異世界領都誕生編 第35話 異世界からの帰り道


 夕食を経て初会合を終えたところで、西園寺を連れて日本まで戻ってくる。

 帰り道では、西園寺が助手席に座った。

 行きはマキナも一緒だったが、帰りは西園寺と俺の二人きり。なので必然的に会話も多くなる。

 一人で運転するのも良いが、たまにはこうやってドライブするのも良いもんだな。

 異世界に行ける秘密まで教えたんだ。会話の内容にも制限が無い。何でも気軽に話せるっていうのがこれ程楽しいとはな。


 西園寺も、異世界から無事に帰って来れたからか、隣でちょっと興奮気味だ。

 時々相槌を打ってやるが、脚が治ったおかげもあるのだろう。いつもより上機嫌にって――。

 そこで俺は、違和感の正体に気が付いた。

 待て待て、おかしいだろ。


「そういえば西園寺。松葉杖って、どうしたんだ?」


 運転をしつつ、前を向きながら訊いてみる。

 ここまでの道中で、西園寺が松葉杖を持っている姿を見ていない。というか初会合のあとから一度も見なかったような。

 途中で話を遮ったからか、西園寺が不貞腐れたように俺を見る。


「あら、今頃気付いたの? もう無用だから倉庫に置いてきたわよ。必要になる事も無いでしょうし」


「異世界を倉庫代わりにするんじゃない。それにもう使わないって……いきなり脚が治っても世間的に大丈夫なのか?」


「芸能人じゃあるまいし、気にかけてくれる人なんて居ないわよ。下手に演技をするくらいなら、ある日、突然治ったと言う方がマシじゃないの?」


「それもそう……なのか?」


 西園寺の交友関係までは分からないが、突然治ったと言われて信じる人がどれだけ居るだろうか。それなら最初から大した怪我じゃ無かったと思う方が多いんじゃないか?

 医者なら判断出来るだろうが、脚が治ったんだから病院に行く必要も無い。それなら松葉杖を使う場面なんて皆無か。

 ただ、それでも松葉杖を置いてきて良いという理由にはならないが。


「そんなに気になるなら、また今度一緒に取りに行けば良いじゃないの」


「うーん。それもそうなんだが……」


 一緒に取りに行けば良いと言っても、あんな危ない場所にもう一度、西園寺を連れていくのもな……。


 仕事をしながらだと、村のことまで手が回らない。だから日本で手伝ってくれる存在が居てくれるならば、本当に有難い。

 だが……赤の他人だ。責任が取れない。

 しかも西園寺は女性だ。毎回異世界まで連れていけば親御さんにも迷惑が掛かるし、勘違いされる可能性だってある。

 ……元々脚が治るまでの付き合いだと思っていたんだし、今が一番良い引き際なのかもな。

 西園寺にも将来がある。こんな訳分からないおっさんと付き合うよりも、夢に向かって突き進んだ方が良いはずだ。

 まだ若いんだから幾らでもやり直しが利く。俺がその機会を与えてやったんだ。

 元々カエデに言われるまでは、連れていく気は無かったんだし、魔法を教えていない今ならまだ間に合うか――。


「言っておくけど……私は絶対に、あなたから離れないわよ?」


 考えがまとまりかけたところで、西園寺から否定の言葉が告げられる。

 思わず「えっ?」と言って横を向きそうになった。

 危ない危ない。今は運転に集中しないと。


「突然なにを言い出すのかと思ったら……って、もしかして声に出してたか?」


 考え事を一人で呟いていたか。そう思ったが、西園寺がクスクスと笑う。


「あなたの考えている事なんてお見通しよ。急に黙ったりするんですもの」


「そうか……そうなんだろうな」


 カエデからも鋭い返しが飛んでくるぐらいだ。顔に出やすいんだろう。いかんなぁ最近の俺。

 やることが多すぎて、考える時間が多くなる。責任を取りたくないからタクシー運転手をやってるのもあるというのに。


「あなたは、まず自分のやりたいことだけに集中しなさいな。全部を中途半端にやろうとすれば、端から全て崩れていくわよ」


「怖いこと言うなって。でも俺としては、西園寺にまで迷惑を掛けたくないというか……」


「あら、別に良いじゃないの。それとも何かしら? 私に魔法使いだと言って女心を弄んどいて、用が済んだら除け者扱いにするってこと? ……悲しいわね。そんなにカエデ姉と一緒に居たいのかしら?」


「そんなことは露ほども、思ってないっつーの」


 それに女心を弄んだつもりも無い。

 あの時の西園寺は、ああするのが最善だと思ったから仕方なくだ。

 第一、俺にとっては子供たちの将来が最優先で、今は誰とも恋愛にかまける時間なんて無いんだよ。


「あら。それなら問題無いわよね? なら今後の構想もあるし、帰りに例のカラオケ屋に寄って話し合いましょうよ。まだまだこれだけじゃ全然もの足りないわ」


「うーん。どうするかなぁ·····」


 もうすぐ地元に着くが、はっきり言って気が進まない。

 今日も色々あったし、明日も仕事。正直言って、早く帰って寝たいのだ。

 もちろん西園寺みたいな綺麗な女性と、酒を飲めるのは嬉しいが……って今日もハンドルキーパーだから飲めないのか。


「もちろん私が奢るわよ。それなら良いでしょ? 脚が治ったお祝いも兼ねて、一緒に飲みましょうよ」


「治ったお祝いって……そんなこと言ったら、今回も俺が払わなきゃいけなくなるだろうが。ってか夜も遅いし、また今度にしないか?」


「んもぅ。そう言ってすぐはぐらかす。それにずっと気を張っていたから、まだ脚が治ったという実感がないの。カエデ姉にもあなたに祝ってもらえと言われたのよ」


「……なんで俺になんだよ。家に帰ったら家族に祝ってもらえば良いじゃないか」


「それはそうだけど……。ねぇお願い。今日と言う日を大切にしたいの。だから付き合ってもらえるかしら?」


 俺が拒否を続けていると、西園寺の声が段々と猫撫で声になっていく。何だこれ。強制イベントなのか?

 ちらりと西園寺を見ると、ずっと隣で俺を見続けている。正直言って怖い。大体なんで俺なんだ。祖父母に祝ってもらえば良いだろうが。

 あれほどカラオケ屋を否定したくせに。何でも個室で話せるからって味をしめやがって。

 俺は二人が初狩りに行っている間にも、子供たちにずっと勉強を教えたりして大変だったんだぞ。


 俺がうーんと悩んでいると、隣で西園寺が服を引っばってくる。加減はしてくれているが運転中なので辞めて欲しい。

 それに西園寺は酔うと絡んでくるんだよな。前回だって家まで介抱してやったんだし、また送り狼とか言われるのも御免だ。面倒な悪役令嬢め……って痛い痛い。今度は耳を引っ張るな。

 次から絶対に、助手席には乗せないからな!


「だいたい女性の誘いを断るなんて、失礼だと思わないの?」


「……俺が悪いって言うのか?」


「当たり前よ。そこまで断るのなら、私にだって考えがあるわよ?」


 そう言って西園寺が、急に前を向いて押し黙る。

 なんだと言うんだ一体。いきなり拗ねやがって……。


「別に拗ねてなんかないわ。こうした方が早いと思っただけよ」


 なら良いんだが。前みたいに泣かれるのが一番怖いんだよなって。――今の俺って、声に出してなかったよな。


「そうね。声に出してないわね。でもこれで分かったでしょ?」


「……何がだ?」


「あなたの考えてることって·····全部カエデ姉に筒抜けだったのよ」


 そう言って西園寺が、隣でクスクスと笑う。

 今サラリと、とんでもない事を言いやがったな。


「どういうことだ?」


「そのままの意味ね。もちろん私にも筒抜けだから。あなたは今、常時オープンで念話を送っている状態なのよ」


「いや……そんなわけ無いだろ」


 男なんて日中の半分くらいは、エロい事を考えているような生き物だぞ。それが常時筒抜けだったというのか?

 ……考えにくいな。もうそうだったらカエデだって、今頃俺を気味悪がっているに違いない。


「そうね。カエデ姉も言ってたわね。『あやつはケダモノじゃぞ』と。それに私なら魔法少女系の服を着てあげても良いわよ? ……触手は勘弁して欲しいけどね」


 俺の欲望、全部バレてるし――


「な、な、なに言ってんだよ。俺がそんなこと思うわけ無いだろうが!」


 滝のように汗を流しながら、会話を必死に取り繕う。

 あの村には女性しか居ない。カエデにも西園寺にも邪な感情を表に出さないように、どれだけ頑張ってきたか。

 触手ぐらいなら、まだ一般常識の範囲内だから許して欲しい。


「……器用なこと。お陰であなたが、日頃から私のことをどう想ってるか分かったわ。逃げようたってそうはいかないんだから。一生あなたに付きまとってあげるから覚悟しなさいよ」


 ……待てよ。まだ西園寺が冗談で言っている可能性もある。

 ただ顔に出やすいだけ。うんそうだ。そうに違いない。

 そう思っていると、西園寺が急に耳元まで顔を近づけて囁いてくる。


「今更だけど、面倒な悪役令嬢でごめんなさいね? 二時間たっぷりと付き合ってもらっても構わないかしら?」


 何やら隣から物凄い圧力が飛んでくるが、運転中なので振り向かない。恐ろしくて目も合わせられない状況だ。

 カエデも時々、俺の心を読んでいるんじゃないかと思ったが、たまに機嫌が悪かったりしたのはそういうことだったのかって。


「痛い。痛いって! 横から首を絞めてくんなって。運転中なんだから!」


 無視されたと思ったのか、西園寺が隣で抗議してくる。

 そういうところだぞ地雷女がっ!

 しかもレベルアップで筋力が上がったからか、朝に首を絞められた時よりも更に痛いし。手加減と言うものを覚えろと。


「あなたが恩人だから、教えてあげたんでしょうに。これで私との貸し借りは無しになるわよね?」


「そんなもん最初から無いから、今度は撫でてくるなって!」


 そうして結局、カラオケ屋に行かされる羽目になった俺は、きっちりと二時間分の説教と、念話の練習をさせられた。おかげで何とか意識した念話だけを送れるようになったのが救いだ。

 途中からアルコールが入ると、西園寺がわんわんと泣き出したので大変だったが。気を張っていたのが、お酒によって崩壊したのだろう。どうやらやっと脚が治ったという実感が湧いてきたようだ。

 しかし……祝ってやるのが俺で、本当に良かったのだろうか? 考えても悩みが尽きない。

 まぁいいか。深く考えるのはよそう。西園寺も手伝ってくれると言うんだし、これからの兆しも見えてきた。

 偶然にも異世界に行けるようになった俺だが、まずはこの出会いに感謝しないとな――。

 そうして例のごとく酒に酔った西園寺を家まで送ってから、ようやく俺も帰宅の途につくのであった。

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