異世界領都誕生編 第2話 記憶を整理しよう
とりあえず、まずは落ち着いて考えてみよう。
生き物を撥ねたせいで、気が動転しているのかもしれない。
えーと、まず俺の名前は蛭間 真、37歳独身。職業はタクシー運転手って……自己紹介はまぁ良いとして、問題はここまでの経緯だな。
確か地元の愛知で手を上げられて、タクシーにお客さんを乗せたのが始まりだったか。行先を聞くと岐阜の山奥の方。久しぶりの長距離の仕事だったので、喜んで高速道路に乗って岐阜の田舎まで送った。ここまでは記憶と業務日報を照らし合わせたから間違いない。問題はこの後だな。
お客さんを降ろした後に下道で帰ろうとカーナビを頼ったら、地図が古すぎてとんでもない道を案内されたんだったか。これこそが災いの原因というか、事の発端だな。
……本当にとんでもない道を案内された。山の中を登ったり下ったり。道も細いし対向車も通れないような場所のくせに、これが国道だって言うんだから参ったもんだ。田舎を完全に舐めていた。東名や名神だって都市を超えたら山とトンネルしか景色が無いというのに、何故そこに思い至らずにカーナビを信じてしまったのか。
まったく、カーナビの地図くらい会社も更新してくれよと言いたいが、地図を良く確認しなかった俺も悪いんだよな。次からは気をつけよう。
そうして山道を走っていると、ちょうど崖沿いに差し掛かったところで目の前に急カーブがあったのを覚えている。上り坂で鋭角だからカーブミラーも見えにくい。
こういう時に対向車が来ると、内側に膨らんで走ってくる場合が多いんだよな。
ましてや今日みたいな天気の良い休日だと尚更だ。旅行帰りで山道の運転を経験した事がない初心者に平気で出くわしたりする。不慣れな運転で崖だけに目が行って、余計に内側に膨らんできたりするから注意が必要だ。
でもまぁ……そんな偶然が重なることもないだろう。
なんせロングの仕事を引いた今日の俺だ。運勢的にも大丈夫なはず!
……そう思っていた、あの頃の自分を殴りたい。
やはりというか、内側に膨らんでくる対向車がやって来た。
慌てて避けようとブレーキをかけつつハンドルを内側に切る。本当は外側に向かって切るのが正しいのだが、人間の心理上、なかなか崖沿いに向かっては切れない。崖から飛び降りたらまず助からないからな。一瞬の判断でそこまで気が回らなかったのもある。
最悪、山の法面にぶつかっても良いかと思いながらハンドルを内側に切った。
……俺の人生もここまでか。よくある悲しい事故で終わる話だ。俺もその時はそう思ったが結果は違った。
眼前に法面が迫りくる恐怖に俺も思わず目を閉じてしまいそうになったが、そこで軽い衝撃が来た。頭がパニックになって、一瞬何が起こったのか分からなかった。だってそうだろう?
まさか法面の先に――ゴブリンが待ち構えているなんて誰も思わないはずだ。
思わず自分の目を疑いそうになったが、ここまで物的証拠が残ってる以上認めざるを得ないだろう。俺は今、ゴブリンを撥ねてこの場所にいる。
……状況を整理すると、なんか落ち着いてきたな。
そうすると今の俺が居る場所って、山の中だろうか。
ブレーキを必死に掛けたからな。空走距離があったとしても、そんなに進んでないはずだ。少なくとも崖が見えないから、先ほどまで走ってきた山道ではないだろうが。
周りを見渡しても樹木しか見えない。森林道や並木道と言うのだろうか。樹木が並んだ間に道がある。奥まで見ると何処までも道が続いているように見えた。
さてどうするか。何時までもこんな場所に突っ立ってるのもな。このまま真っ直ぐに走っていくべきか。それとも来た道を引き返すべきか。
あと今更だが、このゴブリンもどうしよう。誰かのペットという可能性は……まぁないか。最悪このまま放っておいても法には触れないだろうが、何とも後味が悪い。
こういう場合はどうすれば良いのかと、俺は上着のポケットからスマホを取り出した。そして検索しようと画面を見るも、あいにくと圏外だった。
うーん。いくら山奥とはいえ、国道に面した場所で普通圏外になるか?
この会社、前に人口カバー率100%とか言ってたよな。
位置が悪いのかと思い、念のために来た道を引き返すように歩いてみると――急に景色が変わった。ハッとして辺りを見回すと、なんと先程の対向車とすれ違った場所に戻ってきたではないか。
おいおい。どう言う事だ。事故の衝撃で頭がおかしくなったのか?
後ろを見ても、放置したゴブリンやタクシーも見当たらない。普通に山の斜面だ。
ってか今の俺って……もしかして斜面をすり抜けて来たんじゃないか?
気になったので前後に少し往復してみると、自分が立っている場所を起点にして景色が変わるのが分かった。これは一体、どういう事なんだ?
幸いにもタクシーに破損や凹みは見当たらなかった。流石タクシー車両。頑丈に出来ていると言いたいが、まぁ速度も出していなかったのでたまたまか。
バンパーには多少の擦り傷はあるが、こんなもんはタイヤのワックスでも掛けとけば何とかなるだろう。いちいち気にしたら負けだ。ゴブリンを跳ねとばしたことに比べたら大した問題じゃ無い。
それよりもこの状況……うーむ。落ち着いて考えてみても答えが出ない。というかもう、このまま放っておいても良いような気もする。
まぁここで悩んでも始まらないか。ひとまず家でゆっくり考えよう。
念のためにスマートフォンを使って写真も撮っておく。
今は仕事中だけど、とりあえずこんな僻地に人が来ることも無い。カーナビで位置は把握してあるからいつでも来られるので、まずは自分の会社の営業圏内に帰るとするか。
そうして俺はゆっくりとバックして引き返し、高速に乗って地元まで帰ることにした。会社に着いた時には続けて仕事をする気にもなれなかったので、適当な理由で有休をとって帰宅させてもらった。
翌日の明朝。俺は会社の休日を利用して、昨日の場所まで戻ってくることにした。
あれから一晩考えたが、ゴブリンを撥ねとばした件については誰にも話さなかった。話したところで信じてもらえるかも分からないし、もしかしたら運転の疲れで幻覚を見たんじゃないかと思ったからだ。
あの場所が何なのかを知りたいと思ってインターネットで検索してみたが、神隠しの類いとかそういう迷信しか見つからなかった。
でも――確かに、あの場所は実在した。
今でも昨日の出来事が目に焼き付いているし、衝撃だって覚えている。そのまま記憶の彼方に飛ばすなんて出来るわけがない。昨日をあやふやで終わらせた分、余計にその想いが強くなった。
いても立っても居られずに、俺は外まで出る。手ぶらで行くのも心許ないかと、向かう途中のスーパーで日持ちしそうな食料と便利グッズを購入した。
山だとしたらキャンプ用品なども必要かと思ったが、そこまで用意する時間が無かったので割愛する。自家用車に荷物を詰めて、いざ出発だ。
しばらくすると目的の場所が見えてきた。二度と通りたくないような山道だが、昨日の再現をするようにゆっくりとハンドルを内側に切って、山にぶつかるようにして進んでいく。
すると――ある場所を境にして、景色が山の斜面から森林道に切り替わった。やはりと言うか、ゴブリンもそのままの状態で転がっていた。
「昨日の惨状のままだな……」
罪悪感もあったので、俺は用意してきたシャベルを使ってゴブリンの死骸を埋める事にした。
ゴブリンがいるくらいだ。他の魔物も出るかもと思い、辺りを注意しながら穴を掘る。その穴にゴブリンを入れて土を被せると、家に余っていた二本の棒切れを十字にしてぶっ刺した。
これで十字架型のお墓の完成だ。供養にもなるし、景色が変わる場所の目印にもなる。道に迷って帰れないのが一番怖いからな。
「あとは……この道を進んでみるか」
俺はふとスマートフォンの画面を見た。電波は入ってない。
先に進んだとしても帰ってこられる保証もない。
だが……年甲斐も無くワクワクするじゃないか。恐怖心よりも探求心が勝っている。三十代にもなって、こういった気分は久しく無かった。
胸が疼くというのだろうか。ゲームをやって良いところで中断した時に、ウズウズしてくるあの気分。
心では分かっているのだ。これが非現実的だと。
有り体に言えば――異世界に繋がっているんだと、俺はようやくここで認めることにした。
そうして俺は、心のままに森林道を進んでみようと決意したのだった。
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