異世界領都誕生編 第3話 着いた先には
車に乗って樹木が生い茂った森林道を進む。
森林道とは言っても日本の舗装された道路とは違って砂利道だ。走りにくい。
車もかなり揺れるし、落ち葉で地面が滑るような感覚もある。
それに日光が遮断されているのか薄暗い。
ただ時期が幸いしてか、そこまで落ち葉は積もってないようだ。誰か管理しているのか?
疑問に思いながらも、俺は車のライトを付けて慎重に走行した。
しばらくすると道が丁字路になっているのが見えた。ここにきて分かれ道か。
差路の角には看板が立っていたので、停車して目をこらしつつ確認する。
看板に書かれてある文字を読もうとしたが……読めない。
とりあえずスマホで写真を取っておくか。
途中には看板なんてなかったし、どうやらこの先に何かがあるのは間違いないようだ。
真っ直ぐ進むのも良いけど、どこまで進むかも分からない。それに帰りの心配もある。
近場に何かあるなら、まずはそこから探索するのが一番か。
俺は丁字路を曲がって看板が指し示す方角に向かうことにした。
丁字路を曲がった先にも、森林道が続いている。しかも一本道だ。
しかしこれ……今は車両が通れるだけの道幅があるから良いけど、帰りはバックで走行する可能性もあるよな。なんとか切り返しができれば良いんだが、薄暗い道をバックで走るのだけは勘弁してくれよ。
ややあって徐行しながら運転していると、視界が開けてくるのが分かった。
ようやく出口か。光量が増えるにつれて、全貌が見えてくる。
「小屋が見えるけど……何かの施設か?」
更に近づいてみると建物が複数見えてきた。おそらく何かの村だろう。
辺り一面の木を切り取ったのか、空が見えるくらいに明るい。
直径で1kmも無いくらいだし、そこまで人は居ないだろう。
しかし……周囲に人の姿が見えないな。もしかして廃村だろうか。
まずは入口に近い正面の小屋から尋ねてみようか。
そう思って車から降りると、不意に右側にある小屋からギィーっとドアが開く音がした。
振り向いて確認すると、中からこじんまりとした少女がキョロキョロと周りを気にしつつ玄関から出てくるのが見えた。おお、ようやく第一村人発見か。
どうやら車の音に反応したらしく、車から降りた俺を見つけて驚いているようだ。
中学生くらいの背丈で痩せ細った腰つき。髪は赤みを帯び、瞳の色も澄んだように赤い。
着ている服もボロボロで、どことなく元気がなさそうに見える少女がゆっくりと車両付近まで近づいてくる。不審がっているみたいだし、とりあえず挨拶しておくか。
俺は膝を曲げて目線を合わせながら、軽く会釈をした。
「こんにちは。道に迷ったんですが……ここはどこですか?」
少女に優しく問いかけるも、首を傾げるだけで返事が無い。
うーん。日本なら髪を染めた少女くらいどこにでも居そうだが、瞳が赤い少女って中々居ないよな。顔もどこか整っていてかなりの美少女だし。少なくとも岐阜の田舎に、こんな美少女がいると思えん。となると、やはりここは俺の知らない世界で間違いなさそうか。
一応簡単な英語でも聞いてみるが、やはり返事が無い。言葉が通じてない可能性が高いな。
折角の貴重な情報源だ。みすみす逃すわけにはいかない。
こういった初対面で話が通じない場面はタクシーの仕事上、毎回ある。
外国人が代表例だろう。外国人相手に言葉が通じないことなんてザラにあるのだ。
ただ大抵の場合は、慣れているのか行き先が書いてある紙を見せてくる。
それかスマホの画面を見せて一発で解決だ。
だが、それでも分からない時はジェスチャーで伝えてきたりする。さすがに地図を持った外国人が右肩や左肩を叩いて行先指示してきた時にはキレそうになったが。こちとらスマホが無かった時代からタクシーの運転手をやってるんだ。ジャスチャーなんてお手の物だ。
幸いにも少女は首を傾げていた。
これは万国共通で『分からない』を意味する場合が多いと聞く。
言葉が通じないなら、とりあえずジェスチャーで手繰っていくか。
「あちらの方角から来たんだけど、ここがどこだか教えてもらっても良いかな?」
身振り手振りを加えてアピールする。
少女も言葉を発して答えてくれたが、やはり聞いたことがない言語だ。
こちらに意思が伝わってないと見抜いたらしく、困った顔をしている。
しばらくジェスチャーでやり取りしてみたが、お互いに言葉が通じず成果が無い。
少女の方も歌いだしたり鳥が羽ばたくような真似をしたりと、いよいよこれは完全に通じてないので諦めようかと思っていると――急にクゥゥと少女のお腹が鳴りだした。
少女が愛想笑いを浮かべて何も無いように装っているが、なるほど。
どうやらこの少女はお腹が空いているという事だけは理解できた。
まずはそこから突破口を開いていくか。
少女にそこで待つように合図をしてから、車の運転席まで戻る。
確かトランクの中に、食べきりサイズのパンがあったはずだ。
シリンダーを解除して後ろに回り、トランクを開ける。
少女が物珍しそうに見ているが、目当ての物はっと……あったあった。
トランクの中には来る途中に買った食料が大量にある。
その中からちょうど昼飯用に食べようと思って買った小倉ロールパンを出した。
愛知ならどこでも売っているパンだ。包装紙を取ってから、俺は少女にパンを差し出した。
最初は少女も不安そうにパンを見ていたが、俺がちょっと摘んで食べてみせると、すぐに食料だと分かったようだ。途端に少女がパンを取ってかじり出した。
甘い濃厚な餡子の味が、口の中いっぱいに拡がっていることだろう。
俺も用意してきたパンを取り出して一口頬張る。
うん。美味いな。大自然で食べるパンは何と美味しいことか。
そうして二口目、三口目と一緒になってパンを食べていると――急に少女が泣き出した。
えっ? もしかして不味かったか? それとも喉にでも詰まったか?
俺が慌てて飲み物でも出そうかと思っていると、少女は急に村の奥まで走っていった。
そして色んな家のドアを、ゴンゴンと勢いよく叩いていく。
俺は呆然としてその光景を眺める。どうやら少女が家から出てきた村人にパンを見せつけているようだ。そして少女が泣きながらこっちを指差している。
何やら必死に伝えているが……これは逃げた方が良いのだろうか。
どう見ても構図が不審者扱いされているようにしか見えない。まさかあの人変なおじさんですとか、パンを上げるからおいでと言われたとか、村中に触れ回ってるんじゃないだろうな。
異世界に来てまで事案で捕まるとか、笑い話にもならんぞ。
……よし、とりあえず逃げるか。
俺みたいなタクシー運転手に、異世界なんて無理だったんだ。
そう思ってトランクをバタンと閉めて立ち去ろうとすると、少女がこちらに向かって勢いよく走りだした。パンを必死で指差しているが、そんなにこのパンが気に入ったのか?
このまま車を発進させたら、前に立たれる危険性もあるよな……仕方ない。
逃げようと思ったが、俺は観念して少女が来るのを待つことにした。
程なくすると、少女がハァハァと息を切らせて俺の前までやってきた。
逃げないようにと俺の上着の裾を強く引っ張ってくる。分かったよ、俺の負けだよ。
降参して両手を挙げる俺を見て、少女が笑いながら抱き着いてくる。
そして上目遣いで傍らに持ったパンを何回も指差した。何かの合図だろうか?
また欲しいのかと思い、試しにもう一個包装紙を取ってからパンを差し出してみる。
うんうんと頷いているのを見るに正解のようだ。
すると少女が手招きするように、家から出てきた村人に合図を送った。
しばらくして、ぞろぞろと家から出てきた村人が俺の所までやってくる。
背丈からして全員が中学生くらいの子供のようだ。
しかも全員が女の子に見える。ひぃふぅみぃ……合計で五人かな。
集まったのを確認すると最初に会った赤髪の少女が、パンを小分けして全員に手渡した。最初に手渡したパンを含めて均等に分け与えるようだ。
子供たちがパンを食べると涙を流しながら喜んでいるのを見て、俺も段々とこの村の現状が見えてきた。
もしかして、この村には·····食料が無いのか?
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