第二章 現実世界企業連合創立編 第39話 M&A


 牧場まで向かっている走行中に、色んな話をした。

 村の現状や、これからのことについてとか。


 基本的に農作物の試験運用や、ニワトリなどの飼育方針については西園寺に一任している。

 ハルカが農作物、それとルルーナが畜産物の状況をそれぞれノートに書き記してくれるので、俺はそれを写真に撮って、西園寺にNAINで送りつけている。

 西園寺も届いたら、すぐに感想や飼育方法を分かりやすくノートに書いて、俺に写真を送り返してくる。俺はそれをプリントアウトして子供たちに見せてやってるわけだが……。

 間接的に俺を通じて、西園寺と子供たちでやり取りをしているといった状況だ。


 おかげで日本に戻る度にNAINをチェックしたり、送ったりするのが日課になってしまった。そのせいもあってか、異世界に対する俺の仕事量が大幅に減った。


 在庫管理や物品の購入も西園寺がやってくれるので、俺も安心して仕事に励むことが出来た。と言ってもこの一週間は西園寺が海外に行っていたので、買い出しは俺がやっていたが。それでも在庫が供給過多だったからか、前よりも随分と楽になった。


 村の初会合から二週間が経過したわけだが、西園寺のやつめ。こうなることを見越して一週間留守にしやがったな。

 日持ちするカレーとか俺に作らせた時点で気づくべきだった。


 ちょうどその頃にルルーナの親御さんが来たみたいで会うことが叶わなかったが。

 今度こそ会えると思って期待したんだけどな。

 気になったので親御さんはどうだったのかルルーナに聞いてみたが、いわく眼鏡をプレゼントしたことを存分に感謝していたらしい。

 将来的にカエデの里に暮らすようで、準備のためにまた出掛けたんだとか。行商人という仕事も大変なんだろうな。

 でもこれで、ルルーナを正式に預かるように頼まれたからな。ビシバシと教育していくつもりだ。


 カエデも新しく教科書を作ったりして連日忙しそうにしている。村の皆が新しい住民を出迎えるために、日夜頑張っているといったところか。

 何だか俺だけが仕事量が減って申し訳なく感じるが、今までが大変すぎたからな。

 楽するとしよう。


 そういえば西園寺に転職の話はどうなったのかと思って聞いてみると、「馬鹿」とか「鈍感」とか散々な返事が後部座席から届いた。

 人が心配してやっているというのに、なんで貶されないといけないんだ。全くもってけしからんやつめ。



 話が進んでいくうちに高速道路から一般道に切り替わる。ここから目的地である牧場までは、もうすぐだ。


 信号待ちでルームミラーを見ると、西園寺が紙束の資料に目を通していた。これから会う人の為に、書類の最終チェックをしているのだろう。なんと言っても会社を買うんだからな。必要書類を自分で作ったのかは知らないが相当な量だろう。

 西園寺もタクシーが減速したことに気づいたのか、視線を窓の方に向けた。


「かなり熱中していたようだな」


 思わず俺が声をかける。真剣に書類を見ていたので途中から会話が途切れていたが、少しは息抜きも必要だろう。

 西園寺も気を解いたのか、深く息を吐いた。


「ええ。海外に居る時でも色々調べて一応形には出来たんだけど、何せ初めてのことですもの。これはこれで違った緊張感があるわね」


「気を張らずに、のんびりとやれば良いからな? 失敗しても次に活かせば良いから。そのくらいの気持ちでやるのも大事だぞ」


 なんせ完璧主義者の西園寺のことだ。失敗したら落ち込むに決まっている。

 結構豆腐メンタルなところもあるからなこいつは。いつでもフォロー出来るようにしておかないと。まぁ一ヶ月もあれば、どこか他所でも見つかるだろ。

 そう思って目標到達点を少し低めにして言ってやったんだが、どうやら気に食わなかったようだ。後ろでムッとしている西園寺の表情が見える。


「あなたが今、どれだけのことを成し遂げようとしてるのか分かってるの?」


「どれだけって……ただの村づくりだろ?」


「具体的に言うと少し違うわね。あなたのやってる事って、あちらの世界に『日本』を作ろうとしてるのよ?」


「そんな、大げさな……」


「時間の概念もそうだし、日本の物を次々に運んでいく。やってることは国際宇宙ステーションと変わらないわよ?」


 紙束の資料に目を通しながら、器用に語りかけてくる西園寺。

 カエデといい、どういう教育をしたら、そんなマルチな芸当が出来るんだ?

 運転しか集中出来ない俺とはえらい違いだ。

 でも異世界に『日本』ねぇ……。

 そんな感じでやっているつもりなんて更々ないんだけどな。


「その為には、今回の案件は絶対に失敗できないのよ。なんせ立地条件が最高なんですもの。ここから私たちの会社を足掛かりにって……そういえば社名を決めてなかったわね。社長なんだし、あなたが好きに決めて良いわよ?」


「私たちって、ほとんど西園寺の会社だろうに。なんで俺が決めるんだよ」


「そんなこと無いわよ? 私は補助役でしかないし、あなたあっての会社ですもの。その為に設立したんだから。ささ、早く早く」


 西園寺が存外に急かしてくる。

 こういうのって、もっと余裕がある時に決めないか?

 名ばかり社長の俺に決めさせるなって。

 とは言うものの、俺から話す話題もほとんど無い。

 ここは一つ乗ってやるとするか。


 うーん。社名か。凝った社名にしても、読みづらいだけだよな。会社に連想しそうなワードを思い浮かべてもピンと来ないし。

 まぁいいか。西園寺の会社なんだし、西園寺コーポレーションで。

 いや、それだとどこかにありそうか。

 ……確か西園寺の名前って、夕華だったよな。


「夕華コーポレーションってのは、どうだ? 覚えやすいし、親しみもこめやすいだろ?」


「安直ね……。なんとなくそんな予感はしたけど。でも良いわ。それで登録しておくからね」


 そう言って西園寺がツンとした口調で言い放つ。何だか声が上ずって聞こえたのは気のせいか?

 ちらりとルームミラーで見ると、書類を読む表情が穏やかに見えた。むしろ口元がニヤついているような。ムッとしたりニヤついたり忙しない奴だ。

 そういえば、西園寺を下の名前で呼ぶのは初めてだったか。呼び捨てにして良かったんだろうか。

 西園寺が俺の視線に気づいたようで、身を乗り出してくる。


「夕華コーポレーションと、カエデの里。この二つがシナジーとなって、異世界に『日本』を作るのよ。あなたの手によってね。それって――素敵じゃない?」


 防犯ガラス越しに、俺の耳元で妖艶に囁いてくる西園寺。

 素敵もなにも、俺はスローライフがしたかっただけであって、そんな大それたことなんて望んでないんだよ。村長だってカエデに押し付けられただけなんだし。

 もうこれ以上、村長とか社長とか、お飾り的な役職も要らないんだ。何度も言うが言わせてくれ。


「俺はただのタクシー運転手だって、言ってんだろうが……」



 そうしてしばらくして、目的地である岐阜県の牧場まで辿り着く。

 看板に『一ノ瀬牧場』と書いてあるからここだろう。


 入口から進入して、タクシーを駐車スペースに停車させる。

 タクシーメーターを切って精算といきたいところだが、帰りも乗るからその時に一緒でいいだろう。


「おーい、着いたぞー」


 俺は後部座席にいる西園寺に声をかける。

 相変わらず書類を持って、忙しそうにしているな。


「ちょっと待って……。ふぅ、これ以上見ても仕方ないわね。じゃあ行くとしましょうか」


「ああ、そうだな。あと……俺も一応、書類を見といた方が良いか? それとも後ろで話しを聞くだけにしようか?」


 記念すべき初事業に向けての商談だからな。

 西園寺の気合いにあてられて、俺も社長としての自覚が湧いてくるというもの。

 そう思ったのだが、予想外の返事が返ってきた。


「……あなたはここに居て良いわよ? 商談の席にタクシー運転手が居たらおかしいでしょうに」


「あれ? いや、でも……」


「あなたにこれ以上、負担は掛けさせないわよ。長時間の運転で疲れたでしょうから休んでくれて構わないわ。ここまでありがとうね」


 そう言って、西園寺が外を指差したので仕方なくドアを開けると、事務所がある方角まで歩いていってしまった。俺は車内からその光景を眺めているが。


 俺って社長なんだよな……?

 カエデと言い、なぜ誰も俺に任せようとしないんだ。さっきまでのやり取りは何だったんだよ。そんなに俺が頼りなく見えるのか?

 ……まぁ良いか。どうせお飾りだからな。言われた通りにしばし休むとしよう。

 そうして俺は、運転席のシートを倒して、寝ることにした。



 瞳を閉じて数分後、窓の方からコンコンと音がする。

 もう西園寺が帰ってきたのかと思って起き上がると、どうやら違ったようだ。

 見ず知らずの少女が窓越しに立っていた。

 横には紐に繋がれた牛が鎮座している。誰だ、こいつ……?


 少女の恰好をよく見ると、なんというか黒を基調とした、フリフリがついた服を着ていた。頭にもフリフリがついたカチューシャを付けている。

 なんだろう。ゴシック・アンド・ロリータ。略してゴスロリ風のファッションと言うのだろうか。とても人形チックなように見える。

 というかもう六月なのに暑くないか? 牛の方ものんびりと欠伸してるし。

 そう言えば西園寺が言っていた、お孫さんってこいつのことだろうか?

 俺は運転席の窓を開けて様子を見ると、少女が顔を寄せてくる。


「貴様……暇か?」


「暇っちゃ暇だけど……何の用だ?」


「ふふふ……貴様を闇の世界にいざなってやろう。ついて来ると良い」


 そう言ってゴスロリ少女が、牛一頭を引き連れて立ち去っていった。

 実にシュールな光景だ。闇の世界って、牛の散歩のことじゃねぇだろうな……。


 まぁ良いか。どうやら俺にも仕事があったらしい。

 子供の世話なら得意分野だからな。相手してやるとするか。




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