よ。その様子だと魔法を見せられたんだろうし」
邪魔者があざ笑うかのように鼻で笑う。
アドバンテージは自分だけじゃないと知らせようとする。確信に近い『魔法』という単語を使って。やっと。やっと見つけたのに。これだから大人は嫌いだ。
「……契約を打ち切るの?」
二乃が小声で呟く。
もうダメなのかな。終わったのかなと正直思った。
でも違ったみたい。邪魔者が頭を撫でてくる。
「打ち切らないわよ。こんな魅力的な案件っ!」
邪魔者がニコリと笑みを見せて言葉を続ける。
「でもね? 二乃ちゃん。まだあの人の魅力を一割も気づけてないわよ? だから困らせるようなことはしないで欲しいの。言いたかったのはそれだけよ」
そう言って邪魔者が二乃から離れていく。
どうやら運転手さんとの会話に混ざりたかったみたい。
嬉しそうにして、邪魔者がまた会話の渦にへと入っていく。
その様子を二乃はぼんやりと眺める。
チェックメイトまであと少しだったのに。
思わぬところで修正力が働いた。
でもここで書き換えるのは間違いじゃない。
それに二乃の直感が告げている。
この女は、生涯のライバルとなるべき存在。
今は年齢差で不利だけど、逆転の芽は必ずあるはず。
終焉が来るその時までに。
報いてみせる絶対に――。
――了。
六月十八日午前十時、秘密結社にて。
邪魔者の言ってたことは本当だった。
二乃は運転手さんの魅力を、これっぽっちも理解してなかった。
まさか世界線まで操れるとは。しかも新世界の王だったなんて。
その考えに至らないとは。昨日までの二乃は、なんと浅はかだったのかと思い知った。
邪魔者という名は改めよう。
これからは夕姉と呼ぶことにする。
少しでも知恵を盗まないと。これぞ二乃の処世術。ふふふ……。
あと、紙袋を運転手さん越しに渡された。
すぐ副社長に渡せと、昨日の夕姉からのNINEには書いてあった。じゃないと修羅場が始まるみたい。修羅場って何だろう。怖い。
ラスボスのような人が副社長だって書いてあったけど、この人かな? 惨劇は回避するに限るので速攻で渡しておいた。ミッションコンプリート。
実弾はまだあるので、他にも渡そうかな。ちょうど指を加えて恨めしそうに見てるくすんだ赤髪の子。この子にしよう。工作活動は隣人から。
そう思ったけど……罠だった。
二乃はマイペースだという自覚はあるが、強引さには敵わない。手札がグーしか無いのに、パーの相手に挑むようなもの。案の定、丸め込まれてしまった。そのまま赤髪の子に連行されてしまう。
二乃、ちょっと困惑。この子苦手。
でも話してみると、同じ崇拝者だと分かった。
運転手さんのことを心の底から好きみたい。
……この好きは恐らく親子の好きだから、ライバルにはならないはず。
良かった。執行しなくて済む。先駆者とも仲良くしよう。
他にも『あゆ』という子が居た。
どうやら二乃のことを魚繋がりだと思ってるみたい。
二乃はニモじゃない。魚じゃないと何度も強く言ったのに。むー。
あまりにしつこかったから、持ってきたドローンを飛ばしてやったら喜んでくれた。単純な子で良かった。
せっかくだから、ドローンをプレゼントしてあげたら「ニーノ!」と言われて喜ばれた。ニーノじゃないのに。でもあだ名みたいで嬉しい。
これぞ円環の理。ふふふ……。今日こそ深淵を覗けたような気がする。
さて、村の子がドローンで夢中な間に、一人で散策しようかな。
散策ついでに鳥小屋にも寄った。金網が張ってあるしここかな。
順調にニワトリを増やしてるみたい。何でも食べるって聞いたけど、気のせいかトサカが黒いような。……新種? 突然変異? 興味が尽きない。
けど後回しにする。二乃は回廊を廻る蝶。
あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆらと。
ふふふ……。自由って素晴らしい。
一人で歩いてると思ったら、背後に誰かいた。青髪の子だ。
確か名前は……ハルカちゃんだっけ。
ドローンの魅力に引っ掛からないとは。
撒けたと思ったのに。この子、出来る……。
でもまぁいいや。どうせ些細なこと。
次はこの家に訪問しよう。
何が出てくるかな? 突撃しようと思ったら後ろから声がした。
「えとえと……。そっちは危ないよ?」
まるでお助けキャラと言わんばかりに、注意をする青髪の子。解せない。
冒険と言えば、家を物色するのが当たり前。ミシシッピー殺人事件じゃあるまいし、部屋に入ったらナイフが飛んでくるわけでも無いのに。
警告を無視して二乃はドアを開ける。
と、急に目の前が真っ白になった。
なんだろう。これは……光?
眩しすぎたので、すぐにドアを閉めた。
目が痛い……何だったんだろう今の。
「だから言ったのに……」
青髪の子が、ドアの前でうずくまってる二乃の背中を優しく撫でる。
さっきの赤髪の子と言い、この世界には罠が多い。運転手さんが平和ボケには注意しろと言ってたけど、こういうことだったのかな。ちょっと反省。
あとこれからは、ハルカちゃんの言うことは信じようと思った。
他にも散策しようとしたら、大きな声がした。
さっきのエルフの副社長の声かな。
ハルカちゃんが言うには誰かを呼んでるみたい。
どうやらタイムアップのよう。残念。
戻ってみると、広場の真ん中にプレハブ小屋があった。さっきまでは無かったのに。二乃へのプレゼント用かな?
このくらいのこじんまりとした空間が、二乃は大好き。まだまだ持ってくると言ってたから、次は二乃の部屋にしよう。
漫画を置いたり、ゲーム機を置いたりと。秘密結社の勧誘場所に使おうかな。
楽しそうにしている村人を見て、二乃は思う。
やっぱり二乃の判断は間違いじゃなかった。
この運転手さんは、みんなを幸せにしてくれる存在。孤独からの救済者。
あの日、魔法を見せてくれた光景を、二乃は一生忘れないだろう。
世界が変わる瞬間は、時に非常識だと罵られる。
だから二乃はここに来て、どうすれば良いかをなんとなく分かった。
二乃の役目、それは……
世界中に運転手さんの所業を認めさせること。
邪魔者は排除しなければならない。
それは時に、正当法では抗えない存在も出てくるはず。
だから二乃は闇になろう。
夕姉が光に照らされたいと言うのなら、二乃は日陰から支える存在になってやる。
でもまずは、その為の秘密結社。その土台を作らないと。
……秘密結社の名前なんにしよう。忘れてた。
闇に紛れし者。今宵出会った仲間。その全ての原初といえば。ふむふむ……。
なるほど。全ての点が、線で繋がった。
二乃たちは全員、『絶望』から始まったんだ。
夕姉も副社長もカラフルな村の子も、みんな出会いは絶望から始まったと聞かされた。ならばそれに相応しい言葉があったはず。
ならず者。愚か者。それに絶望した者を反映した表現。
『デスペラード』
この言葉を是非一度、使ってみようと思った。
これぞ、今の二乃たちにピッタリの言葉。
秘密結社デスペラード、ここに始動――。
なんという良い響きか。
ふふふ……気に入った。これでいこう。
でも秘密結社というなら、いつまでも運転手さんと呼ぶのも支障が出る。ここは一つ、支配者という意味で『マスター』と呼ぶことにしよう。うん。そうしよう。
夢無き者に成功無し。つわものどもが夢の跡。
世界がマスターを認めないと言うのなら。
二乃は、世界に喧嘩を売ってやる――
これは二乃だけに託された、重要なミッションなのだから。
……でも一人じゃ不安だから、ハルカちゃんも助手に誘おっと。
こんなに楽しい一日は初めてだった。
家に帰ったらすぐに、おじいちゃんに報告しよう。集合写真を見せたら、共通の趣味の友達が出来たのかと喜んでくれそう。ふふふ……。
まだまだ楽しいことがいっぱいあったけど、続きはまた明日書こう。睡魔には抗えない。これだけ笑いながら思い出手帖を書いたのは、いつ以来かな。
今日は良い夢が見られそうだ。
――了。
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